悪徳領主の末路

 マナ不足を解消するために、自らのマナの提供を提案したのだが……


 ラセルは俺のマナ量を確認後、続けてこう切り出した。


「あのあの、この量を受け取るには相当時間がかかるので、口──」

「んじゃすぐに始めましょうか」



 速攻で彼女の手を両手で握る。



 シアの一件もあり、俺のリスクマネジメント力はかつてない程に高まっていた。


 手より口接のほうがマナ供給の速度が速い事くらい、当然知っている。

 魔物がそこまで迫って来ているという事情も分かる。


 だがつい先程出会った女性と接吻を交わせる程、奔放な精神は持っていない。

 彼女は少々不満そうな表情だ。


(この世界の貞操感ってどうなってるんだ!?)


 それは自分の要望が通らなかった事に対してなのか

 それともマナの補給に時間がかかってしまう事に対してなのか。

 俺には知りようが無い。


 だが魔物についてはノーラとその取り巻き達がいるので、暫くは大丈夫だろう。


「あのラセルさん」

「はい?」


 やはり彼女の名前はラセルで合っているようだ。


「折角ですので、この機会に自己紹介させてください。私は旅の剣士でヒースと申します」

「旅の剣士……でも魔法も使えるのよね? あなた程のマナ量を持つ人なんか数えるくらいしか知らないわ。魔法は風魔法しか使えないの?」

「どうやら今はそのようです」

?」


 彼女は俺の言い回しが気になったようだ。

 何も考えずに現状を伝えただけだったのだが……


 良く考えてみれば魔法習得に関するルールは不明瞭だ。

 軍に所属していたブリジットさんですら、明確な答えを持っていなかった。

 そんな専門的な情報を、一介の剣士が知っているはずも無い。


「ふーん。でもさっきのあの風魔法、オリジナル呪文よね?」


(詠唱呪文まで聞いていたのか!?)


