デビュタント-2 クロウゼス視点

次に行われるのは配属先の上官や自身に関係する貴族への挨拶だ。

後ろ髪を引かれるような思いでフェイブルと別れ、俺は直属の上司になるホビロン侯爵子息の元へ向かう。


「君がシャーレッツオ伯爵の次男か!優秀だとの噂は聞いているよ!君の上司になるケメロイ・ホビロンだ。よろしくな」

「クロウゼス・シャーレッツオです。ご指導よろしくお願い致します」


騎士団に所属しているとは思えない程に細く長身の眼鏡の男性が姿勢を正して頭を下げた俺の肩を軽く叩き、利発そうに声を上げて笑う。

年齢は三十歳前後といったところだろうか。


「堅苦しいのは騎士の良くないところだな!上司とはいえ兄や友人のように気軽に接して欲しい。他の者もだぞ」


利発そうで柔和な雰囲気を持つケメロイ隊長は他の隊員たち一人一人と目を合わせて同様の挨拶をする。

この場に相応しいかと言えば少々声の大きさや口調に品がないと捉えられるかもしれないが、俺を含め他の隊員たちにも悪い印象はない。

良き上司であり、良き兄であるという印象だ。

続いて存在感いちじるしい屈強な副隊長であるカルデン・ピンジット伯爵子息からの挨拶があり、他の隊員共々一歩だけ後退る。

ケメロイ隊長に比べ、カルデン副隊長は屈強くっきょう体躯たいくをしており身長も声も何もかもが大きい。

そして頭皮が輝かしくまぶしい……。

そこはかとなく押し付けるような語気も貴族令息にはよくあるものだがケメロイ隊長にまで同じ様な態度をとっているのは褒められたものではないし、これから隊長の下で動くことになる俺たちに隊長を軽視する素振りを見せるのは規律の乱れに直結する恐れもある。

正直なところ印象は良くない。利発で豪快というよりは軽薄というのが正しいところだ。

カルデン副隊長をぎょしながら指揮を執るのがケメロイ隊長ということだろう。


それにしても、と俺は目の前に立つケメロイ隊長とカルデン副隊長の装いに目を向ける。

隊長の性格に問題は無いとしても、上級貴族である侯爵家と伯爵家の子息として型落ちのフロックコートやシワの拠ったシャツ、よれよれのジャボを公式の社交会に着てくるのは如何なものだろうか。

