第10話 夏祭り 2
「ダンは器用だよな!パインにも作ってやってたもんな!」
エドが大声で言って笑う。
「バッ!ちょっと、兄さん!!」
ブリュックが慌ててエドの口を封じようとしたが、バッチリネルケは聞いていた。
「っっっ!!!」
ネルケはみるみる真っ赤になる。眉尻が危険なほどつり上がっている。ドワーフ女は情熱的だけに、怒らせると怖い。
「あははは。そうそう」
それに全く気付かずに、ダンはあっけらかんと笑う。
「おかげで、ネルケには頭巾しか作ってやれなかったんだ。ごめんね。お詫びに、今度は時間ある時に、もっとちゃんとした何かを作るよ。何が良い?」
ダンはネルケに笑顔を向ける。
「え?その・・・・・・。ネックレ・・・・・・ス?」
ネルケの怒りは急速に覚めて、今度はしおらしい少女の表情になる。違う意味で顔が真っ赤だ。
「いいよ。がんばって作るね」
『ダンさん、自らナイスフォローです』
ブリュックはホッと胸をなで下ろす。
「じゃあ、今度こそジンジャーにも」
「兄さんは黙ってて!!」
山車は、倉庫から一度裏の川沿い通りに出されて、そこで虎の張り子と合体させて、最後の装飾をしてから街を練り歩く事になっている。
今は、練り子の若い衆が集まって、互いに気合いを入れ合ったりしていて、足の豆亭の裏庭も、川沿い通りも人が沢山いる。
そして、倉庫の中では、外に出す準備をしているはずだ。
「あ!しまった!!」
ダンが叫ぶ。
「どうした?」
エドが尋ねる。
「僕は作る事ばっかり考えていて、倉庫から出す事なんて、ちっとも考えていなかった!!」
「「「「「あっ!」」」」」
集まった全員が叫ぶ。
倉庫は大きいが、入り口としては、大きくはあっても、山車に乗せて、全高4メートル近くになった山車を運び出す事など不可能だった。
そこに、後ろから笑い声が上がる。
「あははははっ!大丈夫大丈夫!」
みんなで振り返ると、エリザが腕を組んで笑っていた。
「大丈夫って、何で?」
ダンが尋ねるが、エリザはウインクをしてニヤニヤしている。
「まあ、みてなさいよ」
言われて、倉庫の方を見ていると、「シャアアアアアッ」と音がして、倉庫の入り口のある壁面に線が走る。右から上に、それから左下に向かって、弧を描く。
次の瞬間、線の内側の壁面が、メキメキと音を立てて裏庭に倒れ込んできた。
壁の一面が、大きくくりぬかれたのだ。
ダンやみんなが、口をパクパクさせていると、エリザがまたしても大笑いする。
「笑い事じゃ無いよ!!どうなってるの!?」
ダンがエリザに詰め寄る。
「ウチの母さん、元冒険者の魔法使いなんだよ。あれくらいの事は出来るよ。それに、壁は直せば良いんだ」
「で、でも」
「ウチの倉庫を貸す事に決めた時点で、こうする予定だったんだよ。気にしない、気にしない。いつも美味しいパンをありがとうね~」
エリザは笑って宿の方に戻っていった。
ダンたちは、豪快な解決方法に呆気にとられたが、ともあれそれで山車を倉庫から出す事が出来た。
失われたはずの山車が、空に向かって猛々しく炎を吹き上げる形に仕上がっているのを見て、錬り子たちは歓声を上げる。
改めて見ると、その炎は、大人たちが言うように、多少不格好で雑な仕上がりではある。
「たった2日で作り直したんだよね。すごいじゃないか」
レオンハルトが穏やかな賞賛をダンたちに送る。
「どうやって作ったんですか?」
リオも、目を輝かせる。
「あ!虎がくっつくよ!」
アンナマリーの声に、みんなは山車に注目する。
別の場所で密かに作られていた虎は、大きな顔だけで、空に向かって大きく口を開けている。ただ、目だけは下にいる人々を睨みつけている。
「作ってみたから分かるけど、流石に大人たちの作業はちがうね」
「だな。虎の表情が生き生きしている」
ダンとエドが頷き合う。
「この山車、すげぇ軽いな!」
「これならガンガン走れそうだ!!」
倉庫から引き出してきた錬り子たちが、山車の台車を眺め回して感心している。
ダンは少し嬉しくなった。
「ようし!じゃあ、赤地区の野郎ども!『四日後に死ぬぞ』!!」
「四日後に死ぬぞ!!」
このかけ声が出発の恒例の合図である。
祭りの期間中、錬り子は山車を引いて高低差の激しい坂の街の隅々まで何周も練り歩くのだ。
錬り子、楽子、舞子、囃子。この四つの役割で、祭りを盛り上げるのだ。
「早く俺たちもやりたいな」
エドの言葉にダンは頷く。15歳になったら、自分たちもどれかの役割に入れてもらえるのだ。
体力の無いダンは、楽子か囃子になるのだろう。出来れば楽子になりたい。歌う旅団に憧れているのだから、音楽を聴かせる楽子がいい。
「行っちゃったね・・・・・・」
川沿い通りを下って、ゾウ広場まで行った山車は、広場をぐるりと2周巡った後、表通りを北上して市場広場方面に、なかなかの勢いで走って行った。
ダンたちは、ゾウ広場での走行を見送った。
「これで、何とか責任を果たせたよ。みんな、ありがとう」
ダンはようやく肩の荷が下りたような、清々しい笑顔を浮かべる。
「ダン。君は少し大人になったね」
レオンハルトが、ダンの笑顔を見て、しみじみとした様子で言う。
「そ、そうかな?」
ダンは照れて笑う。レオンハルトの姉、テレーゼとは、今は2歳の差である。
「ダン。あんまり早く走らないでね」
ネルケが、少し心配そうにダンの方を見る。
「?走ってへんやん?」
メグが首を傾げる。
メグの言う通り、ダンは立ち止まって山車を見送っている。
ネルケが「走らないで」と言ったのは、ダンの成長の事である。
ネルケはダンが急いで大人になっていく気がして心配なのだ。そもそも、人間族とドワーフ族とでは寿命が違う。だから、ダンが早く成長するのが淋しくて不安なのだ。
少し目を離したら、手の届かないところへ行ってしまいそうだった。
だから、どこかに走って行かないように、思わずダンの手をぎゅっと握りしめる。
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