9. 元執事、噂を知る
「すごいな、ここ」
「でしょ、予約制で一年後まで埋まってるんですって。私と一緒に来れてラッキーだったわね」
「他に約束していたやつがいたんじゃないか?」
「いいえ。私は予約なしでも入れるの。Sランク冒険者が使ったとなればお店の格も上がるから。だからあなたはラッキーだったのよ」
「……なるほど。不本意ながら感謝しておこう」
リリアナに連れて来られたのは貴族が使うような煌びやかなレストラン。しかも個室に通される。
ユリウェラ王女殿下に付き従ってこんな感じの高級レストランに入ったことは何度もあるが、自分が食べるために来たのは初めてだ。
「作法は……その格好だものね、わかるわよね」
「当たり前だ」
「ほんとあなた何者なのよ……」
リリアナがジト目を向けてくる。
俺はその視線を無視して店内を見回す。
「ご注文はお決まりですか?」
「私はいつものを」
「俺は……このステーキと炭酸水を」
「かしこまりました」
タキシードを着た若いウェイターが優雅にお辞儀をして下がっていく。
「お酒は飲まないの?」
「多少は嗜むが、基本的には飲まないな」
「へぇ〜、強くないとか?」
「そんなことはないが、いつ何が起こっても対処できるようにしておくのがしt……冒険者の心得だと思うからな」
あっぶね。思わず執事って言いそうになった。
「今なんて言いかけたの?」
「いや、噛んだだけだ」
「ふーん?」
胡乱げな視線を向けてくる。こいつの前でボロを出しては行けない。メモメモ。
「お待たせしました」
「すごっ……」
運ばれて着たステーキを見て思わず声が出る。美味しそうに焼き目がついた大きなステーキがお皿に鎮座していた。添えてあるものも色とりどりに盛り付けられていてプレートがとても華やかだ。
「ふふっ、ここの料理は見た目も綺麗だし、味も抜群よ」
「それは楽しみだな。お前のそれは……」
「パスタね。シンプルだけど、素材の味が生かされていてとても美味しいわよ」
「今度はそれを頼むか……」
「今度があるといいわね」
リリアナの嫌味を無視してステーキに手をつける。暖かいうちに食べるのがマナーだろう。
ナイフで切るとジュワッと肉汁が溢れ出す。一口に切り分けたそれを頬張る。
「ぁ……」
言葉にならない声が漏れる。初めてレベルで美味しいかもしれない。
「ナイフとフォークが様になるようなイケメンなのに、なんで性格は残念なのかしら……」
耳が呟きを拾う。なぜ俺の性格が残念ということになるんだ。
だが、そんな苛立ちも美味しいステーキの前では些細なもの。俺は二口目を頬張った。
***
「はぁ、美味しかった……」
「いい食べっぷりだったわね」
「そっちこそ」
俺たちは食後のコーヒーを飲みながらまったりとしていた。
だが、リリアナが真剣な表情になる。
「人払いを頼めるかしら」
「かしこまりました」
リリアナが先ほどのウェイターに伝えると、個室から人がいなくなる。
やっと本題に入るのか。
そんな気持ちだった。
「で、俺をここに連れてきた理由は?」
「ちょうど今朝、ある噂を入手したから共有してあげようと思って」
「共有?」
俺は眉をあげる。
情報は冒険者にとって命だろう。だが、ほぼ初対面の、しかもリリアナにとっては秘密を知られている相手である俺に与える意味がわからない。
「ふふっ、多分あなたに関係があると思ってね」
「俺に関係がある?」
首をかしげる。俺に関する噂なんてまだ出回る程じゃないだろうに、なぜ関係あるという判断をしたのか。
リリアナはコーヒーを一口飲むと、口を開いた。
「今、国王陛下が新しい執事を探しているという噂があるわ」
「っ!」
コーヒーを飲んでいなくて良かった……!
飲んでいる最中だったらむせていた自信がある。
「元の執事が勝手に辞めたから、という説があってね……」
リリアナが探るような目を向けてくる。俺は執事時代に鍛えた無表情を貫く。
鍛えておいて正解だったな。まさかこんなところで役に立つとは。
「そうなのか。なぜそれを俺に?」
「あら、私はあなたがその勝手に辞めた執事なのかと思ったのだけど?」
「そんな奴が冒険者なんてやってるわけないだろ。人違いだ」
スーツのせいで疑われているのだろう。
やめるべきだろうか……でもこれが一番動きやすいんだよな……
リリアナはしばらくじっと俺を見ていたが、やがてスッとそらし、誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
「そう、残念だわ。もしかして追っ手に追われてるんじゃないかと思って恩を売ろうとしたのだけどうまくいかなかったわね」
「とことん性格悪いな」
「あなたに言われたくないわ」
リリアナが席を立つ。
「じゃー私はこれで。疑ったお詫びにここは私が奢るわ」
「お言葉に甘えて」
「じゃーね。また会いましょう」
リリアナが手を振って出て行く。
「俺は会いたくないけどな」
そのつぶやきは誰にも届かなかった。
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