第54話
まさか、彼からそんな事を言われるとは思わなかった。フィオナは困惑しながら、何と返すのが正解なのかを考える。ハッキリと拒否するのか、やんわりと断ればいいのか分からない。
それに彼は勘違いしている。もういい、何とも思ってない、とは確かに言ったが、別に赦した訳ではない。今更どうでもいい、関心が無いと言う意味だ。だが、ハンスは自分の都合のいい様に解釈をしてしまったみたいだ。
「申し訳ありません、ハンス様。私は、ハンス様と友人には戻れません。私への償いの意味で仰っているなら、もう本当に気にしてませんから結構です」
やはり、ハッキリ伝えないとまた勘違いをするかも知れない。フィオナはそう言うと、彼に頭を下げた。
「ゆ、友人からが無理なら、今直ぐにまた婚約しよう!今度こそ君を幸せにすると誓うよ!式は何時にしようか⁉︎なるべく早い方がいいね!」
いきなり、興奮気味の彼から肩を掴まれた。必死そのものだ。笑顔の奥に、焦りが伺えた。
やはり違和感というか、様子が変だ。何故今なのだろう……。彼の友人が亡くなったと言うのに、その日のその場所で、結婚を申し込んでくるなんて……言い方は悪いが、頭がおかしくなったとしか思えない。
「ハンス様……ごめんなさい。私、もう別の方と婚約しているんです」
瞬間、彼は愕然とした表情のまま固まった。
「婚約してるって、誰と……さっきオリフェオ殿下とはそう言う関係じゃ無いって言ってたよね⁉︎」
「殿下は関係ありません」
「なら、一体誰なんだ⁉︎あぁ、きっとアレだろう?また流行ってるの?あの
何と無しに言ったであろうその言葉は、フィオナの胸に刃物の様に鋭く突き刺さる。
「どうせ直ぐ婚約破棄されるんだから、そんな奴ほっときなよ。それよりねぇ、フィオナ……」
ハンスに身体を確り掴まれ動けない。顔が段々と近付いてくる……仮面をつけているとはいえ、余り気分の良いものではない。
「っ⁉︎」
不意に仮面の唇に彼のそれが触れるのが分かった。直接じゃないが、気持ちが悪い。フィオナは彼の腕から逃れようと身動ぐ。
「ヴィレーム、様っ……」
フィオナから微かな声が洩れる。その時だった。
「うわっ⁉︎……痛っ」
ハンスの頭に勢いよく本が当たった。彼はそのまま床に尻餅をつく。
「煩くて寝れん」
ガタンッと音を立てて、オリフェオは椅子から立ち上がるとハンスを見下ろす。睨みつけられた彼は、青い顔になる。
「もういい。帰るぞ」
「え……わ、私ですか?」
まさかそんな事を言われるとは思わず、キョトンとする。
「お前以外に誰がいると言うんだ、仮面女」
口が悪い……と言うか、寝ていらしたんですね……。でも、助けてくれた。
だが、良くもあんな状況で眠れるものだ。ある意味関心する。
フィオナはオリフェオに促され図書室を後にした。去り際に、ハンスを一瞥すると彼は放心状態のまま、まだ床に座り込んでいた。
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