一難去ってまた一難
昼過ぎごろ、俺たちはカーク村に到着した。
まずは依頼主の村長のところに行く。
「ごめんください」
とんとん、と扉を叩くと中から優しそうな老人が出てきた。
が、やはり俺を見ると顔をしかめる。
「なんだね」
「俺たち、依頼を受けて来た冒険者です」
「ふむ……まあちゃんと退治できるならなんでもいいわい」
そう言い、ぴしゃりと扉を閉められてしまった。
「ま! 無礼な輩ですわね」
「あはは……」
いつも通りの冷遇に苦笑いをする。
でも味方が1人いるだけで、凄く気が楽だ。
村長の家を離れ、依頼の場所へ向かう。
なんでも、魔物が近くの林に居座っていて迷惑しているらしい。
この手の話はよくあることで、厄介なことに魔物は普通の動物より強いからこうして退治依頼がギルドに来るのだ。
俺のいた村でも何回か冒険者に頼ったことがあるらしい。
「そうだデレー。君の武器けっこう大きいけど、重くないの?」
「ええ。私、力持ちですの」
デレーの役職は【斧使い】。
斧といっても片手で持てるものから両手で扱う用のものまで、様々なサイズがあるのだが、デレーは身長の4分の3くらいのものを持っている。
ちなみに俺はシンプルな片手剣だ。
「あ、あそこかな」
村の端の方まで行くと、鬱蒼とした林があった。
なるほどいかにも魔物が住み着いていそうだ。
「準備はいい?」
「もちろんですわ」
周囲を警戒しながら2人で林に踏み込んでいく。
慎重に歩を進め、だいたい中心部くらいまで進んだろうか。
すると前方に何か動く影が見えた。
「! あれだね」
木の陰から様子を窺う。
それは犬型の魔物で、獲物を探しているのか辺りをうろうろしていた。
剣を握る手に力が籠る。
「今だ!」
魔物が背を見せたところで、木の陰から飛び出す。
俺たちに気付いた魔物は振り返り、応戦するべく飛びかかってきた。
「でやっ!」
素早く身をかがめながら魔物の腹を切り裂く。
急所に当たったのか、魔物は倒れて動かなくなった。
「おお……思ったより上手くいった……?」
剣を使うのは初めてだから、とりあえずは囮になってデレーのサポートに回ろうと思ってたんだけどな。
役職が【剣士】とはいえ、最初からここまで戦えるとは……いや、やっぱりおかしい気がする。
「フウツさん!」
「え?」
デレーの叫び声で現実に引き戻される。
見ると、新たに表れた数匹の魔物が俺たちを取り囲んでいた。
魔物たちは唸りをあげて威嚇しており、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。
デレーは斧の扱いを習ったことはあるらしいが、この数は厳しいだろう。
ここは俺が引き付けて、デレーに逃げてもらうしかない。
「デレー、俺が――」
ふ、とデレーの姿が消える。
そして疑問が浮かぶより早く、彼女は魔物の懐に潜り込み、叩き切っていた。
「害獣風情が……生意気ですのよ」
目にも止まらぬ勢いで次々と魔物を薙ぎ払っていくデレー。
俺が呆気にとられているうちに、魔物をすべて倒してしまった。
「フウツさん、お怪我は無くって?」
返り血を拭うこともせず、デレーは笑う。
「す……」
「す?」
「すごい! 君がこんなに強いなんて知らなかったよ!」
俺は興奮してまくし立てるように言った。
「もう、めっちゃくちゃかっこよかった! 本当にすごいよデレー!」
「いえ、そんな……。でも嬉しいですわ」
デレーは頬を染めて照れる。
俺も負けていられないな。
きっといつか、デレーと肩を並べて戦えるようになろう。
「それにしても、魔物ってこんなにいるもんだっけ? 『魔窟』じゃあるまいし……」
「どうやら魔物が集まってきていたようですわ。ごく最近、それも急激に。放っておいたらそれこそ『魔窟』になっていたかもしれませんわね」
なるほど、思ったより危ないところだったのか。
それも含めて報告しておかなくては。
「あ、あと聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「デレーは武器で戦えるようになるまで、どのくらいかかった?」
「ええと、確か一通り扱いを覚えるまで3ヵ月ほど訓練をしましたわ。あとは実戦で腕を磨いていったんですの」
3ヵ月……。
記憶の引き出しをひっくり返してみても、やはり俺には剣を使ったこと、ましてや3ヵ月も訓練をしたことなんて全く思い当たらない。
