朝、上機嫌の上司

「おはよう、人間くん!」

 会社のエントランスで上司がぴんと尻尾を立てて出迎える。

「おはようございます、シュレーディングさん」

 俺は頭を下げた。

「今日も元気そうで何よりだ」

「はは……」

「毎日元気でいてくれると人間くんを雇っている意味もあるというもの」

「ええと……?」

 意図が読めない。人間が蛇の意図を読めないのは当然ではあるのだが。

「我が社が人間くんを雇っているのは人間の社会適応実験的な側面もあるのでね」

「ああ……」

「あんなスラム街をいつまでも放置しているのは危ないだろう? だから、蛇による人間管理を徹底し、健康で文化的な最低限の生活をさせるのがいいのではないかという意見が出ているんだ」

「えーとそれは社長から……」

「もっと上だよ。リベラル派の議員からだ」

「それはまた、随分上の方ですね」

「人権は守らなければいけないからね。まあ、今は反対する蛇の方が多いが……いずれ社会の方が追いついてくるだろう。それまでに、よく準備をしておかねば。そう思わないかい?」

「ええ、まあ」

「そうだろうそうだろう」

 上司は嬉しそうに尻尾をぴこぴこ動かす。

「社会に生きる多様な種に配慮してこそのSDGsだからね」

「はは……」

 口角を上げる。が、俺がこの仕草で伝えようとしている「愛想」は上司に伝わっているのだろうか?

 蛇は人間の表情を読めるのだろうか。

 下等種がどんな表情をしているかなんてことに興味のある上位種なんているのか?

 上司が俺の表情を読めないのなら、俺がいつもしていることとはいったい。

 もういっそ素の無表情で通した方が俺も楽でいいんじゃないか?

「楽しみにしていたまえ」

「な、何を……?」

「これはまだ内密にしてほしいのだが、なんと近いうちに新しい人間が社に入るかもしれないのだよ」

「……! それはまた、なぜ」

「いい加減社の人間寮のスペースを持て余しているのはよくない、という話になってね……君の働きも良いし、ここはひとつ新しい人間を入れてみようという動きが出だしたのだよ。早速■■日に面接があるので、そのときは君にも知恵を借りる予定だ」

「は……」

「楽しみにしていたまえ、ふふふ……」

 にこにこ笑いながら尻尾をふよふよさせる上司。

 突然のニュースすぎて理解が追いつかないが、新しい人間が来る?

 俺は人間の中でもできない方だし、新しい人間なんかが来てしまったら俺はお払い箱になるんじゃないか?

 どう考えても俺よりは他の人間の方が優秀だし。

 ……しかしそれが社の方針ならば、ただの人間である俺は何も言えない。

 一人の方が気楽だったんだがな。

 なんてことは上機嫌の上司には言えなかった。

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