その日の帰り道

 昼食を終え、ペットボトルを運んでは積んで、崩れてはまた積みを繰り返しているうちに、一日が終わる。


「人間くん、今日もお疲れさま!」

「シュレーディングさん……お疲れさまです」

 俺は頭を下げる。

「ちょっと相談なんだが、いいかな?」

 相談? 俺に?

 今までそんなことを言われたことがなかったので疑問に思う。

「何ですか」

「日曜日、一緒に出かけないかね?」

「え?」

 それは一体どういう……?

「人間くんの部屋、物が全然なかっただろう。だから、一緒に買い物でも、と思ったのだよ。無論、人間くんが嫌なら断ってもいい」

 それは俺に拒否権がある感じのやつなのか?

「蛇と人間が一緒に出かけるというのは……大丈夫なんですか、シュレーディングさん」

「もちろん許可は取ってある。大丈夫だよ」

 わざわざ許可を取ったのか。ということは、断るとその許可が無駄になるということか。

 じゃあやっぱり拒否権はないじゃないか。

「行きます」

「おお、嬉しいね。ありがとう。13時に君の部屋まで迎えに行くから、準備をしておいてくれ」

「午後なんですね」

「休みの日はゆっくり寝たいかと思ってね。午後にしたのだよ」

「わかりました」

「うむうむ。では、帰ろうか」

「はい」


 出口までの道のり、なんてことのないいつもの、シュレーディングが社の近況などを話して俺が相槌を打つ流れが繰り返される。

 エレベーターに乗って社の出口まで来たところで、

「今日は寮まで送らせてもらうよ」

「え」

「一昨日あんなことがあって、社の警戒が厳しくなってね。また危ない目に遭わせたりしたらいけない。君の退社も寮まで送れということになったのだよ」

「そうなんですね……」

 会社側としては、俺が反蛇的な行動をしないか警戒を強めたいが、露骨にその路線を見せるのも都合が悪いのでシュレーディングと一緒にいる時間を長くする、ということか。

 勝手な推測だが。

「社はよく働く真面目な人間である君を絶対に守りたいと思っているからね! それはもちろん私も同じだ。君の帰り道は私がしっかりばっちり守るので、安心したまえ!」

 胸を張るシュレーディング。

「ありがとうございます」

 一応、礼を言っておく。

「なんのなんの」

 するすると歩きながらシュレーディングは返す。

 俺はその輪郭をなんとなく目でなぞっていた。


 帰り道。

「しかしすまなかったね、あんな目に遭わせてしまって」

「なんでシュレーディングさんが謝るんですか」

「勤務中の労働者の安全は企業が確保するもの。君が危ない目に遭ったことは、警備体制が緩かった社の責任だ。そしてそれは、あの場所が危険だということを考慮しないまま廃倉庫に行くよう指示を出した私の責任でもある」

「そんな……」

「すまなかったね」

「いえ……結果的に助かったなら問題ないですから」

「それでも、つらかっただろう」

「いやそんな、人が死ぬ場面はスラム街ではそこそこありましたし、あのくらいでは……」

「なんと……同胞の死が身近にあるとは、スラム街はそれほど危険な場所だったのだね」

「そうですかね? でも、蛇さんたちも不慮の事故で死んだりするでしょう」

「蛇社会は進んでいるからね! そのようなことは一切ないのだよ」

「えっ」

「そもそも蛇は強いので、少し事故にあったくらいでは滅多に死なないのだよ」

「そ、そうなんですか……」

「人間は弱いからね、心配だよ」

「なんだかんだで生きてますけどね、人間も」

「そうかい? しかしやはり、統制は必要だろう」

「そうかもですねえ……」

「君はそうは思わないのかい?」

「俺は別に、人間社会とはもう関係ないですし、人間がどうなろうが知ったことではないといいますか……」

「ほほう」

 シュレーディングが目を細める。

 しまった、失言だったか。

「蛇社会の一員であるとはいえ、君も人間。蛇権派である私としては人間としての君の意見が聞きたいし、人間社会への興味も持ったままでいてほしいと思うのだよ」

「はい……すみません」

 俺は目を伏せる。

「と言っても、君は情報統制下にいるからね。そんな中で人間社会に興味を持てという方が難しいのかもしれないが……」

「……」

「かと言って、上の方針に反して無闇に情報を流すわけにもいかないからねえ……うむ……このことは私もよく考えておくよ」

「はい……」

 そこで俺たちは寮に着いた。

「微妙な空気にしてしまったね。私もお説教をするつもりではなかったのだが」

「いえ、人間としての分をわきまえていなかった俺が悪いですから」

「むむ……! そんなことを言わないでくれ……!」

「……」

「ふむ……本当はこんなことを言うべきではないのはわかっているが……私は随分君を買っているのだよ。ゆくゆくは人間を超えた存在になってもらい、蛇社会の一員になってもらうのも悪くはないと思っている」

「え……」

「その辺りの話もいずれはすることになるだろう。では、また日曜に」

 シュレーディングはずずいと俺を扉に近付け、虹彩認証でドアを開けると中に押し込み、では! と言って去って行った。

「では、って言われても……」

 残された俺はしばらく立ち尽くすことしかできなかった。

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