糾弾

「ここから入るのが一番進みやすいでしょう」


 街道沿いから続く細道を指し示すハンナ。


 魔法協会の職員数名と俺の仲間たちは、町に残っていた数少ない馬と俺達の馬車に分乗してこの場所までやって来た。

 町から隠れ家アジトまでは、徒歩で行くには遠かったからだ。


 協会の職員は戦闘目的では無く、案内や護送のために随行してもらっている。


 街道の移動は楽だったのだが、ここから先は馬が進めるような道ではない。

 俺達は仕方なくそこで馬車を下り、荷物を担いで細道に入っていった。


 盗賊団のアジトへの道は何通りかある。

 それは彼らが強奪を働く際、様々なルートを駆使しているという事でもある。


 だが一度特定されたアジトであれば、発見するのはたやすい。


「盗賊団と言っても、今残っているのは全盛期の三分の一くらいです。盗賊団の前の頭目は摘発時に命を落としていますし、あまり統率は取れていないと思います」


 頭の良いリーダーが率いる集団であれば、町を狙ったりはしないだろう。

 旅の隊商を狙うのは、組織的な反撃を食らわない為の防衛策でもあるのだ。


「そろそろです」


 ハンナの声に一同、緊張が走る。

 声を潜めながらゆっくり進んで行くと、木々の先にバンガローのような建物がいくつか見えて来た。


(まぁ山の中で住居を造ろうとしたら、こうなるよな)


 日本にいた頃の俺であれば、山中にこんな建物を見かけただけでテンションが上がっていたものだ。


 しかし目の前にあるのは、鬼畜共の巣窟である。

 複雑な思いを胸に建物に近付いていく。


 すると建物の脇に見え隠れする人影が──


「みんなっ! 木の陰に隠れろ」


 しばらくした後、木に何本かの矢が突き刺さった。


「相手が何人いるかわからないな。障害物も多い。俺がおとりにになるので、ベァナとプリムは敵が顔を出してきたら返り討ちにしてくれ」

「それはいくらなんでも危険です!」

「ベァナ、このままだと建物に近付く事も出来ない。だから少しだけ隙を見せ、相手の油断を誘う。なに、俺には優秀な射手と不思議な盾があるから平気さ」


 プリムが「ふしぎなたて?」と首を傾げる。


「まぁ見ていてくれ。そしておそらくこの後乱戦になると思うので、セレナ。そうなったら俺の後に続いて欲しい。みんなはセレナの援護を頼む」

「承知」

「分かりました!」


 俺は剣を右手で構え、普段とは逆に左手を突き出し風魔法ゲイルの詠唱を始めた。





── ᚣᚨᛈᚱ ᛈᛚᛁᚷ ᚣᚨᛗᛟ ──





 詠唱しながら建物に近付いて行く。

 これを好機と見てとったか、盗賊達が顔を出した。

 狙い通りだ。

 詠唱が終わると同時に、俺の左手を中心にして強風が巻き起こる。


「今だっ、撃て!」


 一番初めにクロスボウのボルトを放ったのはプリムだった。

 彼女のボルトは、俺の風魔法に乗り、その速度を増す。


「あぎゃっ!?」


 第二段階の風魔法ゲイルの影響で、矢は本来の軌道を描けない。

 ──にも関わらず、プリムの初撃は盗賊の肩に突き刺さった。

 偶然とは思えない程の命中精度だ。


 ベァナは多分、敵に致命傷を与えたく無いのであろう。

 どちらかと言うと、相手の攻撃を阻害するタイミングで射撃している。


 しかし、それこそが俺の狙いだった。


 そもそも遠距離攻撃だけで敵を無力化出来るなんて、最初から考えていない。

 俺の魔法と後方支援によって、建物に取り付く時間を稼ぐのが目的なのだ。

 敵は思惑通り、建物への接近を許していく。


 それでも結構な数の敵が潜伏しているようだ。

 まれに俺を直撃しそうな矢も飛んできた。

 だが風魔法によって速度を削がれた矢は、右手の剣で容易に打ち落された。


(そろそろ魔法効果が切れるか──)


 俺が建物に向かって駆け出すと同時に、後方からセレナも飛び出してきた。

 敵も弓での迎撃が間に合わないと判断し、建物の陰から飛び出す。


(それにしても……ザウロー家は自分の手先にも金をケチるのだな)