装飾品に関しても興味がないのか粗末なもので公式な場に着けてくるにはいささか品が無く思う。

副隊長に関しては目も当てられないというか目が痛いほどにギラギラとしている。今年デビューを迎えた面々から主役の座を奪いたいのではと勘ぐりたくなるほどだ。

それは他の隊員も同じ思いだったようだが、当然誰も表情にすら出さなかった。

騎士団の評判が落ちないのであれば、それでいいが……そう思い紳士の笑みを顔に貼り付けて全員の挨拶が終わるのを待った。


配属先への挨拶が終わり、次に同僚たちとともに向かったのは士官学校長でもあるハオスワタ侯爵のもとだ。

未だ婚約者の紹介も出来ていないことから、フェイブルも連れて行くべきだろうかと彼女の姿を探し、ふと寒気が走る。

悪寒と言ってもいいだろう。全身を舐め回すような、そんなまとわりつく視線が俺に浴びせられている。

フェイの姿を見付け、ちょうど配属先に挨拶が終わったのか俺を探す彼女と目が合い――俺は視線を逸らした。

他者には分からない程度に口元を歪めて視線の主を探せば、そこには赤茶の髪をきつく巻いた小柄の女性が此方を見ている。

深紅の口紅が弧を描き、燃えるように赤い瞳をギラギラと輝かせ、真紫と黒のシルクであつらえたドレスを羽虫を誘うかの如く揺らした。

女性の隣に立つのがハオスワタ侯爵でなければ、近付きたくない人物であることは間違いない。


同僚の一人であるパッセがそれに気付いたのか不快そうにその人物を眺めてから俺に向かって口を開く。


「知人か?」

「いや、知らないな」

「あれが噂の魔女の可能性もあるか」

「まぁ、士官学校の男子棟に立ち入れる女性は限られているしな」

「学校長の関係者なら簡単に入れるだろうし、あの物色するような目付きから察するに間違いなさそうだよな」

「まぁ……な」

「次の獲物はクロウゼスに決めたんじゃないか?」

「一体、何をするつもりなんだろうな」

「さぁ?あの目付きから察するにろくな事では無さそうだがな」


カエラの話には続きがあった。

『紅蓮の魔女は見目の良い男を歯牙に懸けるって話だけど、何で士官学校で魔女?って感じだよな〜』

脳内でケラケラと笑いながら話すカエラを掻き消して、俺は一度フェイブルに視線だけを向けて緩く首を振った。

改めて優雅な笑みを作り上げ、その目が笑っていないことに気付かれないよう願いながらハオスワタ侯爵のもとに歩き出す。


同僚たちの最後に挨拶を交わし、簡単な会話程度で終わらせるつもりだったが侯爵がそれを許してはくれなかった。

皆は既にこの場を離れることを許されたが俺は侯爵の前に立ち続ける。


「シャーレッツオくん。婚約者は連れて来なかったのかね?」

「ご機嫌麗しく存じます、ハオスワタ学校長。何分、彼女も挨拶に行かねばならない先が多く……申し訳ございません」

「まぁ、いいだろう。隣に居るのは娘のノミンシナだ。娘は男女の機微きびについても思慮深い器量の良い子でね。君も婚約者のことで悩むことがあれば色々と教わるといい」


ニヤニヤとみだりがましく笑むハオスワタ侯爵の言葉に頬が引き攣る気がしたが、それを何とか隠してフェイブルがここに居ないことに安堵する。

彼女は、気心の知れない相手とのこういった話に嫌悪感を覚える上に下世話な話に対して表情を隠すのが苦手なのだ。


「婚約者とは幼少の頃より共に過ごし、互いに理解を深めておりますのでご心配をお掛けすることはないと存じます。あぁ、ハオスワタ侯爵令嬢、失礼致しました。私はシャーレッツオ伯爵家が二男クロウゼスと申します」


恭しく礼をとり顔を上げれば扇情的に赤い瞳を揺らす淑女と目が合う。

いや、形式的に淑女とは呼ぶがその様は痴女と言ってもいいだろう。

早くフェイブルのもとに帰りたい、そう思いつつ彼女の手を取り手の甲に軽く形式的な触れない程度の口付けをする。

紳士が淑女にする挨拶でしかないのだが、ケバケバしいほどに振り掛けられた甘ったるいコロンの匂いが鼻につく。

もう一度、気品というものを学び直してはどうだろうかと言いたい気持ちを抑え、あくまでも紳士の笑みは崩さず向かい合った。


「ふふっ、シーナと呼んで下さって結構よ?ねぇ、クロウ様?」

「愛称で呼ぶのは婚約者だけと決めているのです。申し訳ございません」


ヘドを吐くほど甘ったるく吐かれた言葉に嫌悪感を覚えながら、俺に触れようとする手を失礼にならない程度に避ける。


「まぁ!クロウ様は愛情深い方なのね?そのご令嬢が羨ましいわ。わたくしにも愛をお分けして欲しい程ですもの。ねぇ、お父様?」

「そうだなぁ、確かにシャーレッツオくんのような愛情深い美丈夫が聡明で麗しいシーナには似合いだろうなぁ」


聡明で麗しい?この痴女と似合いだと?

笑えない冗談だと一蹴したい気持ちにはなるが、これには笑顔でやり過ごすしかない。


「お褒めの言葉、光栄に存じます。では、私は――」


早々に不快なこの場から立ち去ろうかという矢先に、ノミンシナがふらつき俺にもたれかかった。

流石にふらついた女性を避けることは出来ず、彼女の腰に腕を回し支えれば周囲から声が上がった。

その殆どが俺に対する非難だ。

婚約者のいる者が公の場で未婚の女性の腰に手を回しているのだ。

仕方ないと思いつつもやり切れない思いもある。


「ハオスワタ侯爵令嬢、ご気分が優れないのであれば控室に向かわれた方が宜しいかと思いますが」

「お優しいのね。では、連れていってくださる?」


狙った獲物は逃さないとばかりに彼女はすがり付き、その瞳を潤ませる。


「申し訳ございません。控室への付き添いは他の者に任せる事になります。これ以上、婚約者の傍を離れている訳には参りませんので」


そう言って彼女をハオスワタ侯爵に渡し、礼をとったところでグラスが割れる音と淑女たちの声が上がった。

振り向けば、そこには薄紫の髪をツインテールにした淑女に向かい呆然と立ち尽くすフェイブルの姿があった。


「フェイ?」


意図せず婚約者の名を零してハッと口を抑えた俺は侯爵と令嬢に頭を下げ、足早にフェイブルの居る方に向かうが途中で彼女と目が合い、大丈夫だと告げられているようで足を緩め薄紫色の髪の令嬢と共にホールを出て行く彼女を遠巻きに見送り周囲に目を向けた。

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