講評

 なぜこんな状況におちいってしまったのか……


 今日はアーネスト宅で、新農具と新商品のレビューを行うはずだったのだが……


「なるほどなるほどー。ヒースさんは武者修業中に怪我を負い、記憶に障害が出てしまった。そしてそれを介抱したのがベァナさんというわけですね。それはよく理解出来ました」


 俺とベァナの関係を事細かに聞いているのは、アーネストの三女、ベリンダだ。

 「武者修行中」の下り以外は、ほぼ事実である。

 しかし、あれを介抱って呼ぶのは大げさとは思うが。


「それで? お二人はお付き合いをされているので?」

「いやいやいや。ちょっとした事情があって、ベァナさんには旅のサポートをして頂いておりまして」

「ベァナ?」


 ベァナの片眉が少し吊り上がる。


 彼女にとっては初対面の相手達だ。

 だからこれくらいの呼び方が普通だと思ったのだが……


「それでは何も関係が無いと?」

「いえ。彼女は一番大切な友人です」


 『一番大切』の部分だけを、小声でリフレインするベァナ。


「なるほど……わかりました!」


 ベリンダが小さく頷いた。


「つまりヒースさんは現時点でフリー、というわけですね! 良かったですわね、お姉さまっ!」

「ええ!! ……って、ベリンダ! なぜわたくしに話を振るのですか!」

「あらお姉さま。ヒースさんに初めてお会いした時の事を、ここでお話し差し上げても宜しいのですか?」

「ベリンダ……なんておそろしい子っ!」


「ええいっ! 客人の前でいい加減にせんかっ! 二人ともっ!」


 アーネストが溜まりかねて怒鳴るが……

 娘達二人は声を揃えて言い返す。


「全部お父様のせいでしょっ!」


 威勢の良かったアーネストが一瞬にして縮こまる。

 なぜアーネストのせいであるのかは置いておくとしても……

 これでは話が先に進まない。


「皆さん申し訳ありませんが、今日は大事な講評会の日です。お呼びしている行商人の方がまだいらっしゃいませんが、改良が必要なものもあるでしょうし、そろそろ一つ一つ進めて行きませんか?」

「そうだな。折角こうしてヒースさんに来て頂いているのだ。貴重なお時間を無駄にしてはいけないな」


 アーネストにはカルロ農場の件をある程度話してあった。

 俺が何かと忙しい事を十分理解している。


 アーネストによる報告が始まった。


「農具はかさばるので今日ここには持って来ていないが、どれも想像以上の出来だったぞ!」

「そうですか! それは良かった」

「何しろこれから収穫と種撒きで忙しくなるからな。この時期に間に合ったのは本当に有難い。正直、作業効率が倍以上になった」

「人員を他に回せますね」

「そうなんだ。お陰で何人かに養蜂を担当してもらっている」


 養蜂では蜂蜜や蜜蝋みつろう等、とても貴重な素材を入手出来る。

 しかも改良型養蜂箱ビーハイブのお陰で、素材の安定供給が可能だ。


「あと効率良く耕せるプラウが手に入ったので、もう少し農地を広げようかと思っているのだ。しかしそのままでは使い物にならない土地しか残って無くてな。地力を上げないといけない」

「そうですか……でもそれでしたら御心配には及びません。この後来るはずの行商人が解決してくれると思います」

「そうか! それは頼もしいな!」


 農作業関連については一通り解説を受け、ほぼ問題無いようだ。


「次に紙なのだが……これはシンシアに任せてあるので、シンシアいいか?」

「はいお父様」


 シンシアは目の前に置いてあった和紙を手に取った。

 この農場で初めて作った試作品だ。


「紙と言えばこれまで羊皮紙でしたが、羊皮紙は原料が動物の皮という事もあって量産出来ません。でもヒースさんに教えて頂いたこの和紙なら、もちろん手間はかかりますが、ある程度の量を確保出来ます」

