第37話 極東のシノビ一族が村の仲間になる
「おはようございます主殿! ご覧ください! 夜闇に紛れて主殿を暗殺しようとした不逞者を捕らえました!」
ある朝。
いつものように日課のランニングに出かけようとしたところ、玄関前でカエデが待っていた。後ろには、縄でがんじがらめにされた男が転がっている。全身を包む黒装束と、手の甲の紋章。どう見ても、カエデと同じシノビの里の暗殺者だ。
カエデはまるでネズミを捕ってきたネコのように得意げだ。
「どういうことだ……カエデ貴様、里を裏切ったのか」
「裏切ったのではありません。真の主を見つけたのです。メルキス殿は、シノビの里の長のようにギフトで人の価値を決めたり無理やり部下に命を捨てさせるような事はしません。さて主殿、この男はどうしましょう? 処分しますか?」
「ま、待ってくれ! 俺も里長に”刻印魔法”の力で無理やり暗殺を命じられただけなんだ! 俺も貴方に仕えさせてくれ!」
男の手の甲の紋章が光り出す。
「ぐぅ……里長の”刻印魔法”の『メルキスを殺せ』という強制力が働いて……手の甲が焼けるように痛む……!」
「すぐに刻印を上書きします! ”刻印魔法”発動!」
カエデの時と同じように、刻印を上書きする。
「ありがとうございますメルキス殿、いえ主殿……! シノビの里の長の”刻印魔法”を上書きするその技、お見事でございます」
こうして僕に差し向けられた刺客は1人無力化した。
「でも僕の暗殺に失敗した事に気付いて、またシノビの里から新しい刺客が送られてくるんだろうなぁ。僕はカエデに守られているからいいとして、村のみんなが巻き込まれて危ない目に合わないといいけれど……」
「それであれば、私にお任せください主殿。なるべく穏便な方法で、シノビの里に対して手を打ちましょう。ご安心ください。きっと主殿のご意向に沿います」
「わかった、この件はカエデに任せるよ」
「承知いたしました。必ずや主殿のお役に立って見せましょう。行って参ります」
そう言ってカエデは音もなくその場から消えた。
――――――
とある山奥。常に霧が立ち込め、誰も寄り付かない地にあるシノビの里。そこへカエデは帰りついていた。
「モチヅキ家のカエデだ! 只今戻った!」
カエデを、黒装束で身を包んだシノビたちが包囲する。
「よう帰ったのう。愛しい我が孫娘よ」
一番奥から、しゃがれた声の老人が出てきた。
「目をかけてやったというのに、ハズレギフトを引き当てたばかりか里を裏切って暗殺対象に仕えるとは何ごとじゃ。ワシは悲しいぞ」
「里長よ。”刻印魔法”を使って私に命を捨てるよう命令しておいて、『愛しい我が孫娘』とはどの口が言うのですか」
「ふぇっふぇっふぇ。ハズレギフト持ちでもシノビの里のためにその命を少しでも役立てられるのじゃ。お前も本望じゃったろうて」
里長がニヤリと口元を歪める。
「もういいです。里長とは話しても分かり合えません。私が今日ここへ来たのは、貴方を倒して私が里長の座を継ぐため。シノビの里では、長を倒した者が新しい長になるしきたり。里長の孫娘である私ならば、挑戦する資格があるはず。この戦い、受けていただきますよ?」
里長は笑いだす。
「何をいうかと思えば、ワシに勝つつもりか。どうやってワシの”刻印魔法”を消したかは知らんが、1度使えば死ぬハズレギフト持ちのお前など、ワシが相手するまでもない。お前ら、あの裏切り者を始末せい。本当の”ギフト”というものの力を見せてやれ」
「「「御意!!」」」
カエデを囲んでいたシノビ達が、カエデに襲い掛かる。
「シノビとして有用なギフトの力、見せてやる! ギフト”手裏剣巨大化”発動! 死ね、裏切者め!」
1人のシノビが”手裏剣”と呼ばれる投擲武器を放つ。手裏剣は空中で巨大化し、人間の胴体を両断できるほどの大きさになる。
が、カエデはそれを悠々回避。
「ガハッ……!」
逆に、手裏剣を投げたシノビがダメージを受けて倒れる。シノビの体には、5本の手裏剣が刺さっていた。
「手裏剣は、巨大化させずとも急所に当てれば相手を殺すことのできる武器。大きくしたところで、避けやすくなるだけ。そんなギフトよりも、相手の意識の死角を衝いて手裏剣をノーモーションで投げる技術のほうがよほど有用ですよ。ああ、ちゃんと急所は避けてあるので死ぬことはないでしょう。ご安心ください」
カエデを取り囲んでいたシノビ達は、驚きで硬直していた。
