第10話 夕飯前のミッション
日が暮れて夕食の時間となっていた。
家族三人でテーブルを囲む岸野家。本日のメニューはハンバーグである。
「いただきまーす!」
玲奈の大好物であったから、早速と手を合わせて祈りを済ませる。だが、箸を持とうとするや否に、待ってと声をかけられてしまう。
「ちょっと玲奈ちゃん、悪いんだけど一八君のところにお裾分けを持っていってくれない? ハンバーグ作りすぎちゃったから……」
制止したのは玲奈の母である玲子だ。生徒会の業務を終え帰宅してから、ずっと稽古していた玲奈はお腹がペコペコであったというのに。
「母上、作りすぎたのであれば、この私が責任を持って平らげますので!」
正直に玲奈は行きたくなかった。お腹は限界まで減っていたし、何より大好物を一八に分け与えるのは釈然としなかったのだ。
「そんなこと言わないの。お世話になっているんだから!」
「母上はそんなにも私を慰みものにしたいのですか!? あのケダモノのところへ夜間に赴くのは危険です! 一瞬で背後を取られ確実に犯されますから!」
「そんな大袈裟な……。早く食べたいだけでしょ? ほら、早く行ってきなさい!」
断固として拒否する玲奈だが、玲子はまるで取り合わない。確かに言い訳でしかなかったのだが、前世の話を玲子が信じるはずもない。
そんな二人の遣り取りに父親の武士が反応する。ニヤニヤとして、
「玲奈よ、ひょっとしてそれは『やんでれ』というやつか?」
斜め上の解釈をした。玲奈の影響でアニメを鑑賞している武士は覚えたばかりの単語を口にしている。
「いやいやいや、あり得ません! てか父上、ヤンデレは殺る側です! というより私にデレの部分など少しもありませんから!」
そうか殺る側だったかと武士。納得したようであったが、彼はタッパーを玲子から奪うようにして玲奈へと手渡した。
「そんなにも簡単に背後を取られるなど武人として失格だ。玲奈よ、行ってこい。全力で挑み、それでも背後を取られたのなら潔く負けを認めるだけ。そのとき敗者は勝者の言い分を呑まなければならん。生かすも殺すも勝者次第なのだ……」
「父上……」
なぜか俄然やる気が出てきた。戦いはやはり血が騒ぐというもの。玲奈は逆に一八の背後を取ってやろうと思う。
「それならば行って参ります! 晴れて無事に戻った暁には、どうか祝して頂きたく存じます!」
「うむ、行ってこい。我が娘ならば必ず生還できるはずだ!」
上手く乗せられたとも知らず、玲奈は家を飛び出した。
とはいえ一八の家は隣である。タッパーを片手に門のところから奥田家の様子を窺う。
「やつは巨漢だが動きは素早い。慎重に行動しなければ……」
インターホンを押すこともなく、ただ中の様子を観察する。小学校時代に習得した隠密スキルを実行し、玲奈はジッと好機を待つ。
だがしかし、
「玲奈、何やってんだ?」
「ふおおぉぉぉっ!」
玲奈は背後から声を掛けられてしまう。思わず飛び上がるようにして玲奈は振り向いた。
「くっ……、貴様は一八!!」
「何なんだ、お前は。うちの前で……」
完全に背後を取られている。玲奈は見つかっただけでなく、彼の気配にまるで気付けなかったようだ。
「そういえば一八は『看破』を習得していたのだったな……」
女神マナリスは天恵技と呼ばれるスキルにてチキュウ世界の人々に神の力を授けている。恐らくはベルナルド世界にもスキルはあったのだろうが、生憎と魔道具を使用しなければ所持を確認できない。魔道工学分野が劣るベルナルド世界では獲得の有無を知る術などなかった。
一八と玲奈が互いをオークキングとレイナ・ロゼニアだと認識したのも魔道具によってである。
レアスキル『女神の加護』。互いに所有者であると二人が気付いたのは小学校に入る直前であった。
学校ではハンディデバイスという腕時計型魔道具の装着が必須となっていたため、二人共がハンディデバイスを買い与えられていたのだ。
それこそが不幸の始まりである。隣人であり仲良くしていたこともあって、あろうことか二人はハンディデバイスによってお互いのステータスを確認し合ってしまう。
それまで女神の加護という天恵技の所持を二人共が隠していた。しかし、ハンディデバイスによって幼馴染みがそれを持っていることを知る。
以来、二人の関係はギクシャクとし、それまでのような幼馴染みではいられなくなってしまう。女神マナリスの加護は互いが転生者であることを明確にしていたのだから……。
また女神の加護はお互いが生まれた病院にて詳しく検査されたものの、前例のない先天スキルは効果も発動条件も不明なままであった。
「ん? 隠密を使ってたのか? 何でまた……」
「甘いな! 一八、女には秘密が付きものなのだ!」
よく分からない返答をし、玲奈は頬を膨らませて不服そうな表情をする。目的はハンバーグのお裾分けであったというのに、彼女は忘れてしまったのか手渡すことなく一八を睨んでいた。
ふと玲奈は師匠でもある武士の言葉を思い出している。
『敗者は勝者の言い分を呑まなければならん――――』
その教えに愕然とする玲奈。スキルを看破され、背後を撮られた現状は明らかに玲奈の敗北を意味していた。ガクリと肩を落とし静かに頭を垂れる。
「クッ……殺せ……」
「わけ分かんねぇし!?」
戸惑う一八に構わず、玲奈は畳み掛けるように話す。
「言いなりにはならん! 辱めを受けるつもりもない! さあ、ひと思いに早く!」
どうにも理解に苦しむ隣人であるけれど、一八は察してもいた。
恐らく父親にそそのかされ、奥田家まで来たのだろうと。その際、一八に見つからないようにとの司令を受けているはず。彼女が手に持つタッパーを見ると、そんな情景が簡単に想像できた。
「馬鹿か? 玲奈……」
一八は玲奈の頭をコツンと小突き、学校帰りに買ったドーナツの箱を彼女の前に突き出す。
「なぬ!? これは何だ、一八!」
「それはドーナツだ。お前はおかずのお裾分けに来たんだろ? 代わりにそれを持って帰れ……」
言葉通りに玲奈からタッパーを受け取り、代わりとしてドーナツを箱ごと彼女に手渡した。
「おお、ドーナツは大好物なのだ! ありがとう、一八!」
「お前に好き嫌いがあるとは思えんが、こっちもサンキューな。おばさんの作る料理は美味いし、これだけでどんぶり五杯はいける」
おばさんによろしく伝えてくれと一八は手を挙げた。玲奈の奇行は今に始まったわけではない。一方的な敗戦も後腐れがないことだって理解している。
「三六殿と清美殿によろしくな!」
やはり玲奈はいつも通りだ。一八が困惑するほどに、さっぱりとしたものである。今も過去を引き摺っているのかと思えば、からかわれているだけのような気もした。どうにも理解できないまま二人の関係は十八年目に突入している。
一八と別れた玲奈は満面の笑みだ。大好物であるハンバーグを失ったものの、等価交換ともいうべき戦利品を手にしたのだから。
「うむ、美味い! これは駅前のドーナツ屋だな。一八め、なかなか分かっているじゃないか!」
行儀悪くドーナツを一つ頬張りながら、玲奈は自宅へと戻っていく。
食後のデザートを手に入れた彼女の表情は家を出る前から一変していた……。
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