不器用なシュトレン
続
12月14日(火)18:30 〈湊と朝飛の決意〉
クリスマスまでに!彼女と!どうにかして少しでもお近づきになりたい!
……というわけで、まずはその彼女のことについて簡単に話をさせて欲しいんだけど。
ちょっとそんな顔しないでよ。すぐ終わるから。
でもいざ話すとなると、なんだか恥ずかしいな。
彼女と初めて出会ったのは、忘れもしない10月13日……
この日はゼミの先生の誕生日祝いを、サプライズでやることになってたんだよ。といっても、女の子たちが中心に企画して、男たちは言われるがままその手伝いをする…みたいな感じだったんだけど。で、僕は人数分のケーキを用意する係になったんだよね。しかも1人で。
正直、本当に気が重かったよ。
だって、ケーキなんて女の子たちが用意した方が絶対いいと思わない?僕甘い物普段食べないし。でもみんな他の事で忙しいとかで、「大丈夫、
でも今となってはさ、ケーキ係で良かったって心から思うよ。女の子たちにも感謝してる。
もしそうじゃなかったら彼女に会うことは、きっと一生なかったから。
彼女はすごく可愛くて優しくて、とにかく素敵な人なんだ…僕なんかじゃとても釣り合わないくらい。でも、このままずっとただのお客と店員さんでいるのは嫌で……って、ちゃんと聞いてる?
それで…えっと、どこまで話したっけ。
* * *
真っ赤な顔の幼馴染が突然家に押しかけてきた、と思ったのも束の間。
そこから
話がやたら長かったので割愛するが、湊が好きになった「彼女」とは、彼が通う大学近くのパティスリーの店員らしい。おしゃれな代わりに値段もそれなりのパティスリーに分不相応にも迷い込んだ湊は、彼女のアドバイス(適切な接客)のおかげで無事ケーキを予算内で購入することができた上に、それがその後の誕生日会でも非常に好評だったのだとか。
要は、「最初に彼女の外見に一目惚れして、その後彼女の優しさ(丁寧な接客)に触れて完全に心を持ってかれた」ということらしい。
そして今もなお、湊は朝飛の部屋の真ん中で何故か正座をしたまま、「彼女」への思いを熱弁している。
「見た目が可愛いからってだけで好きになったんじゃないよ。確かに彼女は目が大きくて清潔感がある白いシャツとリボンのエプロン?姿がよく似合ってて、最初見た時には一瞬息が止まるほど可愛かったけど。でもそれだけじゃなくて、挨拶とか話し方とかちょっとした会話とかに優しさや清楚さがにじみ出てて…」
「それで、本気で好きになったと」
放っておけばいつまでも続きそうな湊の語りを止めるために、朝飛は口をはさんだ。
すると湊は多少我に返ったのか、恥ずかしくて堪らないといった顔で朝飛から目を逸らし、そのまま力強く頷いた。
湊は小学校からの友達だが、これまで女の子のことで浮ついた様子を見せることはほとんどなかった。異性に興味がないのでは、と思うくらいに。ゆえに、朝飛は内心戸惑っていた。好きな子のことについて、こんなに饒舌に話す湊を見る日が来るとは。
しかも相手は、よく知らないケーキ屋の店員ときた。真面目で控えめ、かつ慎重な性格の彼が好きになる相手と思うと、少々意外だった。
だがとりあえず、まずはこの状況を整理したい。そう思った朝飛は、ついに所在なさげにジュースを飲み始めた湊に、いくつか気になることを尋ねることにした。
「ケーキ屋の店員を好きになったのは良いとして…お前、相手のことほとんど何も知らないんだろ。名前すら」
「うん…たぶんバイトの店員さんで、同い年くらいかなあってことくらいしか。あ、それとケーキ屋じゃなくてパティスリーだよ」
「俺にとっちゃどっちも同じだ。そんなことより、お前はどうしたいわけ」
「どうしたいって、最初に言っただろ。ただのお客さん状態を抜け出したい。でもじっくり時間をかける方法は避けたいから、できれば2週間以内に」
「なんでだよ。別にそんな焦らなくても、少しずつ仲良くなっていけるように考えればいいだろ。定期的に通って、適当な雑談から始めるとか」
「もう2か月間、僕は週2,3回お店に通って、その度に彼女に話しかけようとしてる。けど、ダメなんだ。どうしても緊張しちゃって声が出なくて…。呆れるだろ?だから僕は、もう自分を追い詰めることにしたんだ」