 盗賊達が持つ武器はどれも統一性が無く、形も大きさもまちまちだった。

 大方、処罰も支援もしない代わりに、略奪行為に目をつむっているのだろう。


 セレナと合流し、背と背を合わせる。


「セレナ。俺の我儘わがままですまんが、なるべく下っ端の奴等の命だけは取らないでやって欲しい。もちろん余裕があれば、だが」

「私とて無駄な殺生せっしょうは好まぬ。それにこの程度の雑兵になど、遅れは取らぬよ」


 再び散開する俺とセレナ。


 もちろん、俺達が戦っている間も仲間による支援は続く。

 ニーヴはいつの間にか第二段階の水魔法スプラッシュを習得しており、何人かの盗賊が近付く度、魔法で足止めしてくれている。

 お陰で戦闘は常時有利に進められ、各個撃破する事が出来た。



 倍以上の人数差がありながらも、戦いはものの数分で終わりを告げる。



 それも当然であろう。

 彼らには力も戦闘技術も備わっていない。

 そしてどの盗賊も痩せこけていて、身なりもみすぼらしかった。



 無論むろんそんな恵まれた肉体や能力を持っていたのなら、盗賊団に身をやつす必要など無かったのかも知れないが。





    ◆  ◇  ◇





「メラニー……絶対に無事でいなさいよね……」


 ハンナが一人呟く。

 この周辺にいた盗賊達は全員下っ端連中だったようで、探し人の姿は無かった。


 プリムとペアで見回りをしていたニーヴから報告を受ける。


「ヒースさま。こちらはほぼ制圧完了です!」

「そうか。二人ともお疲れ様。ベァナのほうはどうだ?」

「一部逃げた盗賊がいるようですが、そちらは魔法協会の人たちが追ってくれています。この周辺にはもう居ないようです」

「そうか。ありがとう」


 ひとまずこれで一旦、この場の安全を確保出来た。

 俺は捕縛ほばくした盗賊の一人に近付く。


「なぁお前。トレバーから女性をさらって来なかったか?」

「んな事知らねぇよ」


 まぁそうだろう。

 自分から罪を認めるような盗賊なんていない。


「そうか、知らないのか。んじゃお前はらないわけだな」


 俺はそう言って腰から剣を抜き、冷たい目で盗賊を見る。


 当然の事ながらポーズだ。

 少なくともこんな下っ端の連中が首謀者であるわけがない。


「おっ、俺達はここに近付く奴らがいたら追い払えって言われてただけだ!」

「ほう。誰にだ」

「おかしらたちだ」

「そのお頭とやらはどこに居る」

「それは……その」


 これも当然だろう。

 盗賊団なのだから、かしらの権力は絶対だ。

 居場所を教えた事がバレたりしたら、間違いなく殺される。


「別にお前以外の連中に聞いてもいいんだ。だがここで情報を出さなかったお前は、山賊退治をした人物って事になるが──それでいいな?」

「話しますっ! ここの上、少し登った所にある建物ですっ!」


 所詮しょせん、山賊同士の結束なんてこんなものだろう。

 そもそも彼らは自分が生き抜くため、仕方なく集まっただけの集団なのだから。


「捜査協力ありがとう。良かったな、罪がこれ以上重くならなくて」


 協力したからと言って罪が軽減される事はない。

 一度起こした悪事は、四則演算のように簡単に足し引き出来るものではないのだ。


 俺は仲間達に振り向き、この後の行動を伝える。


「この先に盗賊団の首領ボス一味がいるようだ。これから討伐に行こうと思うのだが、逃げた盗賊が再び襲って来ないとも限らない。ベァナ、ニーヴ、プリムの三人は、ここで魔法協会の人たちと一緒に見張りをお願いしたい」


 三人はそれも大事な役目と認識したのか、黙ってうなずいた。


 実際、魔法協会の職員だけでは心許こころもとなかった。

 職員は全員、魔法を使えはするが、精霊魔法を使える人間はいない。

 元々事務処理だけなので、そんな必要は無いという事なのだろう。



(本当の理由は──彼女達に余計なものを見せたく無いからなのだが)



 少しだけ胸をなでおろす。

 この後俺が取るかもしれない行動を、彼女達には見せたく無かった。


 特に、心の優しいベァナには。



「ヒースさんっ! 私を連れて行ってはくれませんか!?」


 俺に呼びかける声へと振り向く。

 そこに居たのはハンナだった。


「親友のメラニーを、出来れば一番に見つけてあげたいのです!」


 彼女も協会職員だけあって魔法は使えるが、戦闘能力はほとんど無い。


「お気持ちは理解しますが、おそらくこの先激しい戦闘になると思われます。私もセレナも、貴方を守っている余裕は無いでしょう」

「戦闘の邪魔にならないよう付いて行きます。そして私の事はいないものと考えて頂いて結構です。メラニーがすぐそばにいるかも知れないのに、離れた場所で待っているだけなんて、私には出来ません! どうかお願いです!」


 横にいるセレナを見る。

 彼女はしばし黙っていたが、結局は小さく頷いた。


「わかりました。では約束してください。敵を完全に制圧するまで、安全な場所から絶対に動かないでください。それは例えメラニーさんが目前に居たとしても、です。その約束が出来ないのであれば、お連れする事は出来ません」

「わかりました──お約束します」


 とても危険な状況なのは、彼女にだって十分わかっているはずだ。

 そして彼女の決意は固い。

 約束をたがえるような事はしないだろう。


「それでは──念のためにこれを」


 俺は背中に背負っていたクロスボウをハンナに渡した。


「これは……」

「うちのベァナとプリムが使っている武器、クロスボウです。ベァナ、ハンナさんに使い方を教えてあげて欲しい」

「わかりました」


 ハンナに簡単な説明をするベァナ。


「使い方は難しく無いですし、先程の戦いを見ていただいた通り、かなり強力な武器です。おそらくそれを構えているだけでも、敵は簡単には襲って来ないでしょう。もちろん攻撃出来る時にはしていただきます」

「わ、わかりました。ありがとうございます!」



 こうして俺とセレナ、ハンナの三人は、首領ボスの居場所へ向かった。




 頭の切れる首領であれば、メラニーが無事である可能性は高い。

 若い女性には、それほど高い価値があるからだ。

 一時の快楽の為に、大切な商品を傷を付けたりはしない。



 しかしもしそれがケビンのような、考え無しの愚かな輩だったとしたら……



 だめだ。

 今はそんな事を考えても意味は無い。



 無事を祈る?

 誰に祈るというのだ?

 祈った所で、助けてくれる神などいやしない。



 もし居るのであれば──




 こんな残酷な状況を野放しにした責任を、必ず糾弾きゅうだんしてやる。



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