第168話 道中

 聞いていたように夜には親書が届いていた。昼間に食料や魔力回復薬、着替えなどをハンディデバイスへと収納し、一八と玲奈は準備万端である。


 川瀬から段取りを聞かされる二人。やはり緊張しているようである。

「親書は絶対になくすな。一応、藤城首相には話を通してある。返答は内容に目を通してからすると言われているのでな。親書を紛失すると何の意味もなくなってしまう」

 それはそうだろう。新人騎士二人が同盟を願ったとして、まともに話を聞いてもらえるはずがない。


「ルートはハンディデバイスに転送済みだ。陸路はかなり荒れ果てているはず。連合国との関係は少しばかりの貿易だけだからな。海路以外は長く使用されていない」

 チキュウ世界にあった三大国は全てが山脈越えをしなければならない。従って密な交流などなく、連合国とは船を使って貿易をする程度の関係であった。


「少将、海路という手もあったのですか?」

「海路なら一ヶ月もかかってしまう。ならば陸路しかあるまい? 都合良く船があるとも限らんのだ……」

 海路は遠回りを強いられる。貿易船ならば途中の街にも寄港するらしく、まるで問題とはならなかったが、急がなければならない二人には陸路を選択するしかないようだ。


「君たちが戻る二週間後までに侵攻の手続きは済ませておくつもりだ。よろしく頼む」

「いや、ちょっと待ってください! 私たちは内容を知らされないのですか!?」

 間違いなく使者であったはず。ただの運搬係だとは考えていなかった。内容を知らなければ、藤城首相に懇願することもできないのだ。


「知る必要はない。使者は誰にでも務まるのだ。しかし、峠越えとなる危険なルートであるから、騎士が向かうべきだろう?」

 最初に指名したのは言い出しっぺであったからだろう。仮に伸吾が同じことを口にしていたとすれば、彼が選ばれていたに違いない。川瀬は誰にでも務まると話しているのだから。


「直ぐに出発しろ。まだオーク共が近くにいるはずだ。気を付けてな……」

 言って川瀬は玲奈の肩をポンと叩く。何とも軽い出立の合図だが、それは二人を信頼してのことだろう。逃げ出したオークが潜んでいるのは間違いなくとも、二人は昨日の戦場を生き残った騎士なのだからと。


 頷き合う玲奈と一八。昨日の任務と比べれば、恐怖など少しも感じない。交渉役でもなければ、ただの飛脚といえるような立場だ。プレッシャーすらないのだから、躊躇う必要もなかった。


 慌ただしく再建工事が始まったマイバラ基地を出て、一八たちはエアパレットを取り出す。いつものように左足を魔力固定し、颯爽と飛び出していく。


 目指すは東の果てカントウ連合国。元々は広大な平野に幾つもの小国が乱立していたのだが、百年前にそれらは統一が成されている。


「一八、親書は貴様が持っておけ……」

 川瀬から親書を預かったのは玲奈であった。しかし、彼女はそれを一八へと手渡す。


「どうしてだ?」

「いや、任務の都合上だ。もしも道中で私が失われようものなら、親書が取り出せなくなる。一旦共和国へ戻るのは面倒だろう?」

 ハンディデバイスの収納ボックスは登録者の魔力認証が起動に必須である。登録を解除するには天恵技研究所にて所定の手順を経る必要があった。


「んなもんは俺が持ってても一緒だろうがよ?」

「馬鹿か? 生き残る確率が高い方を選ぶべきだ。貴様なら災厄級が現れようとも何とかなるだろう?」

 どうやら万が一を想定してのこと。オークエンペラーを二体も討伐し、飛竜に致命傷を与えた騎士。何が現れようとも一八ならば親書を失うことにはならないと玲奈は考えている。