「うちの農場は夏と冬に長めの農閑期があるので、その期間を利用出来るしな」

「はい。そのまま卸すのも良いのですが……出来れば付加価値を付けたいですよね」


 長女のシンシアは雰囲気的にただのお嬢さんだと思っていたが……

 直販店の店構えを考えたのも彼女らしく、なかなかの商売上手らしい。

 さすがはアーネストの娘さんだけある。


 そして付加価値を付けて売るのは商売の基本だ。


 職人は金属や木材を加工して便利な道具に昇華しょうかする。

 行商人はその土地では入手が難しいという「希少性」を売りにする。


 誰でもすぐ手に入れられるものに、人は価値を見い出ださない。

 価値の無いものを売りつける行為を、人は「詐欺」と呼ぶ。

 価値あるものを作る為に人は技術を磨き、アイデアをひねるのだ。


わたくしはこれを使って、魔導書を作ってはどうかと思ったのですが」

「確かにあれはべらぼうに高いからな。しかしうちには書写スクリプションの魔法を使える従業員がおらん。」

「でしたら専門書などでしたら?」

「専門書は手書きで書き写すにしても、知識が無いと誤植だらけで使い物にならん。需要もそれほど無いだろう」

「でしたらお父様は何かアイデアがおありですの?」


 シンシアがほんの少し不機嫌な表情で聞き返す。


「そう言われるとパッと出て来ないのだが……庶民でも欲しがりそうな何かだな」


 庶民が欲しがりそうな何か。

 この世界の庶民に必要なもの。


「あの、ちょっとした遊び道具を作ってはどうですか?」

「遊び道具?」

「はい。ただ遊べるだけではなく、学べるものが良いかと。例えばこんな感じで」


 テーブルの上に用意されていた羊皮紙に、カードのイメージを描いた。


「紙に絵を書き、その絵を表す言葉も併記するのです」

「なるほど。どういうものかは分かったが、これでどうやって遊ぶんだ?」

「同じかしら文字で別単語のカードを2種類作って1組にし、それらのカードの組を作るゲームが簡単で良いかも知れません。試しに簡易版を作ってみましょうか」


 同じ種類のカードで組を作る遊びというのは、神経衰弱の事だ。


 カード遊戯ゆうぎの文化が無いこの世界に、いきなり大貧民やポーカーなどを広めるのは少々敷居が高すぎる。

 俺も記憶に残っている中で、一番初めに遊んだトランプゲームが神経衰弱だった。


 シンシアが持っていた和紙を貰い、16枚の即席カードを作る。

 絵はベァナのリクエストで、俺が描く事に。

 うさぎの絵とか、まんまミ〇フィーちゃんになってしまったが……


 ルールを教えて、シンシアとベリンダに暫く遊んでもらった。




    ◆  ◇  ◇




「ぐぬぬぬ……お姉ちゃんずるい!」

「枚数が少ないので簡単に場所を覚えられてしまいますが、これは面白いですね!」


 勝負はシンシアの圧勝だった。


「枚数を増やせば難易度は上がりますが、ルールは簡単なので誰でも遊べますね」

「もしもっと色々な遊びをしたければ、そのカードに記号や数字を入れていくと、更に遊びの幅が広がります。その時はまたご相談ください」


 東側諸国で使われる文字は29文字あるのだが、単語を構成する文字として実際に使われているのは26文字で、なんとアルファベットと同じ数になる。

 そしてこれを二つに分ければ13枚ずつ。

 トランプの1スートと全く同じふだ数だ。


 そしてそれらを2セット作れば、結果的にトランプの総枚数と同じ52枚になる。

 また同じ頭文字のカードが2枚あるので、かるたのような使い方も出来る。

 万能トランプの完成だ。


「これは面白そうなので、うちの従業員で絵の上手い奴に作ってもらう事にしよう! それじゃこのカードはもう要らないと思うので……」

「私が貰いますっ! 要らないのでしたら、いいですよねっ!」


 アーネストに確認するベァナ。


「あ、ああ。基本的な仕組みはもうわかったので、大丈夫かな……」

「ありがとうございます!」


 あっという間に回収し、いつの間にかポケットに仕舞っていた。

 紙は貴重品だから、きっと裏紙として使うのだろう。


「次は石鹸なのだが……ベリンダ。お前からヒースさんにお伝えしなさい」


 今までとは少しだけ空気が変わった。

 何かあったのか?

