第11話  メグ 7

 曲がりくねった道の奥から、ゴブリンたちが迫ってきている音や声はするが、まだ姿は見えていない。

 ゴブリンは、力こそ人間の大人よりも弱いが、体力は人間以上にある。休まずに街まで走れるだろう。

 ダンたちはようやく松林に差し掛かろうという所だ。このままでは完全に追いつかれてしまう。


「ま、松林の小屋に隠れよう!」

 ダンがゼイゼイ荒い呼吸で叫ぶ。呼吸困難寸前になっている。

「無理だ。ゴブリンに見つかった」

 レオンハルトが言う。

 道の奥には、すでにゴブリンたちが姿を見せていた。

「しょうがねぇ!俺が食い止めるから、お前たちで先に逃げろ!」

 エドが、木剣を構えて立ち止まる。

「それなら、僕も一緒に残る。兵士になりたいんだ。当然の事だ」

 レオンハルトもリオを離して、エドの横に立つ。

「ダメだ!それならみんなで小屋にろうじようした方が時間が稼げる!!」

 ダンが叫ぶ。エドとレオンハルトは、すぐにうなずき合う。

「じゃあ、先に小屋に行っててくれ!」

 2人には分かっていた。小屋まで逃げ込む前に、ゴブリンたちには追いつかれてしまうと言う事が。だが、2人で時間を稼げば、ダンとネルケとリオは小屋に避難する事が出来る。

「そんなのダメだ!!」

 ダンは叫んだが、ネルケに抱え上げられてしまう。

「待って、ネルケ!降ろして!」

 ダンはもがくが、非力なダンでは、ネルケから逃れる事は出来ない。

「心配するな!逃げ回って、何としても生き延びてやる!」

 エドはそう言うが、がっしり足を広げてその場に踏ん張る。

 ゴブリンたちが迫って来る。



『エアストル!!』

 

 声と共に、半透明の何かがエドとレオンハルトの横を通り抜け、迫り来る先頭のゴブリンの首をはね飛ばす。

 続けて、矢が飛ぶ。

 次に来るゴブリンの額を打ち抜いた。

「うおおおおおおっっ!!」

 雄叫びと共に、武装した冒険者たちが町の方から突進してくる。

 冒険者と、この街の兵士たちだ。ゴリラ隊長たち3人組の姿も見られる。

 数も、戦力も、圧倒的にこちらが有利になった。


「がんばったな、坊主たち!」

 赤い鎧を着た戦士に肩を叩かれて、エドは放心したように、その場に座り込む。

「アハハハ。・・・・・・ハァ~~」

 レオンハルトも、膝から力が抜けたように、すとんと地面に座り込む。

 ゴブリンたちにとって、戦力の逆転など意味が無い。圧倒的に不利になったのに、構わずに無策で突っ込んでくる。「エサが増えた」ぐらいの考えしか無いのだろう。ニヤニヤしながら冒険者たち、兵士たちに突撃していっては、返り討ちにされていた。


「エド!レオン!」

 ダンがネルケから解放されて、2人の元に駈け寄る。

 ネルケも、リオも駈け寄り、みんなで互いに抱きしめて、一塊になって泣き叫んだ。

 安心して、今まで堪えていた恐怖や不安が一気に爆発した。

 

 

 戦闘は5分も掛からなかった。

 更に、冒険者と兵士とで、周囲を調査する事になり、レオンハルトが案内を買って出てくれた。

 後は任せて、ダンたちは街に戻る事になった。


「しかし、貴様も役に立ったな」

 そう横柄に言ったのは、4人を護衛して街まで送り届ける役目を命ぜられたゴリラ隊長だった。

 ダンは何も答えないが、ネルケが突っかかった。

「ダンがいなかったら、もっと酷い被害が出てたんだよ!」

「ほほう。すると、貴様が戦術を考えて作戦を指揮したのか?」

 ゴリラ隊長が、眉をひそめる。

『戦術?』

 ダンは首をひねる。そんなつもりは無かった。ただ、必死に生き残る事を考えたに過ぎない。

『あれが、戦術なのか?』

 この事件が、後の天才軍師「ダン・ケルナー」が初めて戦術に興味を持った出来事だった。





「ダン?」

 ネルケが気遣わしげに、ダンの後ろ姿に声を掛ける。

 ダンは、家の裏に流れる川の、遊歩道に座って、川を眺めている。

 昨日から一晩中そうしている。


 冷たい雨が降ってきている。この雨を境に、アインザークの季節は完全に秋に移り変わる。

 

 ダンはびしょ濡れだが、全く気にせず、ただ川を眺めて座っていた。

「ダン。もう家に帰ろうよ。風邪引いちゃうよ?」

 ネルケの言葉に、ダンは答えない。ただ、流れる川に、雨が作る波紋を眺めていた。

 その姿は、今にも消え去ってしまいそうに、儚げに見える。


 堪らず、ネルケは後ろから抱きつく。

「ダン!もういいよ!」

 ネルケが叫ぶ。

「でも・・・・・・」

 ダンがようやくポツリと言葉を発する。そして、しがみついているネルケに目を向ける。

 ダンの目からは、大粒の涙が、止めどなく溢れて流れ落ちている。

「メグが・・・・・・、帰ってこないんだ」


 メグは結局、あれから帰ってきていない。瀕死の重傷を負っていたのに、ダンを助けて、励まして、そして、海に消えていった。

「なんで僕は、あの時メグの言葉を信じちゃったんだろう?」

 ダンは自嘲気味に呟く。少し考えれば、それならそもそもサメに負わされた傷も、治っていたはずだと分かる。サメが来れない浅瀬で傷を治す事だって出来たはずだ。

 メグはダンを助ける為に、ウソをついた。

「僕が無茶させたんだ・・・・・・」

 ダンは遊歩道の柵に頭を打ち付ける。額が割れて、血が流れる。

「やめて!痛いよ!!」

 メグがダンの頭を包み込むように抱きしめる。力尽くで家に連れ帰る事は出来るが、それではダンの心は救えない。

 かといって、このままでもダンを慰める事も出来ない。


「メグ。メグゥ~~!!ああああああああ~~~~!!!」

 ダンが泣く。

「うわああああん!!」

 ネルケもダンと一緒に泣いた。

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