Wild Frontier

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序章

終わりの始まり

 『既視感デジャブ』という言葉がある。


 心理学や脳神経学で使われるだけでなく映画や小説でも良く耳にするし、誰でも一度や二度そういった経験がある、割と馴染みのある言葉だろう。


 過去に見た記憶情報が組み合わさって起こるとされるごく一般的な現象なのだが、それは主に瞬間的なイメージ、例えば「この風景見たことある」とか「このシチュエーションには覚えがある」といったように、ある一部分だけの記憶として思い起されるものだ。


 実際俺もそういった既視感を感じることは普通にあるのだが、中には明らかに断片的でない記憶が呼び起こされることが今まで何度となく起きていた。



 覚えている限りで一番古い既視感は、幼稚園に通っていた頃のものだ。



 その日は遠足で、俺は近所の森林公園に向かって歩く園児達の列にいた。

 しばらくは町中を歩いて居たのだが、目的地の森林に入った瞬間、鮮明な既視感に襲われたのだ。


 それは歩兵の列が妖怪に襲われるという奇妙なものだった。

 更に付け加えると、その妖怪を今まで見たことが無いはずなのに、なぜか見た事があるものと認識していた。


 幼稚園児にとって妖怪とは恐ろしい存在である。

 実はその時、既視感を感じたという事実は覚えているのだが、あまりの恐怖のせいか自分自身がその後どういう行動を取ったのかは全く覚えていない。

 自分がどんな様子だったのかは後年になって地元の友人達から、過去の黒歴史として教えてもらった。


 それによるとその時俺は大きな叫び声を上げた後、「シロー、シロー」と言って泣きながら道の端にうずくまっていたらしい。

 シロというのは俺が3才の頃に貰ってきた雑種の犬の名前で、老犬になった今でも一緒に暮らしている大事な家族だ。



 大声で叫んでしまうような既視感は後にも先にもその時だけだったのだが、小学校の林間学校でおこなったオリエンテーリングでも似たような既視感に襲われた。

 当日は6人で班行動をしていたのだが、その時も自分を含めた戦士の姿と共に

『この6名であれば必ずや任務を達成出来るだろう』

というような、根拠の無い自信が沸き起こる既視感を感じていた。


 だが実際にはオリエンテーリング中、リーダーの方向音痴が発覚。

 メンバー同士で不毛な罵り合いを散々した挙句、サブリーダーの俺が地図を奪取。

 自らが先頭に立ち、速攻ですべてのチェックポイントを回ったのだが……

 健闘むなしく2着でフィニッシュという結果に終わってしまった。

 野外活動好きな俺にとっては本当に悔しい思い出だ。


 例を挙げるとキリが無いのだが、俺が感じる既視感の特徴としては、まず記憶が断片的ではなく、ある程度のエピソードが付随してくるという事である。

 他の人がどんな既視感を感じるのか気になったので色々な人に確認してみると、大抵は俺が話を盛っているという結論に至る。


 確かに話を盛って場を盛り上げるのは好きなのだが、自分のデジャブを盛って話をしても、変人扱いされるだけだろう。

 よってこれに関しては完全な冤罪えんざいである。


 あとは参考になる文献もかなり読みまくった。

 本に書いてある事をまとめると、俺が感じているのは既視感よりも妄想癖か幻覚のほうが近いようだ。

 ただ俺自身の考えからすると既視感とは別にちゃんと妄想はしているし、それぞれの区別もしっかり出来ている。

 だから多分、妄想癖が原因というわけではない。


 また幻覚についても違うと断言出来る。

 その理由は俺がその変わった既視感を感じる時というのは、必ず古い建造物を目にした時や自然の中にいる時だけなのだ。

 自宅や学校、都会や街中などでは一切起こったことが無い。

 幻覚であれば時や場所は選ばないはずである。


 最初は何かの病気なのでは? と不安を感じていたのだが、他の人たちよりも感受性が高いだけなんだ、と思うようにしてからは特に気にならなくなった。

 むしろ他の人には起こらないような何かを持っているって、これは何か特別存在なのでは!? などと高校2年頃まで本気で思っていた自分を、今では恥ずかしく思っている。


 結局今までの所、特別な何かというものなど一切発生しなかったからだ。



 それでも一つだけ。

 いや、一か所だけ俺にとって不思議で特別な存在があった。



 それは家から少し離れた川辺の堤防。

 初めて来た人にとってはちょっと眺めがいいくらいの

 何の変哲もない盛り土の上。



 南方に城を思わせるような建造物。

 南西には尖塔のようなビル。

 北には川岸を木々に埋め尽くされた広い川が滔々と流れ

 そして目の前に広がる田園風景。



 ここに立って辺りを見回すと、なぜか必ず色々な思いを感じるのだ。



 懐かしさ。

 悲しみ。

 喜び。

 怒り。

 そして焦り。




 特に絶景というわけではないこの景色は

 多分俺にとってのみ、特別な意味を持っているのだろう。




 それは俺がそう感じるから、という以外に

 説明出来る言葉は何も思い浮かばないのだった。


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