第4話
褒められていると気付くのに、数秒かかった。
よく見ると、さかもっちゃんもニヤリとしている。
私は嬉しくなりニコニコしながら
「他社製品をお勧めしながら、もし大量購入の機会があったら私の方買って下さいねって冗談言っただけだよ」
と言うと、さかもっちゃんは本当に楽しそうに
「なるほどなぁ!お前、すげぇじゃん!」
と言って自分の持ち場に戻って行った。
一瞬の出来事だった。
しかしこの日を境に、さかもっちゃんの態度は一変した。
「おはようございます」と言えば「おはよう!」と返してくれるし、「俺昨日全国販売応援売り上げ本数一位だったんだぜ!」などの自慢話(これは実際販売員として、もの凄い成績)や、「今日も仕事終わりにダーツに行こうかな~」というような他愛もない雑談でも話しかけてくれるようになった。
開くスピードも開くきっかけも何もかもが予想外ではあったけれど、さかもっちゃんの心の扉が開いたことに私は大満足で職場はそれまでの3倍楽しい場所になった。
更に数週間が過ぎ、さかもっちゃんや他の販売員さんとも仲良く楽しく仕事を続けていたある日の休憩時間、たまたまさかもっちゃんと二人だったので他愛のない話をしていると私の携帯が鳴った。
さかもっちゃんが「あ、どうぞどうぞ」と言うので「すみませんね」と返しながら携帯を確認すると、行きつけの居酒屋の大将からのメールだった。
「一昨日仕込んだ塩辛が食べ頃だよ」
私が思わず「おっ!」と歓喜の声を上げたのを、さかもっちゃんがどうした?という様子で見ていたので別に聞かれはしなかったけれど、
「あのね、行きつけの居酒屋の大将から、自家製のイカの塩辛が食べ頃だって連絡だった!楽しみ!大将の塩辛日本一美味しいのよ~」
と言うとさかもっちゃんが
「塩辛ってそんなに美味いのか」
と言った。
「え!?イカの塩辛だよ!?普通の塩辛。食べた事ないの!?」
呑んべえの私はそんな人がこの世にいるのかと思うほど驚いたが、さかもっちゃんは普通の顔で
「うん、ない」
と言った。
ないもんはない訳で、ないのだ。
なにも言う事がなくなってしまったので苦し紛れに
「じゃぁ、今日食べてみる?」
と言ったらさかもっちゃんが
「行こうかな」
と言った。
仲良くなったとは言え、二人で飲みに行くのはまだまだハードルが高いし「なんでお前とメシ食わなきゃなんねぇんだ」くらい言って断るだろうと踏んでいた私は動揺して
「池袋だよ?きったない店だよ?」
と今からでもさかもっちゃんが断りやすいような流れを作っても返事は
「俺、一滴も酒飲めないけど入れる?」
という前向きなものだった。
「今日、私18時上がりだけど、さかもっちゃんは?何時上がり?」
「俺19時」
「じゃぁ私仕事上がったら先に池袋行くから、もし来れそうなら連絡してよ」
来るのか半信半疑のまま、念の為初めて連絡先を交換した。
18時。
仕事が終わり、塩辛話以降「お疲れ様です」以外は特にさかもっちゃんと会話もなく私は一人で池袋に向かった。
別に仕事終わりに店舗の外で会ったって悪い事ではないけれど、他の販売員や社員さんに冷やかされたり疑われたりするのは間違いないので、二人共何となく人前ではその事について何も話さなかった。
池袋の駅から少し歩いてサンシャインの裏手を暗がりへ暗がりへと進んで行くと、そこに昭和から続く人世横丁がある。その狭い横丁の一角に、木造の小汚い、本当に小汚いけれど常連さんに愛される私達の憩いの場「摩火鮮菜(まかせんさい)」がある。
ドアを開けると「塩辛が食べ頃だよ」とメールをくれた大将が
「お!あこ来たか!おかえり~」
と言ってくれて、カウンターには今日も知った顔ばかりがずらりと並んでいた。
こんな店はもちろん呑んべえの聖地なので、さかもっちゃんが本当に来るか来ないか分からないけど一応先に下戸が来る事を断っておこうと思い、大将と常連さんに
「後からもしかしたら男の子が一人来るかも。お酒飲めないらしいんだけど、大将の塩辛の話したらとにかく食べてみたいらしくて。なんか、塩辛を食べた事がないんだって。いい?大将、今日、白いご飯ある?」
と大きめの声で周知した。
皆他人にさほど興味がないので、ほ~んとかふ~んとかなんだ彼氏か、とか言いながら大将はお米をチェックしてくれて、何となく店中が「そんな子が来ても驚かない」空気になった。
あっという間に時間は19時を回って、19時20分。
「やっぱ今日はやめとくわ」
そんなメールがそろそろ届くだろう。
そんな事を思いながらビールを飲んでいると、さかもっちゃんから電話がかかって来た。
「もっもしもし!」
電話が来るとは思わず慌てて話すと、電話の向こうからさかもっちゃんの声が聞こえた。
「池袋、着いたんだけど」
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