第1話 レイン

「『奴隷予備軍』だ! お前町に足を踏み入れんじゃねえよ!」


「あいつ男か女か分かんねえ顔してるよな」


「ああ……そうだ。あいつのこと、裸にしてやろうぜ! 男かどうか確かめてやるんだ!」

 

 ここはクルーゼルという町で、中央部分には貴族が住んでおり、それを取り囲むように平民の住む地域が広がっている。

 その平民の住んでいる地域の南北に奴隷が住んでいる地域があり、僕が住んでいるのは南地区だ。

 北地区にしても同じことなのだが……奴隷区域には店というものは存在していない。

 何か物品を入手するためには平民地区にまで足を伸ばさなければいけないのだ。


 僕たちの面倒を見てくれているベルナデットという女性がおり、彼女のお使いで僕は平民地区に買い物に来ていたのだが……最悪にも僕は平民の子供たちに取り囲まれてしまった。


 買い物をするために表通りからから一本裏路地に入った道。

 少しばかり大人も歩いてはいるが……困っている僕を見ても知らんぷり。


 そりゃそうだ。

 それがここのルールなのだから。


 貴族が平民を殺しても罪に問われることはない。

 それと同じく、平民が奴隷を殺したとしても無罪放免。

 

 平民の子供たちもそのルールをよく理解しており、奴隷をイジメて愉しんでいるのだ。

 これが日常。

 平民の楽しみと奴隷に苦しみ。

 そして誰も助けてくれないので、自分の身は自分で守るしかない。


 かといって、やり返したらそれはそれで大変な事態に陥ってしまう。

 奴隷が平民に手を出すのは重罪なのだ。

 知っている人は片腕を斬り落とされ、聞いた話では足を失った人もいるとか。


 とにかく平民に絡まれたら全力で逃げろ。

 それがクルーゼルでの……いや、この世界でのルールなのだ。


 ヨワキムという強気な顔をしている男の子がリーダー格で、彼を中心に数人の子供が僕を取り囲んでおり、……逃げる場所は残念ながら見当たらない。

 逃げるのがルールなのに、最初から逃げ道を封じるなんて残酷な……


 まるで最初から負けるが決まっているゲームをやらされている気分だ。

 そんなの楽しいわけがない。

 最悪だ。

 最悪としか言えない事態。


「おい青髪。服を脱げ」


 ヨワキムがヘラヘラ笑いながら僕にそう告げる。

 僕の蒼い髪を見て、ヨワキムは僕のことをそう呼んだのであろう。

 僕にはレインという立派かどうか分からないが、ちゃんとした名前があるというのに……

 だがそれが奴隷なのだ。

 名前なんて彼らからしたら意味がない。

 『おい』や『お前』などで十分なのだ。

 僕たちを呼ぶことができればそれ以上のことは必要ない。

 人間以下の存在……悔しいが、僕たちはそういう認識を持たれているのだ。


 ちなみに僕は男か女か見分けがつかないほどの美形のようでで……まぁそれ自体はありがたいことなのだけれど……

 だがしかし、現在それが災いし、僕は服を脱がされようとしている。

 男か女か確かめるためにだ。

 って、僕が男なんて知ってるだろ!

 と言いたいところだが、平民がそう言うのだから、僕の叫びなど虚しく空に吸い込まれるだけなのだ。


「…………」


 ジリジリと僕との距離を縮めてくるヨワキムたち。

 ヨワキムは特にこの状況を愉しんでいるのであろう、ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべるばかり。

 その笑い顔に腹を立てるも、僕にはどうしようもない。


 ふと彼らの左手の小指に銀色の指輪が視界に入る。

 あれは平民の証で、僕の小指には何もはめられていない。

 それはまさしく奴隷を意味するもので、僕たちの違いはそれだけしかないのだ。

 

 それだけしかないが相手を傷つけることも許されず、逃げることも叶わない。

 となれば……死なないことだけを考えないと。


 ヨワキムたちは一斉にワッと声を上げ、僕に襲いかかってきた。

 僕は頭を抱え、亀のようにその場で体を縮めて暴力に耐える姿勢に移る。

 

 どうか死にませんように……

 僕はそう祈るばかり。


 暴力を振るわれないようになんて祈ったところで意味は無い。

 だってもうすでに僕は殴る蹴るの暴行を受けているのだから。


 後は嵐が去るのを待つばかり。

 背中に、手に、足に痛みが走っていく。

 だけど僕はどうすることもできない。

 この痛みを耐えることぐらいしかできることがないのだ。


 それが僕の宿命。

 それが奴隷として生まれた僕の宿命なのだ。


 どうしようもない。

 ただ諦めて、生きていくしかないのだ。

 これが僕の人生……

 才能の無い人間は惨めに生きていくしかないんだ。


 そこで僕はふと、前世の記憶――ただ唯一の友人の言葉をぼんやりと思い出す。


『才能なんて関係ないさ』


 でも現実はそうじゃない。

 才能こそが全て。

 特にこの世界ではね。


「おい、こいつを立たせろ!」


「ううう……」


 満身創痍の僕は抵抗すらできなかった。

 男の子たち、それに女の子も二人ほどいる。

 とにかくヨワキムの友人たちは僕の両脇を抱えて体を軽々と起き上がらせた。


 ヨワキムはそんな僕の前に立ち、ニヤリと笑う。


「それっ!」


 ズボッ! と勢いよく僕の短パンがヨワキムの手によってズリ下ろされる。

 世界に露わになる僕の下半身。


 ヨワキムと男の子はゲラゲラ笑い、女の子二人は「やだー」なんて言いながらも僕の下半身をチラチラと見ていた。


 羞恥心に死にたくなるが、僕はヘラヘラと笑うしかなかった。

 だって抵抗したら本当に殺されてしまうからだ。


 死にたい気分なのに死にたくない。

 こんな地獄でも僕は生きていかなければならないのだ。


 激しい怒りと恥ずかしさが胸の中に込み上げてくる。

 気が付けば僕は、笑いながらも涙を流していた。

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