柑橘系のどあめ
(甘やかされているなー)
ころころころころ。
右頬から左頬へ。左頬から右頬へと行き来する柑橘系のどあめは、珊瑚が玄関先で凛香に手渡したものだった。
きっと涙目になっていたのに気付いたのだろう。
(甘やかされている)
テレビ画面に映っていたかっこいい人が発した俺という一人称を聴いた瞬間。
俺ってかっけーと、感銘を受けたのを今でも覚えていて、それからだ。
りんちゃん、りんちゃんはと。
自分自身を名前ちゃんづけで呼んでいたのを、俺と言い出したのは。
確か、まだ両親に捨てられる前のことだったはずで、その前後にはすでに珊瑚は家事全般を手伝っていた。
凛香はえらいえらいと褒めるばかりで、手伝わずに笑って走ってばかりいた。
春も夏も秋も冬も、飽きもせずに毎日まいにち。
珊瑚は家事が好きで、凛香は走るのが好きなんだねと、両親に褒められていたものだ。
そう。両親は優しかった。
優しくて、育児家事もきちんとしてくれていた。
なのに突然、捨てられたのだ。
じんわり、涙が浮かび上がる。
大好きだった。
だから、会えなくて寂しい。
恨めしいのではなく、ただただ寂しい。
今でも会えるのなら会いたい。
けれど多分叶わないこともわかっていた。
祖父母の葬式にさえ顔を出さなかったのだ。
もう、会えはしない。
(珊瑚は寂しくないのか?)
尋ねたことはない。
もし。
もしも寂しくないと肯定されたのなら。
きっと今までみたいに接することができなくなる。
(だめだめだ)
姉なのにどうしてこうもたやすくぐらついてしまうのか。
どうしてこうも力になれないのか。
珊瑚の方がよっぽど姉。
否、頼れる母のように偉大だ。
「凛香」
「師匠」
どちらが地の表情なのか。
たいてい優しい微笑を湛えているのだが、瞬時に厳しく冷たい表情へと変貌させる長髪高身長で常に着物姿の凛香の薬草の師匠の名は、
タタタッと軽やかに走って瀧雲へと一気に距離を詰めた凛香。上ジャージのポケットから柑橘系のどあめを取り出して、差し出した。
「遅刻のお詫びですか?」
「いいえ、お裾分けです」
にこやかににこやかを返して一時停止。
にこにこやかやか。
おやおやどこからかスズメがちゅんちゅん朗らかに鳴いている声が聞こえてくるよ。
「すみません走りたくなって走っていました」
「今日指名した薬草を探し出すまで家に帰れると思うなよ」
瞬時に表情どころか口調まで変貌させた瀧雲に、凛香はもう一度すいませんと声をひっくり返しながら言ったのであった。
(2021.12.18)
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