第12話 王女スラヴィナ
「なんですって?」
それは王女スラヴィナしては珍しい苛立ちを交えて声だった。
報告にきた侍女は頭を下げたままだ。
「なお、ケンネル様がすでに接触された様子です」
「ケンネルが……」
彼女はその赤色の髪を払いのけ、唇を少し噛む。
王女スラヴィナはチェリンダ国王の愛娘だ。その溺愛ぶりは城内どころか、国民の皆が知っていた。
一度滅びた隣国サイハリだが、チェリンダとは大きく異なる文化のため、現在もチェリンダの支配下になるが、サイハリ自治領として自治を与えられている。サイハリの自治を約束しながら、その資源を活用してチェリンダは繁栄した。
最初の領主となった騎士のマクシム・ベルカは、隣国を滅ぼした騎士団長でもあったのだが反発を押さえながら、前サイハリ国王の悪政をすべて無くして見事に治め切った。その影には降嫁した王女ウルシュアの支えもあったと言われている。
マクシム以降はサイハリの民が領主になったが、現在に至るまで大きな反乱は起きていない。
また現国王は、サイハリの民の血を引く娘を王妃に娶った。サイハリの民との融和を図るため政略結婚と思いがちだが、実際は恋愛結婚である。
愛娘のスラヴィナは今年で十六歳、母によく似た容貌をした赤色の髪の美少女であった。
普段の彼女は所謂猫を被っており、淑女然としている。取り乱す様子もなく王女ウルシュアを思わせる仕草は、国民に人気だ。
また現在ではサイハリの民もあの戦争は悪政を敷く国王を倒すためにはしかるべき戦いだったと考えられており、マクシムやウルシュアは英雄視されることが多い。ただし、精霊という未知の力を使い、兵士であったが多くの民を殺したヤルミルに対しては内心恐れを抱くものがまだいた。
悲劇の青年と言われても、英雄とたたえられないのはその部分がある。
スラヴィナは王女ウルシュアを敬愛しており、彼女のような王女になりたいと思っていた。
なので、ウルシュアの容姿を体現したアレシュに恋を落ちるのは当然の成り行きで、彼女は騎士道をまい進する彼に熱い視線を送っている。
気がついていないのはアレシュ本人だけで、縁談を断るもの王女スラヴィナが原因だと思われているくらいだった。
そんな彼女の情報網に、引っかかったのはラダだ。
しかもわざわざケンネルが会いに行ったと聞いて、スラヴィナはますます心配になった。
「……二人はそれから一度もまだ会っていないのよね?」
「ええ。少女ラダは探されている事実すら知らないはずです」
「それならよかったわ。ラダという平民がどんな子かは知らないけど、あのアレシュを前にして恋に落ちないわけがないわ。これは、手を打つしかないわね!」
彼女の元々の性質は、その髪色と同じで情熱的だ。
報告にきた侍女はスラヴィナに惚れられた彼に同情的になるしかなかった。
☆
「不味いことになったぞ」
「そうですね。これは本当に……」
なんというか、気まずいお茶会を終え、ベルカ家の当主と次期当主は執務室で沈痛な面持ちで話し合っていた。
「どうしてお前は余計なことをするんだ?」
「なぜ父上は、私に黙ってこそこそしていたんですか?私にとっては美味しい話だったのに」
次期当主ケンネルは、溜息をつくと脱力したようにソファにもたれかかった。
「お前がしゃしゃり出ると絶対に失敗すると思ったからだ。お前と違ってアレシュは繊細なのだから」
「繊細ですか。相手にまだ聞かないうちから自分で決めつけるのもどうかと思いますけど」
「……だが、二度もラダは姿を消しただろう。それは落ち込むだろう」
「精霊たちですか。確かに、王女ウルシュアのためにヤルミルは精霊の力を使って命を落としてますからね。精霊たちが邪魔する気持ちをわからないではありません」
「精霊たちの気持ちか。妙なことをいうな。お前は」
「ヤルミルと精霊は友人関係であったと聞いたことがありますよ。大体、王女ウルシュアに事実を伝えたのも精霊だったと言われてますし」
「伝承だろう」
「けれども、ラダちゃんはアレシュの前から煙のように姿を消している。これは精霊の意志でしょう。もしくは彼女の意志ですか」
「……本当のところはわからんな。マクシム様の遺志を尊重して、私は今度こそは二人を結び付けたいのだがな」
「私もぜひ、そうなってほしいですよ」
「お前の場合は邪心だろうが」
父はケンネルの額を小突いて、呆れたように言った。
「ええ、邪心ですよ。私は最初からスラヴィナ殿下に目をつけていた。ところが、弟を見たとたん……。たしかにスラヴィナ殿下は王女ウルシュアを敬愛していたから、想像できたことなのですけどね」
ケンネルは自嘲して立ち上がった。
「まあ。今回のこと、きっとすでに殿下はご存じです。何か手を打ってくるはずなので、私は頑張って抵抗しますよ。父上も覚悟を決めてくださいね」
「わかってる。ああ、面倒だがな。アレシュの幸せのためだ。そしてお前のな」
「そうですよ。息子たちのために、頑張ってください」
次期当主は、当主に手を振ると部屋を出て行く。
「スラヴィナ殿下か。きっと陛下に泣き落としなのだろうな」
溺愛する娘の願いに簡単に首を縦に振る国王の姿を想像して、ベルカ家当主は口を歪めた。
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