デビュタント-2 フェイブル視点
次に行われるのは配属先の上司と自身に関係のある上級貴族への挨拶回りだ。私は王室教育長、王室筆頭側仕えの順に挨拶をするよう指示を受けた。
まずは王室教育長であるイーセン伯爵の元に向かう。イーセン伯爵は父親と同じ年代の穏やかな方で祖母の愛弟子でもある。残念ながらお会いしたことは無いがそのお人柄などは祖母や父から聞いており、落ち着いた気持ちで挨拶をすることが出来た。
「カートイット伯爵家フェイブルでございます。本日、王宮配属の任を受けました。御指導賜りますようよろしく申し上げます。」
「王室教育長のイーセンです。ああ、前教育長の面影がありますね。貴方のお祖母様に指導頂いたように、これ以上なく厳しく指導させて頂きますよ」
「ありがたく存じます。」
茶目っ気たっぷりに微笑まれる教育長の言葉に思わず祖母の姿を見た。顔色には出さずに返答しながら、祖母と同様に注意すべきは声色や表情ではなく言葉そのものである。と心に刻んだ。
次に王室筆頭側仕えのマストリサ侯爵の元に向かった。しかし筆頭側仕えの判断が必要となる急務に迫られたようで席を外されており本日のうちにお戻りになるかは不明ということで、改めて挨拶の機会を頂けることになった。
洗礼前の王子様に何かあったのかしらと心配になったが王妃様の様子は特にお変わりないようだ。
真っ先に挨拶に回ったであろう幼なじみのヨークから後で様子を聞いておいた方が良いかも知れない。
王宮配属になると王宮外の任に付く貴族、特に自身より上位の貴族とは距離を保つ必要がある。高位の地位を持って王宮の内情を漏らすよう迫られたり、そこまでいかなくとも王宮へのコネクションに利用されたり王族の威光を傘に着るような行いに利用される恐れもある。そのため挨拶回りは早々に終え、クロウの元に戻ることにした。
クロウの姿を探すとクロウもこちらを探していたのか視線が合った。しかし途端に逸らされた。そして取り繕った表情でしばらく何処かを見つめると、そちらの方に歩み寄って行ってしまった。
何かあったのかしら……
今は私が傍にいない方が良いのだろうと感じはしたものの、どうしても気になりクロウの向かった方向に歩きだす。すると後ろから名を呼ばれた。
「初めまして、カートイット伯爵令嬢。私はショモナー伯爵家のアイリーンと申します。」
高めのやや幼く感じる声に振り返ると、デビュタントの白を基調とした衣装に赤と薄紫の糸が絡まる
同じ爵位の令嬢に挨拶をされ礼を返さない訳にはいかず、突然の事に驚きながらも礼を返す。
「初めまして、カートイット伯爵家のフェイブルと申します。アイリーン様は、私と同じ配属先でいらっしゃいましたよね?」
「ええ、そうですわ。私もマストリサ侯爵に挨拶に伺ったのですがいらっしゃらなくて、まだ時間もございますし、フェイブル様は今後同じ職場の同僚になるのですからご挨拶をと思いましたの」
「そうでしたか。アイリーン様のお気遣い嬉しいですわ。こちらこそよろしくお願いいたします」
同じ配属先とはいってもアイリーンの職種的にはマストリサ侯爵への挨拶が最初になるはずだ、挨拶回りが始まる時点で既にマストリサ侯爵は席を立たれていたのだろうか。しかしアイリーンの口ぶりからするに今挨拶に来たようだ。そうなると何より優先すべき直属の上司への挨拶が遅くなった理由がわからない。私が今までアイリーンに会ったことがないことにも何か関係があるのだろうか…。
それというのも学院では小等部は入学試験の成績順でクラスが編成され小等部卒業まで変わらない。その後、中等部に上がる際の選抜試験で、選抜クラス、普通クラス、落第者に別れる。
落第者は次年度に改めて試験を受けることもできるが、ほとんどの者はその時点で領地や実家に戻る。
普通クラスは毎年の試験で成績別に都度クラスを再編し直しながら適性を見極めていく。
私が進んだ選抜クラスに関しては学習棟から異なり専門的な授業が行なわれる。そのため私は普通クラスの生徒と関わることは少なかった。
王宮に配属されるのは選抜クラスと普通クラスの上位者がほとんどとなる。
アイリーンには小等部でも中等部でも会ったことは無い。しかし現実として王宮に配属となったのならば、中等部のしかも最近になって急激に成績を伸ばした結果なのかも知れない。
「そうですわ!同僚となりますもの!堅苦しいのは止めましょう!是非アイリーンと呼んでくださいませ。私もフェイブルと呼んで構わないかしら?」
「……もちろんですわ。」
アイリーンは右手の指に髪を絡ませ
「そういえば、フェイブルの婚約者様素敵ですわね!どういった方ですの?見た目はもちろんですが騎士としても優秀なようですわね。どちらで出会いましたの?馴れ初めをお聞きしたいですわ。」
「小さい頃からの幼なじみです。家族同士昔から仲良くさせて頂いてますの。」
「そうなのですね。親同士が決めた
「……そうですね。クロウに出会えたことは幸運なことだと思ってますわ」
今まで何度言われたかわからない言葉にそう答えると始終微笑みを浮かべたアイリーンの顔はさらに笑顔を深めた。
「……たくさんお話して喉が乾いてしまいましたわ。お友達ができて、つい嬉しくてはしゃぎすぎてしまったようです。私、飲み物をもらって参りますわ。フェイブルもお飲みになるでしょう?」
「い、いえ私は……」
と断わろうとするも、既に足早に向かって行ってしまった。
クロウのことが聞きたかったのかしら?でもそれならクロウがいる時に来るかしら……
本当に仲良く出来るといいのだけれど……
「お待たせしましたわ……あ!」
声に振り返ると、目の前でシャンパーニュグラスが落下した。私とアイリーンの間に落ちたグラスは割れ、その中身がアイリーンのドレスに跳ねた。
周りから声があがり、アイリーンはデビュタントでの失態にショックを受けたようで震えている。
シャンパーニュ自体の色は無かったため被害は抑えられたが、ちょうど蔦模様の刺繍に跳ねてしまったため赤い色が白の生地に
これ以上広がる前に急いで対処しなくてはならない。
「アイリーン怪我はないですわね?ドレスのことなら私に考えがありますわ。とりあえず一度こちらを離れましょう。急ぎませんとダンスが始まってしまいますわ。」
「……ええ。お願いいたします。」
騒ぎを聞き付け駆けつけようとするクロウの姿が見えたため心配しないでと視線を送り、アイリーンとともに部屋をでた。
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