第2話 邪眼の魔女 3
「カ、カゴを返して貰いたくて!!」
何とかそれだけを叫ぶ。
すると、店主が「ああ」と一言言う。
次の瞬間、店主の右のショルダーアーマーの形が変わり、鋭く長い物に変化して、店の奥にスルスル伸びて、廊下の先に入り込み、しばらくすると、ダンのカゴを引っかけてきて、グネグネ形を変えながら、ダンの方に伸びてくる。
「ひ、ひい」
ダンは壁ぎりぎりまで下がって逃げようとする。
「パンは美味かった。礼を言う」
店主がそう言うので、恐る恐るカゴを受け取った。
「ふむ。パンを貰ったから、これをやろう」
受け取ったカゴの中には、金属で出来た小さな丸い棒が入っていた。
「・・・・・・これは?」
カゴから鉄の棒を取り出してみる。手のひらにすっぽり納まる大きさだ。
「棒にボタンがあるから、押してみろ」
言われるままに、棒の真ん中にある丸いボタンを押してみる。
「わあ!」
棒の片側から、小さな火が出た。
「火、火が・・・・・・」
ダンは思わず鉄の棒を落としてしまう。
手から離れると、自然と火が消える。
「それは小さな火が付く魔法道具だ。1万回以上使える」
言われてダンは、恐る恐る鉄の棒を拾って、再びボタンを押す。
すると先端から、またしても小さな火が付く。
「こ、これって、すごく便利なんじゃ・・・・・・」
ダンは唸った。
火をつけるのは一苦労だ。火打ち石や、弓きりで火を起こす。
だから、火を切らさないように、各家で火種用のランプは常に灯している。
切れてしまったら、近所から火を分けて貰ったりする事も珍しくない。
これがあれば、火種用のランプは不要になる。
「い、いや。これは貰えません」
ダンは困って鉄の棒を差し戻そうとする。
「なぜ?」
店主は怪訝そうな顔をする。
さっきから、額の赤い目は、ピクリとも動かない。
本当に入れ墨なのだろうか?
ダンには、その表情が恐ろしい形相に見えて、一瞬怯んだが、それで引き下がるわけにはいかない。
「これは多分すごく高い物ですよね?パンだけで釣り合う物じゃありませんから」
この店主が何かを企んでいるとしか思えない。「一番大切な物を寄越せ」とまで言っていたんだ。
「うううううう~~~」
すると、店主は困った顔をして頭を抱える。
そうしてみると、意外と幼い顔に見える。 落ち着いてみると、身長もかなり低い。ダンよりも頭1つ小さい。
「しかし、それではどうすれば良いのだ?」
店主がダンに近づいてくる。
やはり小さい。表情も、相変わらず恐ろしく見えるが、どうも本当に困っているようだ。
「パンは、近所みんなに配っている物だから、特にお礼はいりません。これからもお隣なので、パンが売れ残ったら持ってきますから」
そう言うと、店主は嬉しそうな顔をした。
「あの甘い奴が良い!」
クリームパンの事か。しかし、そう言う店主は、どう見ても幼い子どもの顔だ。
「あの・・・・・・売れ残りなので、あれば優先的に持ってきます」
そう言うと、店主が笑う。その笑みに薄ら寒いものを感じる。
「ああ、やっぱりその魔法道具は貴様にやろう」
店主の言葉に、ダンは驚く。
「ええ?!」
「それはすぐに作れる。材料もその辺にある物だ。貴様の大切な物を貰ったのだから、お返ししないと怒られる」
『大切な物じゃ無くって、売れ残りだって』
と思ったが、店主の最後の言葉に引っかかった。
「怒られる」と言う発想は、やはり子どものものだ。
「あの・・・・・・。失礼な事をお聞きしますが、あなたの年齢はいくつなんですか?」
すると、店主はあっさりと答えた。
「私は9歳になった!もう大人だ!」
胸を張る。
しかし、9歳は大人では無い。
エレスでの一般的な成人年齢は15歳だ。9歳だとネルケと同じ年になるではないか。
「ほ、本当に9歳?19歳とか、109歳とかじゃ無く?」
ダンは思わずそう尋ねる。
「貴様はおかしな奴だ。9歳は9歳だ」
「僕より年下かよ!!!」
思わず叫んでしまう。
「貴様は子どもだろうが?!」
子どもの店主が不機嫌そうに言う。
「僕は12歳だ!」
言われて、店主は不審そうな表情を浮かべる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ダンと店主が、しばらく無言でにらみ合う。
もうダンは、この店主を恐ろしいとは感じなくなっていた。
確かに見た目の迫力はあるが、話してみると、年下の世間知らずの少女の様だ。
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