 ベリンダが気まずそうに話を始める。


「ヒースさんのご指導通りに作った石鹸ですが、それはもう本当に素晴らしいものでした! 料理でべたついた油汚れなんかもすごく綺麗になって……」


 洗剤のテレビCMかっ!


 石鹸作りは結構根気のいる作業だ。

 ちゃんと最後まで作ったのか……

 この子も結構見かけによらず要領が良く、真面目なのかも知れない。


「それでですね……これは絶対に売れるって確信したんです。それでどんどん作っているうちに油が足りなくなってしまいまして」

「えっと……もしかして?」

「菜種を全部絞ってしまったのです。これからく予定の分まで、全部!」


 ベリンダはそう言うと、ウィンクをしながら舌を出した。


 多分この世界で俺だけしか理解出来ないであろう。

 彼女の横に「てへぺろ☆」というテロップが見えた……気がした。


「ちょっとベリンダっどうするのよっ! それじゃ来年分が無いじゃないのっ!」

「そんな事言ったってしょうがないじゃない。絞っちゃったんだから」

「あぁもうっ! だからあなたには任せたく無かったのよ! 農場ここの仕事はもう全部私が受け継ぐから、あなたはさっさと何処かへ嫁に行きなさいっ!」

「ひどいっ、何よそれっ……あ、分かった! お姉ちゃんそうやって見合い話を独り占めするつもりねっ!! そうはさせないんだからっ!」


 シンシアとベリンダは互いに両手を掴んでにらみ合う。

 姉妹喧嘩げんかと言うよりも……




 もはやそれは、女子プロレスの様相を呈していた。





 なぜこんな状況におちいってしまったのか……





 しかしこの混沌カオスな状況の中。


 空気の読める、一人の男が部屋に入って来た。


「どうもお待たせ致しました! 行商人のベンと申します……えっと、これは一体どのような状況で?」

「いい所に来た! 皆さん、彼が行商人のベンです! 彼は地力回復に有効な骨材を大量にお持ちでして、しかも町中の菜種を買い集めている凄腕商人ですっ! こちらの農場の問題は全て彼が解決っ! というわけで後はベンさん宜しくっ!」

「ええっ!?」


 呆気にとられるベンに、ひとまず全て丸投げする。



「我々は残念ながら別の用事がございますので、これにて失礼っ!」



 俺はベァナの手を引いて、アーネストの屋敷を後にした。





    ◇  ◆  ◇





 宿への帰り道。


「本当にびっくりしたね、ベァナ。なんか連れて来てすまなかったな」

「いえ。私は今日来てよかったです!」


 彼女はニコニコしながら、紙を胸に抱えている。


「あれ? それさっき俺が描いたカードじゃないか」

「はい。得しちゃいました」

「そんなに和紙が欲しかったのか?」

「えーっと……なんか気に入っちゃったんです。見たことの無い絵だったので!」


 そう言って彼女は一枚のカードを出した。


「これなんか特に可愛いですよね! このネコの絵! なぜか耳が長いですけど」


 彼女がそう言って出したカードは……


 ミ〇フィーちゃんの絵だった。


「それ……うさぎなんですが」

「でもこれ、下に『ねこ』って書いてますよ?」


 まじですかっ!?


 それって、『ねこ』って意味の言葉だったのか!




 ……外国語ってほんと、ムツカシイデスネ。



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