 確かにあの風魔法は、今まで調べた知識やメアラ謹製の専門書からヒントを得て、俺が独自に呪文を組んだものだ。

 詠唱は成功したものの、一般的に知られているような呪文では無い。



「まあいいわ。キミは色々と不思議な所が多いけれど、悪い人間じゃ無さそうだし。まずは魔物を退治しちゃいましょうか~。話はその後で、ゆっくりとね!」

「そうしていただけると、私も助かります」



 今は大量に押し寄せている魔物をどうにかしなければならない。

 俺達に敵対行動を取っていたノーラですら、今は貴重な戦力なのだ。






    ◆  ◇  ◇





 襲ってきた魔物の多くは、因縁深いゴブリン達だ。


 だが稀にではあるが、とても禍々しい雰囲気を持つ、犬のような見た目の魔物が混じっている。

 彼女が言う召喚された魔物というのが、この犬のようだ。

 元の世界の犬たちとは全然違い、可愛らしさの欠片も無かった。


 先に進む間、何体かの魔犬たちが襲って来た。

 動きが機敏でなかなか戦いづらい相手ではあるが、ホブゴブリン程の脅威は無い。



 だが、魔物を倒しながら先に進んで行くと──



「で──これって一体、どういう状況!?」

「これは──」


 ラセルの言う『状況』というのは、魔物に対してでは無い。

 倒れた兵士達に、なぜか若い獣人が覆い被さっている。


「えっと、ここは戦場よね」

「はい。実際今もこうしてっ! 魔物と戦っていますが」


 魔物が断続的に襲ってきているので、ここは戦場で間違いない。

 だが至る所で戦場とは思えない、奇妙な光景が広がっていた。


 そこで見かけた獣人達は全て女性だったが、決して戦っていたわけではない。

 彼女達は素早い動きで戦場を移動し、まだ息のある兵士に覆い被さっていった。


 そして何をしているのかと言うと──


「これってつまり、アレよね」

「ええ──」

「明らかにしちゃってる子もいるよね──」

「そうですね」


 多くの獣人達が、倒れた兵士の唇を奪っている。

 まるで何かを吸いだしているようにも見える。

 そして中には戦いの場であるにも関わらず、兵士の服を脱がせて行為に及んでいるものもいた。


「うっわっ! こんな野外で良く恥ずかし気も無く──」


 そう言いながらも、それらの行為を凝視する彼女。


 良く見てみるとその獣人達の首には、例外なく妖しい首輪が巻かれていた。


「これはもしかすると──」

「何か思い当たる節でも?」

「彼女達が首に付けているのはおそらく改造された『縛呪の首輪』です。実はこれを開発したと言う者に会った事があります」

「開発者ですって!?」


 時々襲ってくる魔物を相手にしながら、彼女にマラスとの一件を説明する。

 彼女も俺の話にかなり興味があるらしく、魔法で応戦しつつ耳を傾ける。


「ええ。彼は自分のマナ不足を解消する手段として、縛呪の首輪で他人のマナを利用する方法を開発した、と言っていました」

「うっわ。それって絶対魔神シンテザ教の仕業しわざよね?」


魔神シンテザ教って言い方をする人は初めてだな)


 だが、言われてみれば特定の神や教えを信奉する集団なのだ。

 その解釈は間違ってはいない。


「そうです。しかも縛呪の首輪の弱点を克服した、と言っていました」

「弱点?」

「術者の元から離れられないという制限を解除する事に成功したと」

「マジでぇ!?」

「ええ。マジです」


 つい釣られて似たような言葉を使ってしまう。

 元の世界だと痛い奴だと思われてしまうのだろうが──

 こちらの世界ではどうなのだろう。


「えーっと……召喚魔法ってのはとても便利ではあるけれど、とても多くのマナを必要とするの。だけどそのマナを現地調達で補えれば──心情的にどうかと思うけど、ある意味とても合理的よね──」

「つまり、獣人の娘達は召喚者の命令で、マナを集めさせられていると?」

「そう。移動制限があった時は、術者であるマスターしか彼女達にマナ供給出来なかったわけだけど、その制限が無いのだから誰からでもマナを貰えるでしょう?」

「確かにそうですね」

「その集めたマナで魔法を使う事も出来るし、マスターの元に戻ってマナ供給も出来る。このヴィシャスドッグも、そうやって召喚しているのでしょうね」


(魔犬の名前か。この人何でも知ってるな)