「追い詰める…?」
「そう。クリスマスまでに、彼女と今より少しでも親しくなる。それができなかったら、潔く彼女のことを諦める」
重い口調で、そう言いきった湊。両手の拳は強く握られている。
朝飛は純粋に驚いていた。長い付き合いだが、湊のこんな姿を見るのは初めてだ。
「週2,3回…お前、そんな頻繁にケーキ買いに行ってたのか」
ついそんな仕様もない疑問が口から出てしまった。重い空気をごまかすためか、もしかしたら動揺しているせいかもしれない。
だが湊はそんなこと気にも留めていないようで、真剣な表情のまま話を続けた。
「あそこはケーキ以外にも、パンとかお菓子もたくさん売ってるから。ちなみにクロワッサンは絶品…じゃなくて、だから明日、さりげなく彼女にクリスマスの予定を聞いてみようと思うんだよ。それで、彼氏がいそうかどうかだけでもわかったらなって思って。『クリスマスイブもお仕事ですか』とかだったら、そんなに変じゃないよね?」
「まあ…唐突ではあるけどな」
「でもそれで彼女に嫌がられたり怪しまれたりしたら、諦めるべきだってことだと思うし」
「なんか極端すぎて心配になるな…そんなすぐに諦めようとしなくてもいいだろ。なんなら彼女に、好きだって伝えてからでも…」
「いや、いい。自分の都合だけで、彼女に気持ちを伝えたくない。もし嫌な気持ちにさせたり、困らせてしまうくらいなら……一生、ただのお客さんでいるほうがいい」
そう言って、湊は深く俯いた。どうやら彼は、本気で心を決めているようだ。
しかし朝飛からすれば、湊が慣れない恋に捨て身になっているとしか思えなかった。
それでも、せっかく好きな相手のことで真剣に悩んでいる幼馴染の決意に、水を差す気にはなれない。明日どうなるにしろ、またその時に話をすればいい、と朝飛は思った。
「そっか、頑張れよ。ちなみに、彼氏がいなそうだったらどうするんだ?」
「えっと…自分の連絡先渡すとか?」
「彼女の名前も聞けよな」
「そうか、うん、そうする。でも急に名前聞いて気持ち悪がられないかな…。あと、明日どうやって自然に彼女に話しかけるか、一緒に考えてくれない?そこが一番難易度高いんだ」
「それはお前…肝心なところがノープランだったのかよ」
朝飛がそう言って笑うと、湊は「だって」と顔を赤くした。そして恥ずかしさのせいか緊張感も少しは解れたようで、正座を崩してだらしなく床に座った。ようやく、普段通りの湊だ。
「でも朝飛にはさ、付き合って3か月の彼女がいるじゃない。やっぱり先人の知恵は借りないと」
まるでそのために来たのだと言わんばかりに、湊はさらっとそう言ってのけた。
こいつ、急にケロッとしやがって…と、朝飛は心の中で毒づいた。しかし、別に湊が悪いわけではない。ただ彼女のことは、現在進行形で朝飛の頭を悩ませている事案だったのだ。
あまり突っ込まれたくはないが、そういうわけにもいかない。今度は朝飛が気まずい思いをする番だった。
無論そんな朝飛の思いなど露知らず、湊は興味津々で質問を投げかけてくる。
「朝飛の彼女って、確かバイトが一緒の子だったよね、同い年の。クリスマスの予定とかもう決まってるの?」
「…まあ。別に普通に、飯食ったりするだけだけど」
「へー!どこかに出かけたりは?」
「……クリスマス限定上映のプラネタリウム」
「うわ…すっごくロマンチックじゃん!いいなー。彼女さん、そういうの好きなの?」
湊のごく自然で、何気ない質問。しかし彼は的確に、朝飛の気がかりだった部分を一気に突き刺していた。
突如苦い顔になって飲み物を口に含んだ朝飛に、さすがの湊も違和感をおぼえる。
「…あれ、もしかして彼女さん、あんまりそういうの好きじゃなかった…とか?」
「わからない」
「わからない?」
反射的に聞き返す湊。
すると朝飛は居心地悪そうにため息をついてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「クリスマスのプランは1か月前から考えて準備してた。けど正直なところ、俺は彼女の好みがよくわからない……」
「えっと、どういうこと。もしかして彼女と上手くいっていないの…?」
