第64話

「ミラベルはね、外では絶対に泣き喚いたりしないの。あの子は人や環境に合わせて振る舞いや態度を変えているから。子供の様に泣き喚いて言う事を聞いてくれるのは両親だけって、あの子は良く分かってる。だから、オリフェオ殿下の前で泣き喚くなんてあり得ないの。ミラベルがそんな姿を晒すのは……家族の前でだけよ」


学院内でたまに見かけるミラベルを見て、思わず感心してしまいそうになる程立ち振る舞いが上手いと思った。決して褒められたものではないが……。


フィオナの事を言われて、涙を浮かべながら必死に姉を庇う妹の姿は、周囲からは健気で、同情を買う。その一方で、愛想を振り撒き、無邪気さと健気さで龍絡していく。


「へぇ……僕、ミラベルあのひとには、まるで興味無いから知らなかったよ。流石、僕の姉さんだ、よく見てるね。でもさ、オリフェオ殿下の姿をしているのに、よく僕だって気付いたね」


至極嬉しそうに笑う。


「貴方が今どんな状態なのかは、私には見当もつかないわ。でも何故だか姿は違くても、ヨハン、貴方だって思ったの」


確信と呼べるかは分からないが、妙な自信があった。不思議だ。


「やっぱり凄いなぁ、姉さんは。無自覚なのに、分かるんだね。僕とは……違う。僕だって、の血が流れている筈なのに……どうしてなんだろう」


オリフェオヨハンは無邪気な笑みから、虚な表情に変わり、フィオナを凝視する。


「知りたい?」


「……何、を」


「僕はね、今オリフェオ殿下の身体の中に精神だけを移して、乗っ取っているんだ」


フィオナは息を呑んだ。多分、魔法ではないかとは思っていたが、半信半疑だった。

ヨハンが本当にそんな事が出来るなんてにわかには信じられない。


「信じられない?でも、本当だよ。僕、魔法が使えるんだ!凄いでしょう?」



まるで褒めてと言わんばかりに自慢げに話し、幼な子の様に無邪気に、だが瞳の奥はまるで笑っていない。

フィオナは息を呑み、思わず後退る。ヨハンに、底知れぬ恐怖を感じた。


「でもね、これは偽物なんだ。僕は本物を使う事が出来ない。魔力が足りないから……」


フィオナには、弟が何を言っているのかまるで理解が出来なかった。


偽物?本物?魔力が、足りない……?ヨハンは何を言っているの……。


「でもね、大丈夫なんだ。もう直ぐ、手に入る予定だから……。ねぇ、姉さん」


ヨハンはフィオナが後退った分だけ、一歩また一歩と近付いて来た。コツンと、踵が壁に当たる。突き当たりだった。唇をキツく結ぶ。


ヨハンに、言わなくては……聞かなくてはならない事がある……。確かめなくてはならない。フィオナは意を決して、口を開いた。


「ヨハン、事件の犯人は、貴方、なんでしょう……」


声が、静まり返る廊下に響く。

少し声が震えてしまった。次の瞬間、徐にヨハンに腕を掴まれた。


「っ……」


フィオナに緊張が走る。


「あれ、それもバレちゃってた?姉さんは、僕の事は何でもお見通しなんだね。やっぱり、愛だよね。僕の事、愛してるからどんな事でも分かるんだね!嬉しいなぁ」


恍惚とした表情を浮かべる。そして腕を掴む手とは逆の手で、また仮面を撫でられた。今度は顔を近付けてくる。


「姉さん、愛してるよ」


「っ……」


顎を掴まれ顔を背ける事が出来ない。ゆっくりとヨハンの顔が迫ってくる……。

仮面の唇にヨハンのそれが重なる寸前、ピタリと弟の動きが止まった。掴まれていた腕や、身体が解放されて、自由になる。


「良い所だったのに、残念……時間、切れ……かな」


そう呟き、オリフェオの身体が床に倒れた。





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