「じゃあ預かるが、お前が死ぬことはねぇと思うぞ?」

「気休めはやめろ。私は純粋に貴様の強さを分かっている。前世と変わらぬ強者なのは明らかだ……」

「それこそやめてくれ。俺はもうオークキングじゃねぇんだ……」

 一八は首を振る。もう災厄と呼ばれた魔物ではないのだと。同じような強者を目指してはいるけれど、それは人として成すつもりだ。


「まあ、貴様に持っていて欲しい理由は他にもある……」

 玲奈が続けた。強者である以外にも理由があるのだという。


「お弁当を詰め込みすぎてな。容量が足りん……」

「嘘だろ!? 中型の魔物でも100体は入んだぞ!?」

 食い過ぎだと一八。確かにキョウトより届いた大量の弁当は気が付けばなくなっていた。どうやらその大半は玲奈が道中の食糧として確保したようである。


 しかしながら、それは冗談であることを一八は理解していた。幾ら弁当を詰め込んだとして容量オーバーなど考えられないのだ。


「まあいい。親書は預かっておく。しかし、お前は死なせねぇよ。パートナーより生き延びるつもりはねぇんだ……」

 一八は語った。それは明確になった気持ちだ。飛竜に対して莉子が犠牲を選んだこと。あのときほど情けないと思ったことはない。


「なら頼む。フォローは任せておけ。莉子よりは役に立つはずだぞ?」

「そういうな。言動はともかく、莉子は良い剣士だと思う。正確だし威力だってそこそこある。まあスキルは使えたもんじゃねぇがな……」

 一八は莉子をフォローしていた。実際にパートナーとして戦い続けた彼は不満など持っていない。


「そうだな……。浅村少佐が選抜するくらいだ。抜けた才能があるのは間違いない」

 もちろん玲奈も莉子を評価している。実際に三席であった莉子を評価しないなどあり得ない。彼女より上位者は女神の加護を持つ者しかいないのだから。

 雑談を続けながら走ること一時間。夕飯を食べずに出発したものだから、流石にお腹が減ってきた。


「そろそろ飯にするか……」

「それを待っていたのだ! 貴様は腹が減ってないのかと思ったぞ!」

 玲奈は待ち侘びていたらしい。早速と座れそうな岩を見つけてエアパレットを停止させた。


「しかし、オークには出会わなかったな?」

 一八もエアパレットを止めて、玲奈の隣に座る。

 昨日逃げ出したオークたち。周囲に潜んでいると思われたが、ここまで一体も確認されていない。


「まあ、いいじゃないか! いただきまーす!」

「はえーな……」

 早速と弁当を取り出して頬張る玲奈に一八は薄い目を向けている。世間一般の女子であれば、闇夜の晩餐で笑顔になれるはずもないのだ。暗視ゴーグルがあるとはいえ、嬉々として弁当を頬張る彼女は異常だと思う。


「あっ! 唐揚げが!」

 不意に玲奈が唐揚げを落とす。暗視ゴーグルのせいか、箸で掴み損ねたらしい。


「私の唐揚げが! 大好物なのに!」

「うるせぇな。地面に落ちただけだろ? 拾って食えよ……」

 面倒だったが、一八は唐揚げを拾い上げる。それを玲奈に差し出すけれど、


「やめろ! 砂がついてるだろ! それに素手で掴んだものを食えるか!」

 大袈裟に顔を振って拒否する玲奈。如何に大好物であろうとも、地面に落ちた挙げ句、一八が素手で掴んだものを食べる気にはなれないようだ。


「いらんのか?」

「いるか!」

 確認するも玲奈は断固として拒否の姿勢だ。

 せっかく拾ってやったのにと一八。何を思ったのか、唐揚げに息を吹きかけたあと、彼はそれを頬張ってしまう。


「うん、ウマイ!」

「おいそれ、完全に砂まみれになっていたぞ!? 如何に三秒ルールがあるといえども、流石に……」

 玲奈は驚いている。道場の床であればまだしも、ここは木々が生い茂る森の中。地面は板張りでもなければ、石畳ですらなかった。


「あん? 別に普通だろ? それに特別ルールなら、オークにもあったぞ……」

 言って一八は語り出す。かつての生活に根付いたルールとやらを。


「三年ルールだ……」

「長すぎだろ!?」

 流石に看過できないルールであった。三秒でもどうかと思うのに、三年だなんてあり得ない。


「想像を超えて凄いな。オークの悪食は……」

「オークは常に腹が減ってんだよ。食えるものは何でも食えという戒めだ……」

 なるほどと玲奈。実際には三年も食料が放置され、落ちているはずもない。ことわざのようなものがオークの生活にもあったのだと思う。


 二人は雑談をしながら、弁当を食べている。三個も平らげた玲奈には言葉もないが、正直に楽しみは食事しかないのだからと一八は注意するのをやめた。


 そんなとき、

「一八!?」

「ああ、取り囲まれたな……」

 周囲に殺気が満ちていた。恐らくはオークであろう。弁当の匂いに集まったのか、或いは女性である玲奈を狙っているのかもしれない。


「食後の運動に最適だ!」

「お前は食い過ぎだがな……」

 やれやれと一八も腰を上げる。魔物に取り囲まれているというのに、少しも緊張しない。かつてはガーゴイルに臆した一八も、今や立派な騎士である。昨晩の戦闘と比較すれば、怯むことなど何もない。


 背中合わせに刀を構える。取り囲まれている現状は互いが背中を預けるしかなかった。

「一八、一体も残すなよ?」

「わぁってる。お前こそ背後は頼むぞ……」

 ガサガサと草木を踏むような音が近付いていた。どうやらオークは気付かれたことを理解したのだろう。もう忍び寄る感じでもない。


 一瞬のあと、咆吼が聞こえてオークの群れが二人を襲う。

「丸見えなんだよ!」

 一八が斬りかかる。暗視ゴーグルは視界が狭くなってしまうけれど、昨日の乱戦を経験したあとだ。群れたオークといえども問題はない。


「遅い! これでは運動にもならんではないか!」

 玲奈もまた叩き斬っている。次々と現れるオークは一刀両断にされていく。

 戦いはほんの五分で決着となった。最後のオークが一八に斬られると、周囲に魔物の気配はなくなっている。


 二人してピッと刀の血を振り払い、静かに納刀する。食事も済ませたし、あとは出来る限りに進むだけだ。


 再び夜道を進んでいく。自分たちの任務完遂が次なる作戦のスタートとなるのだ。

 共和国の行く末を左右する重大な任務。けれど、一分一秒でも早く戻るのだと、二人共が考えていた……。

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