 実際、この召喚犬は兵士たちに襲いかかりはするものの、止めを刺すまでの事はしていないようだ。

 兵士が動けなくなると、別の動ける兵士に攻撃対象を変える。

 そして動けなくなった兵士に獣人達が取り付き、マナを奪う。


「でも、それに大人しく従う彼女達は……」

「あらゆる手段を使って、絶対服従させられているのでしょう」


 カルロの使用人達とは違い、この獣人達には移動制限は無い。

 逃げ出そうと思えばいくらでも可能だ。


 だが、術者がなんの理由もなく彼女達を自由に放つはずがない。

 つまりマスターを絶対裏切らないという状態になるまで、体と心に徹底して叩き込んでいるのだ。


「彼女達はある意味被害者です。出来れば傷つけたく無い」

「そうね──幸い獣人達の役目は戦闘じゃ無いみたいだし、戦う必要は無いんじゃないかしら。それよりも魔物を召喚している魔術師を探して排除しましょう」

「そうしていただけるとありがたいです」



 頭に可愛らしい耳が乗っている以外、彼女達はどう見ても人間だ。



 しかも今まで誰かに何かを強要され、虐げられてきたのだ。

 これ以上彼女達を傷つけるなんて事は、俺には出来なかった。





    ◇  ◆  ◇





 ヘイデンの親衛隊員も奮戦はしていたが、魔物の数が減る様子は無かった。


 さすがにゴブリン相手に後れを取る事は無かったが、獰猛な魔犬ヴィシャスドッグと名付けられた魔物の動きはとても素早い。

 並みの兵士では太刀打ち出来ないようだ。


 そんな中、まともに相手が出来ているのは俺と魔法使いのラセル、そしてノーラとその取り巻き連中くらいなものだ。


「こんな召喚獣を出してくるって事は、明らかに攻撃意志があるわね」

「ヘイデンの軍隊に対してですか?」

「ううん。魔物の召喚なんて魔神シンテザ教徒しか行わないわ。だからその目的って言ったら……一つしか無いわね」


 魔神シンテザの敵対者と言えば──


「魔法協会!?」

「そうよ~。彼らの存在意義なんて、魔法協会と一戦交える事だけだって言っても過言ではないわ」

「なるほど──それは非常にまずいですね」

「そう? 奴等が協会内部に侵入したって、無駄死にするだけだと思うけど」


 魔法協会に一種の防衛機構が備わっているという事実は、ロルフも言っていたように機密事項である。

 俺や仲間達は当事者としてその場にいたため、幹部であるロルフから直々に事情の説明を受けられたわけだが……

 外部の人間が簡単に調べられるようなものではない。


「いえ。実は諸事情で魔法協会の支部長が近くまで来ていまして」

「トレバーの支部長って、ロルフさんよね? なんでまた!?」


 支部長クラスとなればある意味有名人だ。知っていて当然だろう。


 だが、こんな状況に至った経緯いきさつまでは流石に知らないはずだ。

 取り敢えず要点をかいつまんで伝えた。


「──という感じで、ロルフさんに公式声明を発してもらいまして」

「なるほど。それで後に引けなくなったヘイデンが襲って来た、と」

「はい。でもさすがのヘイデンも協会に喧嘩を売るようなマネはしませんでした」

「しかし、その代わりに魔物が現れて……」

「はい。だから絶対にこの先、魔物を通す訳には行きません」

「まぁトレバーには私も思う所があるので、そう言う事なら私も手を貸すわ」

「ありがとうございます」



 ロルフの傍には警護役であるゲルトが控えている。

 彼の剣術には俺も手を焼かされた。

 そんな剣士が守っているのだ。

 この程度の魔物であれば、何の問題無く守り切れる。



 それに魔物がそこに辿り着く前に、心強い仲間達が立ちはだかる。

 腕のいい射手であるベァナとプリムもいるし、ニーヴとシアに至っては攻撃魔法を扱える。

 そうそう簡単に魔物を通す事は無いだろう。



 だが、こういった事態を甘く見るのは禁物だ。

 危険な芽は、早いうちに摘み取っておいた方が良い。




 俺達は一匹も通さない勢いで、襲い掛かる魔物達を屠って行った。





    ◇  ◇  ◆





「妙ね……」


 魔物退治は順調で、かなり先まで進むことが出来た。

 しかし彼女の判断によると、何か不自然らしい。


「魔物の数も減って来ましたし、獣人達も撤退しているようですが」

「だから変なのよ。ヴィシャスドッグってのは平均的なマナ量を持つ魔法使いなら、一人で二体くらいは召喚出来る魔物なの」

「二体もですか。厄介ですね」

「でも今まで見たのは十数体程度。つまり少なく見積もってもせいぜい十人分位のマナしか使われてないって事よね」

「でも魔術師が十人もいるとしたら、かなり脅威ではありませんか?」

「違うわ。十人分というのはあくまでマナ量よ。あなたの推測が正しければ、獣人娘達はマスターの為に兵士達からマナを集めて回っていたわけでしょう? ヘイデンの兵士って何人いたの?」

