第45話 勝利の後に
「ひっ……ひー」
地面を這いつくばってリゲイルは僕から逃げ出そうとしていた。
そんなリゲイルの前に立つウェイブ。
彼は極寒の大地よりもなお冷たい表情で奴を見下ろしながら言う。
「レイン……こいつを殺すんだ。こいつはベルナデットの敵。俺たちが倒さなければいけない相手だ」
「ぼ、僕を殺さない方がいいぞ! 僕を殺せば、お前たちは罪人となる! そうなれば、この世界で生きていくことなど不可能だぞ!」
「お前を殺さなくても罪人になるんだろ? そんなことは分かってる。お前を挑発した時点で覚悟はもう決まっているんだ。こちらはな」
「ウェイブ……僕にはこいつを殺すことができない……ベルナデットがそう言っているような気がするんだ……無駄な殺生はいけないって」
「これは無駄なことか? 本当にそう思うか? 俺たちにはなさなければいけないことがある。復讐だってそのうちの一つのはずだ。今こいつを殺す覚悟もなければ、一緒に世界を変えることなんてできないんだぞ」
「ウェイブ……」
僕は涙を拭いてウェイブの顔を見る。
彼は怒っているわけでも僕を責めている訳でもない。
至極冷静に僕を見据え、そしてリゲイルを殺すように諭そうとしている。
でも僕には殺せない。
さっきまでは殺すつもりでいたけれど、ベルナデットの顔を思い出し、そうすることができなくなっていた。
きっとベルナデットは望んでいないはずだ。
殺した相手を殺してくれなんて……
「もう十分だ。こいつに痛い目を見せることはできた。それだけで十分だ」
「そ、それがいい! 君は利口な少年だな! 僕を殺しても何もいいことはないものな!」
「いいことならある」
「え……?」
「少なくとも口封じはできるからな」
僕に対する物とは違い、心の底から軽蔑するような声。
ウェイブは倒れているリゲイルをゴミでも見るように視線を向けている。
「……分かったよ、レイン。お前は優しいからな」
「…………」
「でもそんな優しさを持っていたら、これから先、俺について来ることはできないと思う」
「……ウェイブ?」
ウェイブは、穏やかな笑みを浮かべながら僕に言う。
「俺たちは――ここでお別れだ」
「な、何を言ってるんだ……ウェイブ」
「同じ目標を持っていたとしても、同じ覚悟を持っていたわけじゃなかった……別にレインを責めているわけじゃない。ただ道が分かれてしまう。それだけのことなんだ」
「おい……ウェイブ! 何言ってるんだ? お別れって……オレたちは家族だろ?」
「ああ。家族だ。お前たちを守るためなら俺はなんだってする覚悟を持っている。たとえ悪事に手を染めたとしても……な」
「!?」
周囲から人の気配を感じる。
どこかに潜み、僕たちの戦いを観察していたようだ。
「これは……どういうことだ、ウェイブ」
「俺の仲間さ……師匠が言ってたろ? 人との絆を大事にしろってさ」
「絆って……でもこの人たちは……」
見た目は極悪人。
服装は不潔極まりない恰好をしている。
それぞれ武器を手にし、怪我をしているリゲイルを愉快に見ているようだった。
間違いない。
彼らは盗賊だ。
そう言えばここは町の西側……盗賊たちの住処がある近くだ。
まさか最近ウェイブが付き合っていた連中って……
ウェイブは僕の考えを読んだのか、首肯しながら続ける。
「あれは言い換えれば、人の力を頼れってことだろ? だから俺は頼ったんだよ。人の力を。俺たちは無力だ。でもこれだけの数がいれば、貴族の一人や二人ぐらい……」
ウェイブが手を上げると、盗賊たちがゆっくりこちらに歩いて来る。
その数は二百人ほどだろうか……
リゲイルが盗賊たちの顔を見て顔を真っ青にさせていた。
「お、おい……まさか噂の盗賊じゃあないだろうな」
「そのまさかさ。勝算も無くお前をここにおびき寄せたとでも思っていたか? 無策で貴族に勝てると考えていると思っていたか? レインはお前を倒すだけの力があった。それは計算外だったのは認める。でもお前を殺すことは最初から決めていたのさ」
「ウェイブ……こいつを殺すつもりか?」
「当然だ。ここでこいつを殺さないと、お前たちにまで危険が及んでしまう。罪は全部俺が引き受ける。お前たちはこれからもあそこで暮らしていくんだ。辛い環境ではあるが、俺を忘れて頑張って生きていけ」
「ウェイブ……家族は一緒に暮らしていくもんだろ? オレ、嫌だよ……ウェイブと別れて生きていくなんて絶対嫌だ!」
「リオラ……なら、俺について来るか? エッジもアルバートも、俺と共に生きていく覚悟はあるか? レインと別れて、俺と共に同じ道を進むか?」
「それは……」
ウェイブは小さな子供を諭すような優しい口調でリオラたちに説明する。
「俺が成そうとしている道は、レインやお前たちみたいに優しい人間じゃ務まらない。いいからこれからもレインと暮らして行け」
「……アド! ウェイブを引き留めたい! 何かいいアドバイスをくれ!」
『…………』
「アド……? アド! 何か言ってくれ! ウェイブとこれからも一緒に生きていく方法を、その答えを教えてくれ!」
『あなたが非情になれるというのなら、彼についていけば良いでしょう。それ以外に答えはありません』
「そんな……」
ウェイブは僕たちに背を向け、盗賊たちの方に近づいて行く。
すると遠くからヨワヒムが盗賊に連れらえてやって来るのが見えた。
「じゃあな、レイン、リオラ、エッジ、アルバート」
「ウェイブ!」
「…………」
ウェイブはもう何も語ることはなかった。
突然に。
ベルナデットの時と同じように警告も前触れもなく、ウェイブとの別れがこうして訪れてしまった。
僕らもまた何も言えないまま、ウェイブの背を見つめるだけであった。
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