第210話 三ヶ月が過ぎて

 ゴリョウカク侵攻軍団が北の大地を制圧してから三ヶ月が経過している。雪深い大陸の隅々まで探索が行われたけれど、天主は一人も見つかっていない。


 共和国軍守護兵団は大陸の探査が完了した時点で勝利宣言を行っていた。既に民衆は勝利を疑っていなかったけれど、全世界に発信された放送は歓喜と安堵の渦を巻き起こしている。


 それまで前線に配備されていた守護兵団は天主の侵攻以前の状態に戻っていた。キョウト市も例外ではなく、多くの騎士たちが常駐している。


「玲奈ちん、本当に辞めちゃうの?」

 莉子が小声で聞いた。彼女が話すように玲奈は今月末で退役する旨を部隊長であるヒカリに申し出ている。天軍という脅威が去った今、新しい人生を満喫するのだと。


「まあ義勇兵登録はしておく。だが、兵団はもう私の剣を必要としないだろう」

「いやあ、せっかく中尉になったのに、勿体ない……」

「私は大学へ進学したいのだ。キャンパスライフという甘々な生活がしてみたい!」

 玲奈は受験をし、キョウト大学で学ぼうとしていた。かといって進学するには受験勉強が必要であり、兵団に在籍したままでは不安があるという。


「大学で恋愛とか幻想だよ? あたしはなぁぁんもなかったけど?」

「ちんちくりんの貴様と同じ括りに入れるな。私は恐らくモテモテになる!」

「ひっどぉ! てか、玲奈ちん有名人すぎて誰も声をかけられないんじゃない? それにカズやん君のことだって……」


 問題はその一点であった。晴れて学生になったとして、男子学生に敬遠されてしまう可能性があること。しかしながら、妙な自信が玲奈にはあったのだ。アニメに見るような展開が待ち受けているのではないかと。


「一八のことなんぞ知らん! 私は私の道を行く。もしもあの大男が追いかけてくるなら考えてやらんこともないがな!」

「そんなこと言って、カズやん君が他の女に鼻の下を伸ばしてたら、苛々するっしょ?」

「するか! 馬鹿者!!」

 怒鳴りつけた玲奈は莉子の頭をグリグリと痛めつける。からかわれた仕返しとばかりに、それはもう全力で。


「痛い! 痛いって!」

 莉子が降参と玲奈の腕をタップしたその瞬間、

「玲奈さん!」

 聞き慣れた声がした。

 それはこの数ヶ月に亘って毎日聞く声だ。従って玲奈は声の主についてよく分かっていた。


「雷神、私はまだ中尉なのだぞ? 岸野中尉と呼べと言っただろうが?」

「すみません、岸野中尉。退役が待ち遠しいです」

 玲奈に声をかけたのは来田である。また彼の隣には使いっ走りであった土居の姿も。


「玲奈さん、堅いこと言わずに。来田さんのメンタル力は知っているでしょ?」

「土居、貴様もいい加減にしろ。私は美少年を追い求めているのだ。それに生憎とゴリラは間に合っている……」

 莉子は笑っている。このところ毎日、玲奈に言い寄る来田。加えて連日のように拒否される姿を見ていたから、本当にメンタルが強いと感じていた。


「来田君も懲りないねぇ。玲奈ちんに言い寄るのは十年早いよ」

「金剛中尉、私は一途なんすよ。女であれば誰でも構わない土居とは違います」

「来田さん酷いっす! でも、金剛中尉、俺は胸がなくても平気っすよ?」

 口を挟んだばかりに莉子はからかわれる羽目に。


 眉を顰める莉子。一等兵であり、年下に茶化されるのは流石に気分を害している。


「玲奈ちん、部下を切り捨てても犯罪じゃないよね?」

「ああ、土居くらいいなくなっても、誰も気付かん……」

「ひでぇっす! 二人ともガチでひでぇぇっすよ!?」


 笑い声が満ちる。笑い合えるのも全ては平穏を取り戻したからだ。今の兵団は魔物被害に対処するだけの組織であるのだから。


「そいや、カズやん君は一緒じゃないの?」

「ああ、奥田さんなら、訓練場にいるんじゃないっすか?」

 莉子の問いには来田が返している。つるんでいない二人だが、居場所は特定しているらしい。


「ああ、また挑んでるの? 何度斬り裂かれてんだろ。やっぱカズやん君はドMだね?」

「そう言ってやるな。一八にも目的がある。私が大学に入るのと同じで……」

 問いを投げたものの、莉子は理由を推し量っていた。更には玲奈も一八の居場所について分かっているらしい。


 二人は笑みを浮かべながら、一八の現状を予想している……。

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