第四話 反撃の狼煙【前】
──
修行によって得られる超常能力、
臨場感のあるアクションシーン。
登場人物たちをとりまく恋愛もよう。
日本でいう時代劇のような風格をもちながら、幼心や乙女心をくすぐるようなファンタジー、恋愛要素を絶妙に共存させており、子供からお年寄りまで根強い人気を誇る。
『
(梅雪といえば、西北の地、
梅雪は芸事の達者な瑞山美人で、後宮入りしてからというもの、またたく間にその地位を築き上げた。
そのころ皇帝が
が、当の次期皇帝はこれを拒否。理由を要約すると、
「世継ぎ? 喪が明けてないのにそんなこと考えられません。それより修行の旅に行ってきます」
だそう。武功という絶技に魅せられた、武術剣術バカだった。
要は「え、いま?」的なタイミングで、逃亡した。
これに驚きおののいたのは臣下だが、怒り狂ったのは梅雪だった。
なぜなら彼女が後宮入りした目的は、皇子にこそあったのだから。
後宮をいろどる蝶であり花であった少女は、この瞬間に、
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「ははぁ。さては最近はやりの『悪役令嬢モノ』とかいうやつだな?」
《話がはやくて助かります。そうです、ハヤメさんは悪役なんです》
「社則でモブ専なんですが」
《悪役なんです》
「これ私のせい?」
《
さらりと毒づくクラマだが、ハヤメはたしなめない。クラマの口が悪いのは、いつものことなので。
《脇役じゃないからって腐らないでくださいね。吐き気がするほど嫌でしょうけど》
「私も、そこまで仕事を
《はいはいそうですか。……俺は吐き気がしますけどね。あなたを守れなかった自分に》
クラマの原動力は、純粋な正義感にある。
長いこと幽霊なんぞやっているとスレてくる者が大半なのだが、この子はいつまでも
太陽を見上げるような心地を、何度おぼえただろうと、ハヤメはいつもまぶしい気分になる。
──大規模な交通事故。それに伴う電波障害。
思いがけないかたちで巻き込まれたハヤメが異世界転移してしまったいきさつは、うなるクラマからとっくに聞かされている。
「予測不能なエラーだった。運が悪かったのさ。君のせいじゃない」
《そんななぐさめは要りません! わかってるんですか? 俺たちにとってその世界での『死』は、本当の『死』なんですよ!?》
「……あぁ、わかっているとも」
役を演じる──ひとときでも『人』として存在することで、存在意義が生まれる。現世にとどまることができる。
それが『働き』に支払われる『報酬』で、なくしたものを求めてさまよう幽霊たちの糧そのものだった。
ハヤメは『転移者』なのだ。
神によって選ばれ生まれかわった『転生者』ではない。
聖なる加護などない、肉体すらもたないもやにすぎない。魂の質がまるで違う。
異世界での死は魂そのものの破壊、来世に生まれかわる未来が絶たれることをさす。
だというのに、ハヤメが憑依した梅雪の運命はどうだろう。
自身を袖にした皇子への
皇族の殺害は、未遂だとしても重罪。
絶対に死んではいけないハヤメの憑依先が、絶対に死ぬ運命にある傾国の悪女ときた。
もうわらうしかない。
《ハヤメさん、死んだらゆるしませんからね。地獄の果てまで追いかけて、ぶっとばします》
「おやまぁ、怖い怖い」
ハヤメはのらりくらりとかわす一方で、クラマに返す鈴の声音はやわらかい。
「君まで死なせたくないから、生きるとしようか」
あぁ……と。クラマは心のうちで感嘆する。
飾りけのないハヤメの言葉こそ、彼がもっとも欲したものだった。
すっきりと、それでいてしみわたる充足感は、クラマの
《死ぬ気で生きてください。死ぬ気でサポートしますから。……約束ですよ》
「もちろんさ。約束しよう」
クラマを突っぱねる理由など、どこにもない。
ハヤメはほほ笑みを返した。春を告げる蕾が、ほころぶように。
「さてと! そうと決まれば提案がある」
ぱんっと景気よく両手を打ち鳴らしたハヤメは、美少女の顔にあくどい笑みを浮かべてみせた。
「この状況を解決できる方法がひとつだけある。そうだよね? クラマくん」
《えぇ。われわれ『転移者』は異世界での物語が完結すれば、現世へ帰ることができます》
「そこで考えたんだがね、ボイコットしたらどうだろう」
《詳しいお話をうかがいましょうか》
「梅雪は毒殺未遂をしたから断罪されるんだろう? ならしなければいい話で、もっといえば皇子と出会わなければいいわけだ」
《ほう》
「だから、後宮入りする前にバックレる! 新皇帝がよく国をおさめました、めでたしめでたしってなるまで、おとなしくしてようって寸法だ!」
《小学生かあんたは》
「えぇ!」
一刀両断された。名案だと思ったのに! とハヤメが食い下がることを、圧のかかった電気信号がゆるさない。
《ハヤメさんの言い分は一理あります。けど現実はそんなに簡単じゃないんです》
「というと」
《お家事情ってやつですよ。梅雪のことは、もうハヤメさんのほうが詳しいのでは?》
貴族の娘の結婚には、政治的な思惑がからむもの。
そんな月並みなことを、なぜ忘れていたんだろう。
(そうだ、梅雪は……)
ハヤメが梅雪として記憶をめぐらせたとき、その半生が、走馬灯のように流れ込んでくる。
思わず、ハヤメは袖で顔を覆ってしまった。
(
──あるとき故郷を追われ、みな殺しにされる。年若い少女を独りのこして。
どうしていままで疑問に思わなかったのだろう。
身ぎれいな名門家の息女が、家族も供もなく、こんなさびれた雪原に放りだされていたことを。
──私は、愛してはいけない
もやがかかったような少女の嘆きに、ぎしりと、床板のきしむ音が重なる。
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