異動先はロジスティクス
@J2130
第1話 インゲン
「堀さん、インゲンあげるよ…」
吉村さん、昔から知っている物流部パーツセンターの女性から言われた。
「頂きます、いいんですか…」
「いいよ、いいよ、帰りにもってきな…」
物流事務で女性の大山さんも促す。
「好きなだけ持っていって、みんなの家じゃね、売るほどあるんだからね…」
同じく山口さんも笑顔でうなずいている。
ここはあるベビー用品会社の茨城県の物流倉庫。
僕が20年いたシステム室を離れて、ここに異動になってから2か月、慣れてきた。
初めての異動、初めての物流現場勤務。
販売物流系のシステムを担当し組んでいたので、顔見知りも多いし、何度もこちらには来ていたし。
もうフォークリフトの免許もとりました、会社の経費でね。
システム室にいたころは、データだけの動きだったものが、ここではリアルだから、ダイナミックというか、面白い。すごく面白い。
システム室がある技術センタービル内では、
「すぐもどって来られるよ…」
「堀ちゃん、なにしでかした…」
と心配ばかりされていたが、
本社の知り合いからは、
「堀、うまくやったな…」
とうらやましがられた。
新卒で入社してから20年、ずっと同じ部署でシステムの仕事をしていたのだから、“いいかげんにどこかに移させてよ”と嘆くのもおかしくはないと思うのです。
「ぼちぼち動かして下さいよ…」
部長である上司に言ったのが9月。
異動ってだいたい4月か10月ですが、なんと異動のお願いをした翌年の1月4日に内示があり、8日に発表されて、17日に異動となりました。
この会社の異動はね、内示から本当に短いのです。
「いいな~、堀さん、それは異例に早い異動ですよ…」
内部監査室の工藤さんという女性が僕に電話でそう言った。
「そうなの…」
「そうですよ、私なんか何年も前にお願いしているのに、いまだに監査室ですよ」
「へぇ…」
「財務の江田さんも、アパレルの藤川さんもみんな異動願いだしているのに、数年放置ですからね」
「ふ~ん…」
「それに筑波なのも羨ましいな~」
「へぇ…」
後に聞いたが、これは本当に早い異動だったらしい。
「堀君、ずっと同じ部署でがんばっていたし、物流で欲しいとのことだし、早く異動させてやろう」
との温情も入っていたようです。
“羨ましい”
これもすぐにわかることになります。
社内通達が廻ってくるのだけれど、珍しく内容はたった一人の異動の欄だけでした。
「人事通達 堀達也 経営企画部 IT&業務改善室
1/17より 生産物流部 物流管理部 を命ず 」。
終業時間になり、インゲンを頂きに行く。
事務所内にはどこにもそれらしきものはない。
「吉村さ~ん、インゲンどこですか…?」
「えー、ロッカールームにあるから、持ってってね、たくさん」
「は~い」
作業着に着替える場所、私物を置く場所として男女のロッカールームがある。もちろん一人に一つロッカーが用意されている。
作業着、安全靴とか僕は置いてました。
ロッカールームに行く。
ダンボールにいっぱいの、これはなんだ…。
ちょうど吉村さんが男性のロッカールームの前を通りかかる。
「吉村さん、インゲンって…」
そのダンボールを指さし笑いながら、彼女は言った。
「これよこれ!」
ダンボールには黒いビニールの小さい鉢に入った何かしらの植物の苗がたくさん…、たくさんあった。
「堀さん、大丈夫、プランターでも育つから!」
肩をたたかれた。
「いっぱい持っていってね!」
インゲンをあげると言われて、もらったのは
“インゲンの苗”だった。
やっぱりこの異動は面白いぞ!
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