episode18

 日暮れを過ぎると大金井商店街に並ぶお店は次々にシャッターを閉めはじめる。理由としては単純に、店を開けていても客がまったく来ないからである。それでも八百屋に魚屋、蕎麦屋は仕事終わりの働き人をターゲットに夜遅くまで営業しているが、今日に限ってはどこのお店も完全に閉まっていた。


 しかし商店街で唯一、赤田夏美のお店『NATUMIレストラン』だけは営業していた。店の外には『ご予約様貸し切り』という看板が掲げられている。目が眩むようなライトが路上を照らし、踊りたくなるようなポップな音楽と賑やかな笑い声が外まで漏れていた。


「ガハハッ、懐かしいな昔はこうやってな――」

「お前さんの息子、この前彼女と歩いていたぞ――」


 世間話で盛り上がる彼らは、商店街でお店を経営する店主らであった。殴り合いをはじめた八百屋の店主や魚屋の店主もいる。座れないからといって立食する者も多く、その光景はまるでパーティー会場のようだった。こうして彼らがこの店に集まったのは、町内会が事前に計画していたわけでも店の営業再開を祝う会というわけでもない。


「皆さん、急な連絡にもかかわらずお集まりいただき、心から感謝申し上げます」


 パッ、と照明が若干暗くなる。それからマイクを持った昭島校長にスポットライトが注がれた。ちなみにスポットライトを動かしているのは花瀬と菅原である。『なんで私がこんなことしなくちゃならないの』、むすっとした花瀬の顔からそんな文句が読み取れた。


「このメンツを呼び出して一体何をするんだい昭島さんよ」


 酒気を帯びたオヤジがグラスを持ちながら昭島校長を指さす。


「もしやこの店の存続について話しあおうってわけじゃあるまいな。議論はすでに終えただろう」

「おっしゃるとおりです。商店街が日陰へと移動していく中、この店をサポートし続けるのは困難であるという結論に至りましたね。ごもっともです。行政がこのお店を歴史的建造物として認定してくれれば維持できるんですけどね。夢のまた夢でしょうけどね」

「…俺らはバカだからよ、察してくれとかそういうのは期待しないでくれや。そんで何が言いたいんだ昭島さんよ」


 昭島校長はきょとんとした顔で数秒考えたあと、『カチッ』とマイクをオフにした。


「まどろっこしい話はやめましょう。わたしはこの店の取り壊しに反対します」

「へっ、なんだい今さら。この前は昭島さんも取り壊しに賛成したじゃないか」

「おっしゃるとおりです。皆さんと意見を一致させたにもかかわらず、こうして意見を変えるなんて決断した責任を放棄する恥じるべき行いだと思っています。この場にわたしの父がいたら『男なら一度決断したことは変えるな』と怒られてしまいそうです。ですが、そんなことどうでもいいと思うくらい、わたしはこのお店が好きみたいなんです」


 昭島校長は店内をぐるりと見渡し、壁に飾られている写真に目を落ち着かせた。


「誰にでもプライドを捨ててでも失いたくないものを持っているでしょう。家族や愛車、お金や玩具。わたしにも思いつくものがいくつもありますが、その中にこのお店が入っているんです。手放したくないほどに深い思い入れがあるんです。だからわたしに、わたしたちにもう一度チャンスをくれませんか、あなた方を説得するチャンスを」

「昭島さん、しつこいようだけど俺らの意見はそう簡単には変わらねぇよ。この店を残しておいたってしょうがないだろう。誰かが跡を継ぐわけじゃないんだし、ドブにお金を投げるようなバカなマネはしねえよ」

「跡継ぎならそこにいるじゃないですか。夏美さんの息子である赤田料君がね」

「跡を継ぎたいだなんて本人の口から聞いたことないけどな~」


 一部で『がははっ』と笑い声が飛び交った。嘲笑うような声だった。友人を馬鹿にされたことでカッとなった花瀬は、その人物に向かって行こうとしたところを菅原が制止した。ここは抑えて、と小さく首を振る。この場にいる全員は菅原たちのやり取りよりも赤田に注目していた。赤田は「俺は…」とごにょごにょと自信なさそうに口ごもっていた。どこからかため息が聞こえてきた。


「それと皆さんをここに集めた理由はもうひとつあるんですよ。この店のオーナーである赤田夏美から皆さんに向けたビデオメッセージが見つかりました」

「ビデオメッセージだと…?」

「ええ、今からそれを御覧いただきたいと――」

「ふざけんなっ!!」


 八百屋の店主は憤る気持ちを拳に込め、テーブルを殴打する。がしゃん。耳奥を刺すような食器が割れる音が鳴った。


「そんなものあるわけないだろうが! 彼女の遺品を整理してもそんなものは出てこなかった。それに急死した彼女が遺言を残せるわけがねえだろ」


 水面に波紋が広がっていくみたいに、彼の怒りは周りの人にも伝染していく。「冷やかしは御免だね。わたしゃ帰るよ」「俺も帰るわ」「ったく酔いが冷めた」、店の半数以上が文句を垂れながら店を出ていった。


「え、ちょっと、みんな帰っちゃうの!?」


 あたふたと焦りだす花瀬。しかし、その反応を予想していたかのように、上村は彼らが店を出る瞬間を見計らってスピーカーにノイズ音を走らせた。


『あーあー、マイクテステス、テスカトポリカ』

『まさかマイクテストに使われるなんてメキシコ神話の神も想像していないだろうな』


 あれだけ騒がしかった足音がぴたりと止んだ。その反応も上村のシナリオどおりだったのだろう。スポットライトを消灯させてスクリーンに動画を放映させた。


『ねえ直弼、これマイク入ってるの? もう喋ってもいいの?』


 映っているのはショートカットヘアの若い女性だった。彼女は赤ん坊を抱いてソファに座っている。慣れない動画撮影に戸惑いながら何度も撮影者に問いかけていた。そんなホームビデオのような微笑ましい映像が流れはじめた。


「みたこともない映像だな」


 さっきまでの怒りが嘘みたいに、店を出ようとした彼らは踵を返して戻っていく。赤田も眉をひそめて映像に食い入るように見ていた。


「これは料が1歳くらいに撮った映像だ。俺らはこの動画をずっと探していたんだが、夏美のやつが簡単に見つからない場所に隠していたんだよ」

「……簡単に見つからない場所?」

「これだよ」


 上村はひし型のルービックを見せつけた。すると最初に反応したのは赤田だった。


「それっておふくろに買ってもらった…」

「お前がインテリアとして店に置いていたルービックキューブだよ。さっさと解いてこの動画を見つけていれば、こんな状況にもならなかったかもな。とにもかくにも解いてくれた菅原に感謝するんだな」


「えへへ」と照れる菅原に、赤田は感謝を込めて微笑みを向けた。


「でもよ、夏美はどうしてそんな場所にUSBメモリーを隠していたんだ?」

「その答えも、この映像を見ていればわかるさ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る