突然の休日

 休日。

 俺が人間に狙われてから、すぐ出社するのは酷だという上司の言葉により、一日の休みが与えられた。

 休みと言っても特に外出の自由があるわけでもなく、部屋でごろごろするだけだ。

「暇だな……」

 朝食も済ませ、二度寝も済ませ、そろそろ昼食の時間に差し掛かろうとしていた。

 平日の昼食は寮では出ないので、寮の一階にある自販機か何かで調達しなければ、と思っていたとき。

 こんこん、とドアがノックされる音。

「どうぞ」

 食堂のロボットか何かだろうか。

 しかし、何の用だろう。

 ドアを開けると、

「やあ! 人間くん!」

 上司、シュレーディングがにこにこ笑顔で立っていた。

「来ちゃった」

「来ちゃったって……」

「昼食に困っているかなあと思ってね! ランチデリバリーシュレーディングだ!」

「らんちでりばりーしゅれーでぃんぐ……」

 復唱する俺。

「そうだとも! 君は確かうどんが好きだろう! 食堂のロボットくんに頼んで作ってもらったのだ!」

「な、なんで知ってるんですか……」

「ん? ロボットくんに聞いた」

「いやそれならシュレーディングさんがわざわざ来なくても、俺を食堂に呼んで食べさせれば良いのでは……」

「ああ、確かにそうだね」

「……」

「持ってきた方がそれっぽいかと思ったんだ」

「それっぽい……?」

「上司っぽいかとね」

「上司っぽい……」

「いい上司だろう、私は」

「あ、ああ……はい」

「そうだろうそうだろう!」

 シュレーディングは尻尾をぴんと張る。

「さあ、うどんだ。食べたまえ食べたまえ」

「シュレーディングさんは昼食どうしたんですか?」

「蛇は変温動物につき食事の間隔が長いのだよ! というのは昔の「蛇」の話だが、ともあれ私は後で社で食べるのでね!」

「しかし、俺だけ食べるというのはちょっと……」

 分けた方がいいのか? とうどんをちらちら見る俺。

「残念ながら、蛇は人間と同じ物を食べられないからね! お気持ちだけいただいておく!」

 ああ、下等生物の食べ物は食べられないとかそういう……

「蛇は肉食なのだよ」

「肉食」

「うどんは小麦から作られていると聞いた。蛇は小麦が食べられない。はずなのだが、我々は小麦が食べられるようにできているのだ。この「蛇」と我々蛇の違いは蛇学会でも議論の的になっているところだがまあそれは置いておくとして、蛇には旧来の蛇のスタイルを守って肉食を貫く派と美味しければなんでも食べていい派がある。うどんについても同様だ。蛇用のうどん屋とかあるとも聞くし、栄養効率も良いと聞くし、この前なんか部下からうどん屋に誘われもしたが私は行かないのだよ。蛇はうどんが食べられないからね!」

「えーとつまり、シュレーディングさんは肉食派だからうどんが食べられないと」

「いや、私は美味しければなんでも食べていい派だ」

「それって単にシュレーディングさんがうどん嫌いなだけなんじゃ……」

「君! それは違うぞ! 違うのだよ! 君だって未知のものを食べるのは怖いだろう! それと同じなのだよ!」

「はあ」

 つまりシュレーディングは言い訳しながらうどんを食わず嫌いしている、と。

「でも君、なんだい、今日は言うねえ! 私、なんだか今日は君に心許されているような気がして嬉しいぞ!」

 シュレーディングは尻尾をぶんぶんと振る。これは喜んでいる……のか?

「心を許していないつもりはありませんでしたが」

 これは嘘だ。

「そうかな? でも、もしそうなら嬉しいね!」

 シュレーディングはにこ! と笑う。

「さ、食べたまえ食べたまえ」

 ずずい、と箸を俺に押しつけるシュレーディング。

「えーと……ここで?」

「室内でいいぞ! 私はここで待っているから」

「帰っていただいても大丈夫ですよ」

「うどんの器を持って帰らねばならないだろう!」

「自分で食堂に返せますので……」

「私が頼んだ以上、最後も私が返すのは当然じゃないか」

「いやあ……シュレーディングさん、いつも臨機応変なのがビジネスのこつとか言ってるじゃないですか」

「……」

「シュレーディングさん?」

「私がそうしたいからそうするんだ。まあ今回は私に任せたまえ」

「え、えーと……じゃあとりあえず、ここじゃ何ですから上がってください」

「いいのかい?」

「俺に拒否権はないと思いますが……」

「じゃあ遠慮なく。お邪魔するよ!」

「どうぞ」

 シュレーディングが俺の部屋に入る。

「綺麗な部屋だねえ!」

「物がないですからね」

「社にもっと備品を供給するよう頼んでおこうか。何か欲しいものはあるかい?」

「いえ、特には」

「謙虚だねえ! たまには欲を出さないとしおれてしまうよ!」

「花じゃないんですから」

「……人間はか弱いからね」

 ぽつりと落とされたその言葉に、俺は思わずシュレーディングの顔を見る。

 笑顔だけは読めるようになってきたが、相変わらず俺には蛇の表情が読めない。

 だから、その時のシュレーディングの顔も全くいつもと同じに見えた。

「そうですか」

「さ、欲しいものを言いたまえ」

「いや……ほんとにないです……」

「ないのか。それなら仕方ない。それじゃまた欲しいものができたらいつでも私に言いたまえ。社に掛け合うからね」

「ありがとうございます」

「さ、食べたまえ食べたまえ」

「い、いただきます……」


 それからシュレーディングは俺がうどんを食べるのをにこにこしながら眺め、食べ終わった器と箸を回収し、

「じゃ、また明日、会社で会おう!」

 と言って去っていった。


 何だったんだ、あの人(蛇)は。

 そんな感じで突然の休日は終わった。

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