第166話 一夜明けて

 一夜明けたマイバラ基地。早朝から土魔法を操る魔道士たちが招集され、復興に向けた街壁の補修工事が始まっていた。


 一晩かけて生存者を探した結果、女性だけが発見されている。生き残りに男性の姿はない。恐らく何万というオークが平らげたのだと考えられている。


 奇襲作戦に参加した騎士の面々は仮眠程度の休息を取ったあと、本部跡の部屋に集まっていた。


「さて、これからについて話し合おう……」

 正面に立つのは川瀬だ。彼はナガハマ前線基地の指揮官であったけれど、マイバラ基地の指揮官も兼務するらしい。


「まず昨夜、臨時の議会が開かれ、マイバラ基地には義勇兵を含む三万の一般兵が配備されることになった」

 最初に告げられたのはマイバラ基地に配備される戦力について。議会は今回の奇襲作戦に期待していなかったけれど、その戦果については多いに満足しているという。


「ひいては今後の作戦を私に一任すると、議会の通達があった。無論のこと私はナガハマ前線基地の指揮官でもあるのだ。従って七条中将や小平大将の承認を得る必要はあっても、今後は議会の決定を待たずに独自に動く許可を得たことになる」

 将官級の人材不足は顕著であった。今回の件で川瀬は一定以上の評価を受けたらしく、指揮系統の統合と付随する権力を議会より与えられている。


「浅村少佐には悪いが、この度の作戦は私の功績とさせてもらった。またその結果は想定以上だ。割と融通が利く力を手に入れられたのだから……」

 手柄を横取りしたことは既に話をしていたけれど、全員を前にして川瀬は再び謝罪している。もっともヒカリは気にしておらず、寧ろ川瀬に兵団の指揮を任せるような話は好都合だと考えていた。


「して今後の方針だが、皆の意見を聞きたい。騎士は全体でも三百人程度。大半がナガハマ前線基地の配備となっている。君たち十三人と残りは浅村少佐のような地方支部に配備される十五名のみ。騎士学校にはまだ百人程度の准尉級が残っているけれど、恐らく戦力として数えるのは難しいだろうな」

 川瀬は敢えて十三人に聞いた。全員が新人であったけれど、想像を絶する戦いを生き抜いたのだ。ナガハマに残る部下たちにも意見を聞くつもりだが、激戦を目の当たりにした新人たちの意見を聞いてみたいと思う。


 流石にどよめいている。彼らは騎士学校でさえまともに卒業していないのだ。緊急的な配備によって半年を待たずに戦場へと駆り出された。意見する立場にないような気がしてならない。


 ここで手を挙げたのは玲奈だ。戸惑う新人たちに構うことなく真っ直ぐに手を伸ばしている。


「意見を! 私は今こそカントウ連合国へと使者を送り、共闘を願うときだと考えます! 天軍を退けたといって、平穏が戻ったわけではないのです。天軍と互角以上に渡り合えると示した今であれば、不当な条件などつけてこないでしょう」

 天軍が生まれた北の大地。海を隔てたトウカイ王国は既に存在しない。今や人族はキンキ共和国とカントウ連合国の二大勢力を残すのみだ。

 天軍は更なる南下をし、チキュウ世界の統一を掲げているものの、トウカイ王国を見る限りは恐らく皆殺しとなるはずである。


 トウカイ王国の首都であったナゴヤから共和国へはタテヤマ連峰を越える必要があり、カントウ連合国に向かうにしてもヒダ山脈を越えねばならなかった。比較的侵攻しやすいタテヤマ連峰を天軍が選んだことにより、キンキ共和国が窮地に立たされたという現状である。


「良い意見だ。しかし、連合国は以前の共和国と似たような感覚でいるだろう。共和国が天軍を退けてくれるだろうと。だからこそ、私は話し合いなど無駄であると考える……」

 良い意見だと評価しつつも、川瀬は問題点を提起した。

 それはかつての共和国が陥っていた思考である。

 トウカイ王国が天軍を食い止めるものと考えていたのだ。従って共和国は王国に対して兵を送らず、彼らが滅びるまで静観していた。


「だからといって使者すら送らないのは間違いです! 人族は手を取り合い脅威を排除すべき。共和国が壊滅すれば連合国しか残らないのです。きっと分かってもらえることでしょう」

 玲奈は訴えていた。前世の最後と同じような世界情勢。いち早く動かねば手遅れになってしまうことを彼女は知っている。


「ならば玲奈、お前が使者を務めろ。正直に共和国は人材不足だ。連合国へはスズカ山脈を越えていかねばならん。議員に任せようとすれば、警護に余計な人材を使うことになる」

 訴えたまでは良かったものの、まさか自分が使者に任命されるとは思わなかった。自身は騎士になって二日。正直に使者が務まるのかどうか分からない。


「一人で赴くのでしょうか?」

 流石に聞いておかねばならない。玲奈の他に人材を割けないのであれば仕方ないけれど、流石に心細いと感じてしまう。


「なら奥田と向かえ。彼はネームドオークエンペラーを討伐した騎士だ。道中の不安もないだろう」

 何と同じ新人である一八が指名されていた。かといって玲奈は推し量っている。熟練の騎士を使いに出す余裕がないことを。ナガハマとマイバラの守護にベテランは欠かせない。成否の分からぬ使節団に主力を割けるはずもなかった。


