【2章開始!】元最強執事の迷宮攻略記〈ダンジョン・ノート〉〜転職したら悠々自適な冒険者ライフを……送れなかった!?〜

美原風香

プロローグ 執事、左遷(?)されそうになる

「フェール、今日呼んだ理由、わかっておるよな?」

「申し訳ございません、陛下。わかっておりません」

「はっはっは、面白い冗談を言う」


 俺——フェールの言葉に声を上げて笑っている陛下。俺からすれば冗談ではないのだが。


 今日は半年ぶりに取った有給休暇。他の人に仕事はお願いしてきたし呼ばれる理由などないはずだ。

 

 ちょっとイラっとして思わず強めに言ってしまう。


「冗談ではありません、陛下」


 俺の言葉に陛下は大げさに唖然とした表情を浮かべる。


「本当にわかっていないのかね!?」

「はい。一体どうして呼ばれたのでしょうか?」


 休暇中に呼び出すなんて常識をわきまえていn……危ない危ない。

 相手はここメルテウス王国の国王、ルヴァン・ファル・メルテウス三世陛下なのだから言葉には気をつけなければ。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、陛下はこほん、と咳払いを一つすると真剣な表情になる。


「そなた、昨日ユリウェラの頼みを断ったそうな?」

「はい?」

「そなた、昨日ユリウェラの頼みを断ったそうな?」


 俺はしばし沈黙する。さて、そんなことあっただろうか……?


「……はい?」

「ほう、自覚ないのか?」

「はい」


 『はい』って言葉は声のトーンで色々なバリエショーンあって便利だなぁ。

 思考がそんな現実逃避に入る。この国王が言い出しそうなことなど、火を見るより明らかじゃないか。だって陛下は……


「昨日、ユリウェラが『一緒に寝て?』と言ったことに対し『無理です』と答えたのは誠か?」


 そう、この陛下は娘——ユリウェラ・ファル・メルテウス第一王女殿下、俺が仕えている相手を溺愛しているからだ。

 え? 男である俺に一緒に寝てって言う命令を聞くよう言う親が溺愛しているわけないじゃないかって?


 違うのだ。俺が「はい」と頷いたのを見ると親バカをこじらせた陛下は……


「そなた、ユリウェラの専属執事であろう? 主人の言うことが聞けないのか?」


 凄まじい剣幕で言われる。そう、娘の願いならなんでも聞いてあげたい。そういう親バカなのである。

 しかし……


「むしろその頼みを聞いたら怒りますよね?」

「……」


 黙ってしまった。

 この会話を聞いて、国王と王女の専属執事の会話であるなんて誰が思うだろうか。


「むむむっ、じゃーこれはどうだっ! ユリウェラから『フェールが冷たい』って聞いておるぞ! 主人に冷たい執事なんぞ聞いたことがない!」

「まず『これはどうだ!』ってなんなのですか? それに冷たいのではなく仕事を素早くこなしているだけです。それに文句をおっしゃられても困ります」

「……」


 やはり黙ってしまった。

 いや、これくらいで論破されるようなら喧嘩ふっかけてこなければいいと思うんだが。


「ま、まぁそんなことはどうでもいいのだ! 要するに執事ともあろう者が主人の要望を満たせていないのが問題なのだ!」

「……」


 呆れてしまう。まともに仕事はこなしている。正直執事の仕事じゃないだろ! と言うこともやっている。それで文句を言われてもたまったもんじゃない。


 だが、俺のそんな気も知らず、陛下は得意げな顔になる。


「ほら見ろ、こう言われれば黙るしかないだろ?」

「いや、呆れているだけです」


 陛下の顔が固まる。

 ふぅ、なんでこんなやつに国王が務まっているのだろうか……あ、務まっていないから俺に仕事が回ってくるのか。


 世界の真理を知ってしまった気分だぜ……やめよう、我ながらキモい。


「ま、まぁ良い。とにかくそなたが仕事を果たしていないことは一目瞭然」


 このおっs……陛下、言葉通じないのか? どうしても俺が職務怠慢したことにしたいらしい。


 冷めた目をしている俺を知ってか知らずか、陛下は言葉を続けていく。


「そこで、そなたに罰を与える」

「はっ?」


 陛下がビクッとする。


 いけないけない、なぜかわからないけど陛下の前ではドスの利いた声が時々出ちゃうんだよねー、はははー。


 きっと今の俺は死んだ目をしているだろう。


「そ、そなたに国境守備隊への異動を命じる!」

「拒否します」

「そなたに拒否権はない!」


 でっすよねー、そろそろ逃げようかな。


 なぜ俺がそんなことを考えるかというと、国境守備隊は安月給なのに激務だからだ。

 左遷された軍人や騎士、護衛の流刑地のような状態な上に、魔物の襲撃が絶えず、また敵国工作員の密入国も取り締まらなければいけない。


 そんな場所に行くなんて……孤児の俺が安定した職に就くために使用人養成学校で奨学金をもらって死ぬ気で頑張った五年が無駄になってしまうっ……!


 と、そこで陛下が決め手となる一言を発する。


「そなたが行けば、今いる国境守備隊の三割は王都に呼び戻せるだろうしな」

「っ!?」


 それは、俺にその呼び戻した三割分の仕事もしろ……ということだよな?


 ぜってぇやだ、という我ながら子どもっぽい返しが出かけて寸前で飲み込む。

 いくら俺が大量の仕事をこなせるからって、魔法師団長よりも賢者よりも魔導師よりも弱い俺が呼び戻した三割分の仕事を一人で引き受けられるわけないだろ!


 一呼吸ついて執事モードに即座に戻ると、俺は陛下の目をまっすぐ見た。

 

「お断りします」


「従わないのであれば罰を与えるしか……」

「いえ、その必要はありません」


 俺は陛下の言葉を遮るとスーツの懐から一枚の封筒を取り出す。


「っ!?」

「今を持って辞職させていただきます」


 そう、その封筒には大きく『辞表』と書かれていた。

 執事の仕事以外もやらされるようになってから肌身離さず持っていたこれが役に立つ日が来るとは……。


「そ、そんなこと許されるわけ……!!」

「では、私はこれにて失礼致します。メルテウス王国の永遠の発展をお祈りいたしております……」


 言葉とともに俺から魔法式が展開される。それを見て陛下は唖然とした表情を浮かべた。

 知っている場所に一瞬で移動できるこの魔法を使えば、もう俺がどこにいるか把握することはできない。追われることもないだろう。


 王宮で過ごした日々が走馬灯のように……過ぎ去らなかった。忙しすぎたんだよちくしょう!


「〈転移〉」


 若干の不満を抱えながら俺は魔法を起動したのだった。






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