2. 元執事、酔っ払いを成敗する

「おい、にいちゃんよぉ、そんな格好で迷宮攻略しようなんぞ、迷宮を甘く見過ぎじゃねーかぁ?」


 フィルナの言葉を何者かが遮った。


 その直後、俺は一歩左に避ける。と、後ろからやってきた片手に酒瓶を持ったハゲ頭のおっさんが受付の机に勢いよくぶつかった。


 うわ、くっさ。


 思わず鼻を抑える。この匂いは……


「ちょ、ちょっと、ジークさん飲み過ぎですって!」

「ああん? そんなに飲んでねーぞ」

「いや、明らかに酔っ払っちゃってるじゃないですか……」


 そう、俺が大っ嫌いな『酔っ払いの匂い』である。

 酒は俺だって嗜むし、別に嫌いではない。だが、酔っ払って我を忘れた人間は平然と人に迷惑をかける……人に迷惑さえかけなければなんとも思わないが。


 顔をしかめているうちに、ジークと呼ばれた男が振り返る。


「んで? にいちゃん、その格好で迷宮攻略なんぞふざけんじゃ……」

「ふざけてなんていませんよ。酔っ払っているあなたよりは安全だと思いますが」

「あん!? 初心者が粋がってんじゃねぇぞ! お前なんぞ俺の手にかかれば……!」


 酒瓶で勢いよく殴りつけようとしてくる。


 やれやれ。


 内心でため息をつきながら俺は魔法式を展開する。酔っ払いに怒ってもしょうがないが俺は怒っている。丁寧な口調の時の俺は怒っている、これテストに出るからな!


 そんなアホなことを考えながら酒瓶を避けて相手の懐に入り、そして……


「失礼します。〈催眠〉」

「んっ!?」


 魔法式を起動。どんな相手でも一瞬で眠らす催眠魔法は抜群の効果を発揮した。


 ドスッ。


 相手の体が崩れ落ち大きな音が鳴り響く。続いて……


「すぅ……」


 寝息が聞こえてきた。


「ふぅ」


 その様子を確認し、俺はスーツを払って息をつく。匂いがついた気がしてしょうがない。

 と、周りを見回すとなぜか静まり返っていて首をかしげる。


「どうかしましたか?」


 俺の問いに、フィルナが唖然とした表情を浮かべる。


「ふぇ、フェールさん、あなた何者なんですか……」

「ただの駆け出し冒険者?」

「「「「「いやいやいやいや」」」」」


 なぜかギルド中がハモる。

 いや、待て、俺は駆け出し冒険者だぞ? 元執事だけど、それだけだぞ?


 俺が混乱してると、一人の女が近づいてきた。赤髪でポニーテール、腰に下げた無骨な剣は華やかな彼女に危ないアクセントを加えていた。

 にこやかな表情だが、足音を立てない歩き方、無駄のない動きからこの場にいる中では圧倒的強者であることがうかがえる。


 俺の前で立ち止まると、値踏みするような無遠慮な視線を向けてくる。


「あなた、相当強いわね?」


 ハスキーな声。周りにはうっとりした表情を浮かべている奴もいる。


「そんなことはないと思うが……」

「謙遜……って感じはしないわね。でも、さっきの魔法式の展開速度、起動速度、最適化された含有魔力量は常人には真似できないわよ」


 たった一瞬でそこまで見抜いていることに驚く。ただの剣士ではないらしい。


 魔法を行使するには魔法式というものがあり、魔法式には魔法を行使するために必要な情報が全て組み込まれている。込める魔力量——含有魔力量を変更するには文字を少し変えるだけでいいのだが、少なすぎれば魔法式は起動しないし、多すぎれば爆発する。もし起動したとしても魔力の無駄になる。


 人が持っている魔力には限りがあるから、使う場面使う魔法に合わせて含有魔力量を調整するのは重要、なのだが多くの人はこれができないらしい。もったいないと心底思う。まぁ、そもそも魔法を使える人間は全人口の三割程度らしいが。


 展開速度や起動速度は執事時代の激務で勝手に鍛えられたのだ。速くなければ仕事が終わらなかったからな。ははは……。


「な、なんか怖いわよあなた……」


 多忙な毎日を思い出し死んだ目になっていたのだろう、彼女が引いていることに気づいて切り替える。


「何でもない。まぁそれなりの環境で生きてきたからかな」

「それなりって……」

「まぁ、これくらいなら他にできるやつはいっぱいいるだろう。実際、俺より速く魔法を行使するやつを数人知っているしな。閉鎖的な空間だったから外にはもっといるんじゃないか?」


 彼女はなぜか驚愕の表情を浮かべる。


「数人!? どういう世界に生きてきたのよほんと……」

「さぁな」

「そこは教えてくれないのね」

「初対面の人間に教える必要ないだろ」

「それもそうね」


 あっさり引き下がる彼女の様子に不信感を抱く。しかし、聞かれないのならこれ以上構う必要もないだろう。


「それじゃ、俺はこれで……」

「ちょっと待って」

「何だ?」


 立ち去ろうとすると引き留められる。振り向くと彼女は笑みを浮かべていた。男を虜にしそうな、そんな笑み。


 なぜか嫌な予感がして「急いでるから」とその場から消えようとするが、少し遅かった。


「あなた、私とパーティーを組まない?」


「はっ!?!?!?!?」


 俺は思わず叫んでしまったのだった。

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