謡うデスペラード:01
「かー……駄目だその名前。女の子にアイアンはないだろ。メイデンはともかくアイアンはなしだ」
初対面でそんな失礼なことを言う人だった。全国の鉄子さんに謝れ!!って内心思ったけど、あれ、徹子さんだったらアイアン関係ないのか。
「俺が付けかえてやる」
「!? ︎︎だめ!」
横暴で勝手。自分が気に食わないってだけで人の名前付けかえるとかありえないでしょ。
「ボクにはこれしかないの」
あの日もボクは記憶喪失だった。ただ自分の名前がアイアン・メイデンなんだとだけ知っていた。
「俺はジーク。で、こっちはオデオン」
ジークがくいっと上を指して言う。
「?」
「ただのしがない帽子でさ、嬢ちゃんお見知り置きを」
「帽子が喋った!!!」
「ハハ、まあ最初は皆驚くよな」
ただ生き残るために戦うだけの、荒れた魔界暮らしの日々に。突如現れたジークは。すごく変な人で、でもなんか凄い人で、なぜかボクを助けてくれて構ってくれた。誰かと会話するのも久しくて、不思議な気分で、ボクはふわふわしていたと思う。
一番攻撃力の弱い最弱の銃を二丁携えている。技の威力に耐えられるように耐久性を鍛えていた。
「もっと強い武器を使った方がいいんじゃないの?」
変だよ。誰もそんな初期装備育てたりしないよ。
「強すぎる力は周りを巻き込んで破壊をもたらす。俺にはこのくらい力をセーブする装備があってんだ」
正直意味はよくわからなかったよ。いくつも世界を守りたかった優しさがあったのに、強すぎたんだよね。どこも世界が脆くて怯えてたんだよね。
けどあの頃のボクはただジークを変な人、頭のおかしい人だと認識していた。
「あのねジーク。名前っていうのはね。捨て猫を拾ったみたいにホイホイ勝手に名付け親になっていいんじゃないの」
「少なくともボクにはね、大事な手がかりなんだよ」
量産型のランダムネームだったら、普通ファーストネームだけでファミリーネームはない。記憶を持たないボクにとって唯一のヒント。どこかに身内や仲間がいるっていう証明。
「どんな人達かわからないけど、ボクにも仲間がいるんだ。探し続けている限りボクはひとりじゃないんだ」
世界にひとりぼっちなんて、そんな孤独に耐えられない。だからボクはボクの見知らぬ過去に縋る。
「なんだそれ。くだらない」
結構ショックだった。
「過去なんか気にしてねえでちゃんと先に進めよ」
酷く意地悪で否定的に聞こえた。
「忘れちまったならそれでいいじゃねえか」
「よくないよ! ︎︎他人事だと思って!!」
ボクは悲しくて悔しくて激怒したけれど、ジークは思いのほか真面目だった。
「自分がどんな顔してるか知ってるか。ずっと泣きそうだ。全然楽しそうじゃねえ。──取り戻したい過去が自分にとって大事か、素敵なものか、大切か。何もわからねえくせに。ただ孤独になりたくないというだけで手放せないカラッポだ。時間の無駄だぜ」
「だって。誰とも繋がってないなんて認めたくない。嘘でいいから誰かと繋がってたい」
「だから、俺が新しい名前を付けて、お前と繋がればいいじゃん」
︎︎■ 謡うデスペラード:01
「そういうわけであの日からボクはジークの背中を任されているんだよ」
ジークはキリッとすました顔をしていたが内心は違った。それはオデオンだけが聴こえる心の叫びだった。奇しくもたまたま先の戦闘で対峙した自称新世界の覇者に対して放った言葉が、真逆過ぎた。アイーダと出逢った時はアイーダが本当はただ孤独辛たんだったからああ言ったまでで、別に一切問題ないんだが、それにしても綺麗に真逆すぎて恥ずい。いっぺん死にたい。いや落ち着け。幸いあの時の会話は他メンは聞いていない。新世界の覇者は倒したし。誰も知らない。セーフだ。間違ってもここで黒歴史だなんて言ったらアイーダの逆鱗に触れかねない。余計な誤爆は絶対に避けねばならない。男は黙って沈黙は金。
「じゃあこうしましょう。ジークは私の近衛騎士だけど、アイーダちゃんとオデオン、ヴェルちゃんもチームとしてジークと一緒に太陽騎士にお迎えしたいの」
シャインが一生懸命うんうん唸りながら和平に向けて交渉をしている。
「自由気ままな暮らしではなくなってしまうかもしれないけれど、魔界全土が廃れてしまった今、力を合わせていきましょう。太陽騎士になることで得られるメリットもあると思うの」
(シャイン。難しいことはわかんねえけど、お前は立派だぞ)
(シャイン。余よりもずっと王族として光っておるぞ)
頑張る我が子の後ろで親バカ二人が涙を噛みしめていた。
「ありがとうシャイン姫。でもその話の前にどうしてもジークと二人で話したいことがあるんだ」
「わかったわ。お話の後でみんなの答えをきかせてね」
(グッジョブよシャインちゃん。最高のお姫様よ!)
(ナニーとして鼻が高いです。あとで好物の賄を用意しましょう)
「ジーク」
「アイーダ。色々と苦労をかけるな……話ってなんだ」
本当は何の話か見当ついてるくせにな。
アイーダはしょんぼりと俯いた。
「ボクの……アイアン・メイデンをみたの?」
おかしな切り出し方になってしまったが、他に思いつかなかった。
「なんか変な夢みたいな、アイーダの過去に入ったことがある。けどあれ、別に実際にあった事実ではないんだろうなとは思った」
「ボクは自分の中のアイアン・メイデンという力を使って都合のいい過去を作って信じてたんだと思う。自分のこともジークのことも騙していたんだと思う」
「俺は騙されて一緒になったわけじゃないからいいけどな」
「……ボクの力、気味が悪いって思わないの?」
「自分自身嫌ってる力をうっかり使うくらいには俺のことが好きって思ったってことだろ」
「ボク、トランスだから元々男だし」
「それはアイアン・メイデン使った時にとっくにネタバレしてただろ」
「いやじゃない……?」
「え?そんなこと気にしてたのか?」
「え?」「え?」
「嬢ちゃん。兄貴は真正のキングオブエロスなんで男とか女とかもはや関係ねえんでさあ」
「???」
「オデオン。お前俺のこと言えねえだろ。ヴェルの奴だって元々男だろうが」
「オイラは帽子なんで性別なんて関係ねえんでさあ」
「じゃあ。じゃあボク。これからもずっと、ジークといてもいいの」
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