「じゃあデレーから見て俺の動き……って言ってもほとんど動いてなかったけど、どんな感じだった?」
「うーん……あまり実戦慣れはしていないけれど基礎や知識がしっかりしている、といった感じでしたわ。魔物の隙を見極める時も決して足音を立てませんでしたし、後ろにいた私にも気を配ってくださっていたのがよくわかりましてよ。私、思わずあなたの背中に見とれてしまいそうになりましたもの。それと、剣の扱いや身のこなしだけで言えば申し分無い実力をお持ちのようですわね。初撃にブレが無いのも素敵でしたわ。そうそう、魔物に囲まれた時も私の心配をしてくれたでしょう? 感激のあまりつい魔物を切るのに力が入りすぎてしまいましたわ。あなたのことを想うと不思議と力が湧いてくるんですの……。ですから相手がどう動くかの予測と、不測の事態への対応さえできるようになれば」
デレーは息継ぎをしているのか怪しい勢いでつらつらと言葉を並べた。
「わ、わかった。ありがとう。でも俺、今日初めて剣を振ったんだ」
「まあ! ではフウツさんにはきっと天賦の才があるのですわ」
「そ、そうかな……? けどやっぱり戦い方はきちんと知っておきたいからさ、また時間のある時に教えてもらってもいい?」
「そういうことなら、喜んでお受けいたしますわよ」
「ありがとう。ごめんね、頼ってばっかで」
「いえいえ。むしろ私に依存してくださる方が……」
ちょっと危ない単語が聞こえたのでスルーする。
……絶対自分で戦えるようになろう。
俺たちは林であったことも含めて村長に報告し、無事に依頼達成証明書にサインを貰った。
「あとはこれをギルドに……ん?」
最寄りのギルドのある町へ出発しようとすると、前方でなにやら言い争っているような声が聞こえてきた。
見るとそれは女性2人と男性1人で、男性の方が何かを責められているようだ。
どうしよう。
仲裁してあげたいところだけど、俺が行ったところでろくに相手をしてもらえる気がしない。
けど、見て見ぬふりをするのも何だかなあ。
そうだ!
いいことを思い付いた。
「デレー、少し待ってて」
「あっ、お待ちくださいまし!」
俺が間に割って入れば、両方のヘイトが俺に向くことになる。
そうすれば、お互いに関しては多少冷静になれるだろう。
名付けて「共通の敵」作戦。
「すみません、どうしたんですか?」
「何よ! あんた誰? 気安く話しかけないでよ!」
「そうよ、どいてなさい! 急に入ってくるなんて気持ち悪い!」
女性に肩を思い切り押される。
よしよし、いい感じに俺に怒りの矛先が向いてきた。
男性の方は――
「少し、よろしくて?」
地を這うような凄みのある声がする。
しまった、デレーが怒る可能性を考えていなかった。
「きゃっ。なにこいつ、いつの間に……」
デレーは俺の前に立ち、俺を押した女性の腕を掴んだ。
「お前のような尻軽女がフウツさんに触れていいとでも……? どうやらお外に出られない体にされたいようですわね」
「い、痛っ! 放してよ!」
「わーっ! 待って落ち着いてデレー! 俺は平気だから! ね? 暴力はやめよう!」
俺は慌ててデレーをなだめる。
「…………次は無くってよ」
「はあ、はあ……イカレてるわ、こいつ……」
解放された女性は涙目で腕をさすった。
それに関しては本当にごめん。
「と、ところで何を言い争ってたの?」
すでに若干収拾がつかなくなり始めているので、強引に話を変える。
するともう片方の女性が口を開いた。
「この男がメアリを傷付けたの! せっかくメアリが勇気を出して告白したっていうのに」
メアリ、というのが先ほど俺を押した方の女性の名前らしい。
するとこの人はメアリの友人で、告白の付き添いをしていたのだろう。
「そうだったんですね。でも告白を断られたからって、こう、2人がかりで責めるのは……」
「わかってないわね! こいつ、酷い暴言まで吐いてきたのよ!」
「えっと、ちなみに何て言ったんですか?」
ずっとだんまりを決め込んでいた男性……いや青年かな?
とにかく彼に尋ねる。
彼は面倒くさそうにこう言った。
「……『気持ち悪い。二度とその不愉快な顔を見せるな』。」
「おっと?」
予想の斜め上を行く暴言に、俺は首を突っ込んだことをうっすら後悔し始めた。
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