第17話 エイト

 逆立てたボサボサの黒髪。

 引き締まった肉体と、鋭さと優しさを兼ね備えた瞳。

 左の小指には銀色の指輪がはめられており、平民だと言うことがわかる。

 腰には剣をさしており、剣を扱いに慣れたような雰囲気があった。


「あの……」


「ん? どうしたお嬢ちゃん」


「……僕は男ですよ」


「そうか、すまんすまん。可愛い顔してたから勘違いしたよ」


 僕はため息をついて続ける。


「あなたは、剣を扱うことができますか?」


「ああ。だけどもうこの足だからな。戦うことはできねえが、剣は今でも扱うことができる」


 彼は自分の右脚部分――木材でできた義足というにはあまりにもぞんざいな造り、

 ただ丸い木の棒を繋げただけのような、そんな物を指差してそう言った。


 なんだか可哀想だな。

 そんなことを思いながら、僕は話を続ける。


「僕、師匠を探してるんです。良かったら僕の師匠になってくれませんか?」


「師匠だぁ? 俺に習うよりも、普通の人間に教えてもらった方がいいだろ」


「いや、あの……自分でも説明できないんですけど、あなたに教えてもらった方がいいと感じるんです。頭じゃなくて、心がそう感じてるんですよ」


「ほー。そりゃ直感ってやつだな。直感に頼ってりゃ、大概正しいことに導いてくれるはずだ。俺も直感に逆らわなかったら、今も右足とお別れしないで済んでるところだろうな」


 直感は正しいことが多い。

 頭では無駄なことを考え過ぎるから、心で単純な選択をする。

 シンプル・イズ・ベストという言葉もあるが、それは行動にしても同じことを言えるのだろう。


 きっと僕の直感は正しいはず。

 それにアドの言葉もある。

 この人に教えを乞うことこそが、最善の選択なんだ。


「お前の直感のことは分かった。でも俺の直感はどうだろうな?」


「…………」


 男の人は、僕の目の前でニヤリと笑い、目を閉じた。


「俺は右足を失ってから直感に従うことにしている。それが右足を失って一番学んだことだ。直感に逆らうことは悲劇の始まりだって分かったからよ」


 そして目を開け、僕の顔を真っ直ぐに見つめる。

 僕もまた、彼の顔を真っ直ぐに見つめ返した。


「……お前を弟子にしてやる。それが正しいと感じるからな。直感もそう言ってら」


「……ありがとうございます!」


 出逢ったばかりだけど。

 寸刻前までは顔も知らない者同士だったけれど。

 僕たちは師弟関係を結ぶことになった。

 それはまるで、運命づけられていたかのように。

 驚くほどスムーズで、当たり前のことのように思えた。


 他の人が見たら、バカなことだと感じるかも知れないが、これは僕たちにとって最善の選択であるはずだ。

 僕にしてもそうだが、この人にとっても最善だった。

 そう思ってもらえるように、彼のためにもなることを考えよう。

 

 自分だけ良ければいいなんて、それはバカな考えだと感じるから。

 だから僕は僕なりに彼にできることを考えていこう。


「俺はエイトだ。お前は? って、名前も知らねえのに師弟関係か、俺たちは」


 豪快に笑うエイトさん。

 僕も笑いながら自分の名前を伝える。


「僕はレインです。よろしくお願いします……師匠」


「レインか……これからよろしくな」


 師匠との訓練は翌日から始まった。


 早朝、彼の家に来るように言われていた僕は、まだ太陽も昇っていない時間、

 ほぼ夜道の中を歩いて師匠の元へ急いだ。


 強くなれることにワクワクしている僕。

 以前までならこんな気持ちを抱くことは無かったが、今は楽しみさえも覚え始めている。


 師匠の家は、周りと比べてほんの少し大きな建物で、庭付きであった。

 僕が師匠の家に到着すると、師匠はすでに家の前で待っており、僕の顔を見て笑顔を浮かべる。


「偉い偉い。ちゃんと起きてきたんだな」


「おはようございます。心の底から強くなりたいんで、早起きぐらいしますよ」


 師匠は木剣を二本手に持っており、一本を僕に手渡す。


「ま、問題は三日目からだな。今のモチベーションを維持できるかどうか、それが一番の問題だ」


「大丈夫だと思います。だって心がこんなに弾んでるんですから!」


「強さに飢えてんだな……面白ぇ。それぐらいやる気がある方が教え骸もあるってもんだ」


 まず素振りをさせられた。

 ただひたすらに素振りだ。


 正しい剣筋を身体に教え込むため、正しい剣の振り方をさせられ続けた。

 少し振り方が違うとその都度いちいち修正させられ、間違えのないように剣を振らされる。


「地味な作業は大事だぞ。基本こそが全ての土台。基本をしっかり積み重ねることこそが、強くなるための近道だ」


「なるほど……基本が命なんですね。なら、命を込めて基本を極めてみます」


「おう。頑張れ。でもしかし……中々上手くならねえな、お前は」


「う……」


 それは僕の才能の低さからくる問題であろう。

 やはり才能は最底辺。

 基本を覚えるのにも時間がかかりそうだ。


 でも僕はやると決めたのだ。

 中々上手くならなかったとしても、人より時間がかかったとしても、諦めることはもうしない。

 自分の限界まで、そして自分の限界を超えるまで修行を続けるんだ。

 それが僕の目標でもあり、そして楽しみでもあるのだから。


 血まめのできた手で剣を振る僕。

 痛みに顔を歪めながら、笑みをこぼして剣を振り続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る