「総計千名だと聞いています。全員のマナを集めるのは無理だったとしても──数百人単位で集められる!?」

「そういう事。そのマナを全部使ったら、どんなに少なく見積もっても数百体の魔犬が居なければ数が合わないわよね」


 召喚魔法については今まで文献や話でしか聞いた事が無かった。

 だから今までイメージ出来なかったのだ。

 よく考えてみるとマナさえ供給出来れば極端な話、術者は一人でも問題無い。


「確かこの場所って、街道から少し外れた場所だったはずよね」

「そうです。トレバーから東に向かって延びる街道の北側になります」

「それでヘイデンはヒース君が来た方向とは逆に逃げたと?」

「ええ。きっと彼は態勢を整える為に自分の馬車か何かに乗り込んで……あっ」


 街道から北に入ったのだから、南側に東西を走る街道がある。

 その街道の東にはカークトンが、そして西にはトレバーが──


(ロルフには町へ戻るようお願いしている……)


「これはちょっとまずったわね──」

「敵はおそらく既にトレバーに向かっている、と」

「ええ。私たちが戦っていたゴブリンや魔犬は、あくまで囮だったのでしょう」


 アラーニでは数百体のゴブリンが襲って来たが、単なる本能的な行動だったおかげで大群を撃退する事が出来た。

 ゴブリンだけの集団では戦略的な戦いは難しい。

 だがこんな戦い方が出来るという事は、魔物を指揮する者が必ずいる。


「来た道を戻るより、この先から街道に出て追ったほうが速そうね」

「自分もそう思います。トレバーへ向かいましょう」

「そうね。でもその前に……ちょっと待っててもらえる?」


 彼女はそう言うと、少し離れた場所で戦うノーラのそばに移動した。

 普通に走っているだけなのだが、倍近くの移動速度に見える。


(一体あの魔法は何なのだ? メアラがくれた本にも載っていなかったし、攻撃性は無いので精霊魔法では無いのだろうが……)


 一時的とは言え、移動速度が上がれば戦闘を有利に進められる。

 あの魔法、どうにかして教えて貰えないだろうか。


 ノーラとの話は多少揉めたようにも見えたが、結局は無事まとまったようだ。


「何を話していたのです?」

「現況の共有と、ちょっとした言付けをね。出来れば頼みたくは無かったんだけど、他に適任者もいないしね。まぁ先を急ぎましょうか」



 仲が悪いはずの二人だが、今は魔物という共通の敵がいる。

 情報共有というのは、あらゆる局面で非常に重要な要素だ。

 ラセルと合流した俺はそう解釈し、共に先を急いだ。



「なんかほんと、もうゴブリンしか居ないわね」

「ええ。獣人の姿も見なくなりましたし、敵もまばらです」



 これくらいの数であれば、セレナ達が遅れを取る事は無いだろう。

 俺達はそれらの魔物とは敢えて交戦せず、街道への道を急ぐ。


 すると前方に、見憶えのある服装の人物が突っ伏しているのが見えた。

 明らかに兵士ではない。



「あれって……」

「あの服はヘイデンですね。数日前に一度会っているので間違いないです」



 急ぎという事もあって、倒れた彼を無造作にひっくり返す。

 息はかろうじてあるようだが、顔面が蒼白だ。

 農場主だったカルロと同じ症状である。



「これは──おそらくマナ欠乏の状態でしょう」

「マナを奪われた──つまり魔物の主はヘイデンでは無く、他にいるわけね」

「領主に対してこんな仕打ちをするなんて──飛んだ怖い者知らずがいたものです」

「あら? それってヘイデンに喧嘩を売った貴方が言うセリフかしら?」



 嫌味のようにも聞こえるが、本人は至って笑顔だ。

 俺の言葉を一種のジョークだと受け取ったのだろう。



 だが流石の俺でも、ヘイデンと正面切って敵対するような真似はしない。

 仲間達へ危険が及ぶ可能性が高いからだ。



 領主に喧嘩を売る人物など、よっぽどの権力者か──

 または先の事など一切考えない狂信者か。

 そのどちらかでしかない。



 そのような危険人物を野放しにするわけにはいかない。




 俺達は領主をその場に残し、トレバーへと急いだ。




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