第3話 ゾディアン

 レイウッド政府が解体されてからすでに百年。政府解体以前から数百年に渡り衰退の一途を辿っていた惑星レイウッドには、もはや独自の産業も科学技術もなく、資源もこれといって珍しいものは無い。お世辞にも異星人に侵略されるほど価値のある星とは言えなかった。だが、ゾディアンにとっては、惑星レイウッドは非常に重要な星であった。その理由はこの惑星の位置にある。領域拡大を続けてきたゾディアン帝国の次なる標的はレイウッドの隣の星系、ゲリル星系にあるゴルド共和国だった。そして、ゾディアン領とゲリル星系の間にはゾディアン人が上陸し活動できる惑星、すなわち前線基地として使える惑星はレイウッドだけだったのである。だが、実はゴルド共和国もレイウッド同様、ゾディアンの最終目的ではなかった。ゴルド共和国は惑星連合の加盟国にして、惑星連合領の最果てにある国だった。惑星連合は多目的の組織であるが、主には軍事機構である。ゆえに、連合加盟国に戦争をしかけることは連合に戦争をしかけるのと同義である。そう、ゾディアン帝国は惑星連合と開戦するつもりなのである。そして、連合との戦争における最初の前線基地として惑星レイウッドを選んだのである。


 レイウッド制圧の任を帯びた数十隻の艦隊はすでに惑星レイウッドに近づいていた。

「目標捕捉。目視領域です」

旗艦の艦橋にオペレーターの声が響く。巨大なスクリーンに映しだされた宇宙空間の遥か先には、蒼い星の姿があった。

「大佐、御指示を」

副官ゴッシュは隣に立つ閣下、レイウッド制圧作戦の司令官ウルバフ大佐に恭しくそう言った。

ゾディアン人は爬虫類型種族であり、外見は巨大トカゲ、もしくは小型の肉食恐竜といったところだろう。が、トカゲや恐竜といっても、高度な科学技術をもつ文明人であるため、地球人同様直立二足歩行で両手を自由自在に使える。身につけている衣服は革や金属の部分が多く、鎧のようにも見える。

「惑星上の生命反応は?」

ウルバフがそう問うと、オペレーターはヒューマノイドを百近く感知していると答える。

「おのれレイウッドの下等生物どもめ!身のほど知らずにも、大佐の寛大な御配慮を無にしようとは」

副官ゴッシュは巨大な牙を剥き出し、怒りを露にした。彼の言う寛大な配慮というのはレイウッド人達に提示した七日間の猶予のことである。ゾディアンは侵略ともなれば相手が如何に少数で、如何に無力であっても、情けをかけず、攻撃の手も一切緩めない。それから考えれば、七日間もの猶予はゾディアンにしては確かに寛大であった。

「まあ、構わん。奴らも下等生物なりに自らの名誉と誇りを守るため、母星に残ったのだ。その勇志に敬意を払い、奴らに、いや、彼らに戦士としての名誉ある死を与えてやろうではないか」

ゾディアンの思想は戦士の思想だ。敵や侵略対象であっても、勇敢な戦士であると認めれば敬意もって接する。いや、むしろ、勇敢な戦士か軍人でなければ彼らは同等の存在として認めず、外交や貿易も一切許さないのだ。

オペレーターが軌道上に船が一隻いると告げる。どうやら地球の船らしいという。

「地球連邦か!?」

ゴッシュの問いにオペレーターが民間の輸送船のようだと答える。

「輸送船?・・・・・・閣下、もしやレイウッド人どもは星に残るのではなく、これから立ち退くつもりなのでは?」

「ふむ。だとしたらいささか残念だな。下等生物のなかにも我々ゾディアンと同じような勇志と誇りを持った種族がいるかと思ったのだが・・・・・」

「いかがいたします?連中の立ち退きを待ちますか?」

「いや、そこまで情けをかけてやることもあるまい。七日もの猶予がありながら今日まで立ち退かなかった奴らの愚。予定通り制圧作戦を決行する。上陸部隊を編成し戦闘準備をさせろ。私が前線で指揮をとる」

「は?大佐自ら前線に?」

彼らにとってレイウッド人たちはろくに戦闘能力もない下等生物に過ぎない。しかもたかだか百人程度。司令官たるウルバフが自ら出陣する必要は皆無だ。だが、ウルバフは語る。戦場では予測不可能な事態がいくらでも起こる。たとえ相手が少数かつ無力であったとしても、全勢力をもってこれを叩き潰す。そうやって、彼らゾディアンは何百年もの間勝ち続けてきた。

「しかし、大佐。この状況下で我々の戦力差を逆転させるような事態が起こりうるとはとても・・・・」

「例えばだ。もし仮に、残っている百人のレイウッド人の中に、レイウッドの〈星の守護者〉がいたとしらどうなる?」

〈星の守護者〉=〈プラネット・ガーディアン〉それはどの惑星文明にも必ず数固体生まれてくるというヒューマノイドの突然変異個体のことだ。彼らは常識はずれの身体能力と不思議な未知の力を持つ。現存する科学の理解の範疇を超えた彼らの存在はこの宇宙で最も神に近しいとまで言われている。彼らのあまりにも強大過ぎる力は星一つ消滅させることも可能だという。

「かつて、〈星の守護者〉の出現により我が帝国の軍が撤退を余儀なくされたことが一度だけあった」

相手は星間航行技術すら開発していない原始種族であった。無論ゾディアンに対抗する軍事力など持っていなかった。勝利は目に見えいていた。しかし、たった一人の〈星の守護者〉のために戦況は一変した。戦線に投入された部隊が残らず全滅。第二陣、第三陣も同様だった。最終的に帝国はその星の制圧を断念し全軍を撤退させたのである。ゾディアン人は仮にも銀河一の〈戦闘種族〉と言われた種族である。だが、〈星の守護者〉はその〈戦闘種族〉をもはるかに上まわる〈究極の戦闘生物〉なのである。

「しかし、大佐。確率的に考えれば、この星に残っているレイウッド人の中に〈星の守護者〉がいる可能性は皆無です」

突然変異個体〈星の守護者〉が生まれてくる確率は十の十乗分の一と言われている。今惑星上に残っているレイウッド人はわずか百人。その中に〈星の守護者〉がいる確率は単純計算で十の八乗分の一ということになる。皆無。いや、皆無ではないにしても、限りなくゼロに近い数字だ。

「〈星の守護者〉は例えに過ぎん。ただ、我々が決して覆らぬと思っていることを簡単に覆してしまうような事象がこの宇宙には存在するということだ。仮に全艦を惑星上に降下させて攻撃したとしても決して過剰ではない。ゴッシュ、惑星連合の連中が我々をどう評しているか知っているか?」

「ゾディアンは原生動物を殺すのにも全力を尽くす・・・ですか?」

「そうだ」

ウルバフは自嘲めいた笑みを浮かべる。

「我々に対する明らかな侮辱です!!」

ゴッシュは激昂するが、対照的にウルバフはどこか愉快そうだ。

「そうか。だが、私はそう悪くないと思っている。ここは一つ、奴らの希望に添ってやろうじゃないか。この星の制圧も、惑星連合との戦争においてもな」

ウルバフはそう言って、スクリーンに映る蒼い星を睨んだ。

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