episode9
店内に入ると花瀬と菅原は「おぉ」と共鳴するみたいに
店の中心部には登山用テントとアウトドアチェア、寝袋などが展示されてあり、ショッピングモールに劣らないほどプロモーションがしっかりしていた。登山ウェアや登山靴、小物類は壁面の棚に並べられ、どこになにが置いてあるのか一望できるようになっていた。それも店主である
洋楽が流れる店内、天井にはシーリングファンが回っている。お茶をしたくなるくらい居心地が良い。それなのに店員である赤田料は頬杖をついて、いかにもめんどくさそうな態度でレジの横に座っていた。大きなあくびをしてスマホをいじっている。店員の態度は最悪である。
「へい、そこのやる気のない店員さん。初めて山に登るんだけど何を買えばいいの?」
ためしに花瀬が優しく声をかけてみるも赤田はガン無視。さっきのことを根に持っているんだろうか。しかしそれで身を引くような彼女ではない。
「おいこら無視すんな赤田料っ!」
早くも本性を現した花瀬はケンカ腰で赤田に吠える。ここで無視し続けても花瀬は番犬のごとく吠え続けるだろう、そんな彼女のめんどくさい性格を知っている赤田は、仕方なくスマホを置いて顔をあげた。目を細めて不快感に
「ぎゃあぎゃあうるせーなお前は。後ろの棚にあるおしゃぶりでも買っとけ。いま流行りの簡易型酸素吸入器だ」
花瀬はふり返り、「ほう」と棚に置いてあるおしゃぶりを興味深そうに眺めはじめる。
「……へぇ、おしゃぶり型の酸素吸入器か。両手がふさがっているなかでも酸素が吸入できるっていうのね。こりゃ映えるね」
「花瀬さんそれ嘘だから。ただのベビー用品だよ。真剣な顔でおしゃぶりを眺めないで」
指摘されて恥じらいを塗りつぶすほどの怒りがこみ上げてきた花瀬。おしゃぶりを手に取って赤田に投げつけようとするが、「それ商品、商品だから!!」と菅原が必死になって阻止した。このくだりは何度目だろうか、菅原は考えるのをやめた。
「ちなみにお前らは何の山に登るんだよ」
「聞いて驚くな。わたしたちはあの日本一高い山、富士山に登るんだい!」
花瀬は強烈なドヤ顔をしてみせる。いちいちマウントを取りたがる彼女に菅原は若干引いていた。だけど富士山というワードに赤田の眉がピクリっと反応する。「富士山?」と顔をあげる赤田は、不機嫌というより
「登山を経験したこともないやつがいきなり富士山を登るとか、山舐めてんの?」
「ん、まあ大丈夫でしょ。わたし運動神経良いほうだし、こうざんびょうってやつも根性で―」
「バカか」
ベースを鳴らしたような重低音な声が、菅原たちの心臓を震わせた。
「登山をするにおいて根性で乗り切ろうとするやつが一番迷惑なんだよ。それに運動できるできない関係なく高山病にはなる。ベテラン登山家が高山病で亡くなった例だってあるんだ。山を登ったこともないやつが事前に調べもせず予防策も講じないで登ってみろ、すぐにフェードアウトだ」
「い、言われなくてもそこはちゃんと調べてから登るし」
「滑落・落石・遭難。年間に数名もの人が登山中に亡くなってる。いいか登山はハイキングとは違う、一歩間違えれば命を落とすことになる」
登山用品店の店員というだけあって山に対する熱意が強く伝わってくる。
ただ、彼は登山の危険性を伝えるだけで山の魅力はなにひとつ言葉にしない。たしかに登山初心者に危険性を伝えることは大事ではあるが、それだけでは誰も登りたがらなくなるだろうに。彼の言葉の裏を返せば『危ないから登るな』と言ってるような気さえする。
「なによさっきから偉そうに。そもそもあんたは富士山登ったことあるわけ?」
「幼い頃に無理やりおふくろに連れられて登ったことがある。指で数えられるだけだがな」
赤田の頭上には額縁に入った写真がいくつも飾られていた。富士山や八ヶ岳、鳥海山など全国各地の山から撮ったであろう風景写真。それらの写真の中に登山の恰好をした団体の集合写真も飾られていた。年齢層は比較的に高いほうだが、カメラに向かって無邪気な笑みをこぼしている楽しそうな写真だった。
よく見ると赤田の面影がある子供も写っている。彼と手を繋いでる女性がきっと赤田の母親なのだろう。とてもキレイな顔立ちをした女性だった。
「おやおやぁ、おママと、お手てつないで、お登りになったんで、おちゅか~」
その写真をみて煽りちらかす花瀬。温厚な菅原ですら内心『イラッ』としたくらいその煽りは常軌を逸していた。
菅原は思う、もし自分が赤田の立場だったらレジ横の冊子を投げつけていただろうと。だから赤田もあたりまえにその挑発に乗るもんだと、菅原だけではなく花瀬すらも思い込んでいた。
「あぁそうだな。この手を握っていれば良かったとずっと後悔してる」
赤田は
「俺のおふくろは富士山登頂中に死んだ。俺の目の前で死んだんだ」
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