「了解しました……」

 玲奈は受け入れている。現状の共和国は使節団すら送れぬ状態だと理解したから。希望を叶えるには自ら赴くしかないのだと。


「他に何か意見はないか?」

 川瀬は次なる意見を促す。ヒカリと優子を除いて、ここには新人しかいなかったというのに。


「なければ、私の意見を少しばかり。玲奈の話にも関連することだが、共和国の危機はナゴヤにあるといえる。元王国の首都であるナゴヤから天軍を排除してしまえば、兵站が滞り共和国の脅威は減るだろう。我ら共和国軍守護兵団は当面の所、ナゴヤの陥落を最優先とする」

 川瀬は次なる目標を掲げた。全てはナゴヤが天軍の支配地であることが問題であると。タテヤマ連峰の向かいにある拠点を排除すれば、度重なる侵攻もなくなるはずだ。


 このあとは互いに意見を出し合いナゴヤの解放について議論を重ねた。しかしながら、どうしてもタテヤマ連峰越えと兵力が問題となってしまう。オークを率いる天軍でさえ苦労しているのだ。被害が大きい共和国に打って出るという選択は難題だった。


「やはり連合国を焚き付けるしかないですね……」

 ここでヒカリが一言。結局はまだ戦力を残す連合国を頼るしかないのだと。

 誰しもが頷く中、一人だけが手を挙げている。ヒカリの話に不満げな顔をして。


「俺は一人でも進軍するぞ……」

 発言したのは一八であった。連合国の動きを待つことなく、攻めようといった風な台詞。彼は一人でもナゴヤに攻め入るという。


「奥田少尉、意気込みは買うがな……」

「急いだ方が良いっす。たぶんですけど、ネームドモンスターはもういないんじゃないかと思うんすよ。アレは本当に強者だった。作られたものだとしても、実際に何万もの敵を倒してきたやつだ。あんなやつが短時間に作れるはずがない」

 言わんとしていることは川瀬にも理解できた。一八は新たなネームドが生み出されないうちに侵攻するべきだと話しているはず。


「少将、私も賛成です。機を逸してはなりません。仮に一八だけが進軍するというのなら、私も同行しますから……」

 再び騒々しくなっている。それもそのはず剣術科の主席と次席が進軍を決めたのだ。しかも奇襲作戦より無謀に思える行動を示唆して。


「少将、どうやら私たちはナーバスに考えすぎなのかもしれない。新人たちの方がずっと分かっている……」

 ヒカリが口を挟んだ。先ほどは連合国の協力を仰ぐような話をした彼女だが、今はそれが間違いだったと言いたげである。


「確かにネームドオークキングなんぞ簡単には生み出せない。私と優子でも賭に出るしかなかった。再び生み出される前に叩くのは良いアイデアです。直ぐさま編成に取りかかるべきかと……」

 マイバラ基地を奪い返したものの、共和国はジリ貧の状態である。ヒカリの話は今ならばという期待が込められていた。


「浅村少佐、それは共和国の命運をその一戦に懸けるという話か?」

 圧倒的に兵力が足りない状況なのだ。川瀬にも意義は理解できたけれど、進軍が失敗に終わった場合を考えると、どうしても決断できないでいる。


「であれば、一年待てば戦力は倍増しますか?」

 思わぬ問いが返されている。川瀬はその質問に対する明確な答えを持っていない。一般兵の数を揃えるだけなら、今も一年後も変わらないだろう。また実戦で役に立つレベルの騎士を一年で育成できるはずもなかった。


「何年待てば良いのです? そのとき再び脅威が襲ってくるのなら、本当に意味がありません。私が考え直したのはネームドが出現すれば、一般兵には対処できないからです」

 一般兵という話だが、兵団を見渡しても対処できる者は少ない。というよりツーマンセルで討伐できる騎士はヒカリと一八しかいないように思う。


 はぁっと長い息を吐く川瀬。確かに二人は間違いを口にしていない。しかし、勝利が確約されない限り、割ける兵の数はしれている。かといって、それでは無駄になるだけのような気もした。


「今、侵攻するとすれば、共和国は死に体となるぞ?」

 ヒカリの覚悟は理解できた。真意もまた汲み取れていたけれど、確認とばかりに川瀬は聞く。最初で最後の侵攻になるのだと。


「共和国は既に死に体ですが? 今さら意味のない防衛を考えてどうなるのです? マイバラとナガハマを空にしてでも攻め立てましょう。それだけの価値がナゴヤの制圧にはあると考えます」

 ヒカリは言い切っていた。タテヤマ連峰の向こう側。天軍の拠点を制圧する意味。後先を考えている暇などないのだと。


 再び嘆息する川瀬だが、今度は頷いてもいる。兵団の司令官となった今、現場の決定は彼の意志一つだ。


「連合国から岸野少尉と奥田少尉が戻り次第、編成を開始する……」

 川瀬もまた決断していた。今ではなく未来を考えたとき、出兵は間違いなく転換点となるだろう。このまま守勢に回ったとして訪れるのは滅亡だと思える。また侵攻をして敗戦となった場合も同様だ。


 結果が同じであれば光が差し込む方向に目を向けるべきではないかと。時間差を考慮すべきではない。少しでも可能性を見出せる作戦を実行すべきなのだと。


 一瞬のあと、拍手が返されていた。川瀬の決断は満場一致で受け入れられたらしい。

 恐らくは昨日のような厳しい戦いが待ち受けている。けれど、共和国の平穏を望む彼らは侵攻を選んだ。騎士となった瞬間から、死と隣り合わせであるのは覚悟している。だからこそ、同じ死であっても、可能性を見出せる方を選んでいた。


 これにて話し合いが終わる。川瀬は七条中将に連絡を取り、玲奈と一八もまた準備に取りかかっていく。


 全ては共和国のため。終末ともいえる世界で人族が生き残るためであった……。

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