「いや、そんなことはないと思う。彼女…夕梨はなんというか、感情があまり表情に出ないタイプなんだよ。でも俺の前だと、嬉しいときとか楽しいときに微かに頬が緩んだり顔が赤らんだりして、それがものすごく可愛い。普段みんなの前ではクールにしてるのに、俺にだけ些細な表情の変化を見せてくれて、でも自分じゃそれに全く気付いてないところなんか、可愛すぎて筆舌に尽くしがたい」
「そっか。順調そうでなによりじゃん。胸やけしてきた」
「でも、夕梨が何を好きとか何に興味があるとかまでは…俺の力不足で読み取れていない」
「何言ってんの。付き合ってるんだし、直接訊けばいいじゃん」
「クリスマス前にそんなこと直接訊いたら、夕梨はたぶん『気にしなくて大丈夫だよ』とか言うに決まってる。変に気を遣わせたくない。それに…3か月付き合ってて彼女の好みに当たりもつけられない奴だと夕梨に思われたら、きっと俺は死ぬ」
そう言って突然思い悩み始めた朝飛を見ながら、湊は自分がどんどん冷静になっていくのを感じた。
「恋愛なんてくだらない」とでも言いそうな険しい見た目をしてるくせに、朝飛は夕梨ちゃんにとことん甘い。彼女のことをすごく大切にしているし、本当に愛情深い奴だと思う。
ただ1つ、問題があるとすれば――
「朝飛はさ、いつも1人で考えてばっかりで、夕梨ちゃんと何も話してないでしょ」
湊がそう言うと、朝飛はさっと視線を逸らした。これは図星だな、と湊は思う。
寡黙と言えば聞こえは良いが、特に気を許した友達以外に対しては、朝飛は昔から壊滅的に言葉が足りない。そのせいで、要らぬ誤解を生んできたことが異常に多いのだ。本当は、誰より優しい奴なのに。
だからこそ、湊は朝飛に言わなければならない。
「夕梨ちゃんのことをよく見てて、大切にしてるのはわかるけどさ。2人のことなんだし、もっと気軽にいろいろ話せた方がいいよ。せっかく付き合ってから初めてのクリスマスなんだし。完全にサプライズにしたい…とかってわけじゃないんでしょ」
「それは、そうだけど」
「じゃあ今度会った時にでもクリスマスのこと話しなよ。そもそも朝飛はいろいろ気にしすぎ、絶対大丈夫だって。僕も…明日、頑張るから」
「…そう、だな」
なんとなく真面目な空気になり、2人が同時に押し黙る。
しかし、その時。
ピロンッ。
雰囲気をぶち壊す、緊張感のない通知音が部屋に響いた。
音の主は、床に転がっていた朝飛のスマートフォンだった。画面には、「わくわく!どーぶつ島」という今流行のアプリゲームの通知が表示されている。言葉を話す動物のいる島にやってきた人間の主人公が、未開拓の島を便利で快適なリゾート地にクリエイトしていくゲームだ。
「あ、やっと橋ができたのか」と、朝飛は何でもないことのように呟いた。
だが湊としては、ゲームなんて全く興味がないだろうと思っていた幼馴染が、このアプリをインストールしてたことが驚きだった。
「朝飛、“わく島”やってたの?意外」
「まあ、最近。バイトの友達に勧められて。…それに、夕梨も気になってるみたいだったから」
「へーえ。じゃあ理由は完全に後者だね」
「違う、付き合いで始めただけ。あと夕梨がやり始めた時に備えて予習してるだけだ」
「そういうのをさ、本人に言って一緒に遊べばいいのに…。で、やってみてどう?楽しい?」
「楽しくはある…けどなんでこの島の動物たちは、こんなに主体性がないんだ?主人公に好き勝手させるだけじゃなくて、もっと自分の住む島に対して当事者意識をもったほうがいいと思う」
「うん、聞いた僕が悪かったよ。なんでゲームに現実世界のそれを求めるかなあ」
「それに動物たちもそんなに可愛くないし」
「ひどっ。じゃああんまり面白くないってことね……」
「いや、別にそこまでは言ってない。島を自分好みに作り変えていくのは、まあ面白い。あと可愛いやつも中にはいる。こいつとか」
そう言って朝飛が見せてくれたのは、ツンと澄ました顔のネコ(女の子)のキャラクターだった。
何となく感じるものがあって、湊はまた胸やけを覚える。
そしてその後は、朝飛も湊も小さな決意を胸に抱えたまま、緊張感を紛らわすように他愛のない話をして過ごしたのだった。
来るべき、明日と明後日に備えて。
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