「5回手裏剣を投げて、正確に急所を外したのか? ノーモーションで!?」
「誰か、いまカエデが手裏剣を投げるところが見えたか……?」
「1回も見えなかった! 流石元”神童”、ギフト無しでも恐ろしい強さだ」
次のシノビがカエデに襲い掛かる。
「ギフト発動、”実像分身”!」
シノビの体が5つに増える。そして一斉にカエデに襲い掛かるのだが――
「5人に分身しても、1人の戦闘力が弱すぎて意味がないですね」
カエデは手にしたクナイで瞬く間に4人の分身の首を搔き切る。
「嘘だ、ここまで技に差があるなんて……」
元の1人になったシノビは、戦意を喪失してへたり込む。
「だったら私が相手よ! シノビの里最強と言われるギフト”透明化”の前ではどんな技術も無駄よ!」
若い女シノビがそう叫ぶと、女シノビの姿が透き通ってゆく。そして、完全に消えた。
「これでカエデは私を捕らえることはできない。その首、背後から搔き切ってあげ――痛い!」
透明化した女シノビに、手裏剣が正確に突き刺さった。
「姿が見えなくても、気配がまるで消せていませんよ。せっかくのギフトを活かし切れていません。勿体ないです」
「私の気配遮断が下手なんじゃなくて、カエデの気配探知能力が図抜けてるのよ……! せっかくこのギフトでカエデを超えられたと思ったのに……悔しい!」
若い女シノビが倒れる。
「さて、里長。これで私に、里長の座を賭けた戦いに挑む資格があると認めてもらえますか?」
「ふぇっふぇっふぇ。良かろう。ワシのギフトは”刻印魔法”。自分を強化することはできん。だからギフトの使えぬお前でも勝てる……そう思っておるのじゃろう?」
里長が上着を脱ぎ捨てる。すると、老人とは思えぬ鍛え抜かれた肉体が現れた。
「甘いぞ! シノビは生涯現役! 歴代最強と言われたワシの技は、いまだ衰えておらんわ!」
「里長。貴方の技は体に負担がかかります。全力を出すのは止めたほうが良いかと。技は衰えていなくとも、体は衰えるものです。無理をすると命を落としますよ」
「黙れカエデ! 貴様に心配される謂れはないわ! 忍法”火遁の術”!」
里長の掌の上に火球が出現。体内の脂肪を燃焼させ、炎を起こしているのだ。
「さぁ裏切者の我が孫娘よ、灰になるがよ――」
そこで里長の動きが止まる。
「なんだこれは、体が動かん!? こんな忍法――」
「忍法ではありません。私のギフト【毒の化身】を発動しました」
「ば、馬鹿な! 貴様のギフトは一度使えば自分も毒で死ぬはず……!」
「一度私は自分の毒で死の一歩寸前まで近づき、そこを新しい主に助けられました。それによって、自分の毒に免疫ができたのです。そして訓練によって、毒の効果も変えられるようになりました。例えば今は、即死の毒ではなく麻痺毒を使っています」
カエデは顔色一つ変えずにそう言う。一方の里長は毒で指先1つ動かせない。
「……ご自分の炎で焼かれて苦しそうですね、里長。だから止めたほうがいいと申し上げたのに。さて、息絶える前にさっさと私を新しい里長と認めてください」
「…………いいだろう、認めよう。貴様は、新たな里長に相応しい」
周囲にいたシノビ達に驚きが走る。
カエデが毒を解除し、里長は地面に倒れる。体力の消費に加えて自分の炎で焼かれたことで、里長は既に虫の息だった。
「里長。今と形は変わりますが、シノビ一族の更なる繁栄はお約束しましょう」
「ふぇっふぇっふぇ、安心したぞ。……よくやった、さすが我が愛しの孫娘……」
そう言って、里長は息を引き取った。
「主殿には『殺しはしない』と約束してここへ来ました。これは里長が勝手に自滅したのでセーフのはず。私が殺したわけではありません。ノーカン、ノーカン……」
そこで、カエデは辺りのシノビを見渡す。
「里長の最期の言葉を聞きましたね? 私が今日から新しい里長です!」
カエデが高らかに宣言する。
「私は先代里長のように、人の価値をギフトの当たり外れで測ったり、嫌がるものに無理やり暗殺任務をさせたり、命を捨てて任務を果たす命令を下すことはしません。私のやり方に不満があるものがいれば、前へ」
しかし、誰も出るものはいない。
「もう、『敵の拠点に忍び込んで自爆してこい』なんて命令を下される心配をしなくてもいいのか……?」
「私、殺しの任務はもうしたくなかったんです……! よかった、解放された……」
「よかった。ハズレギフトの俺でも、生きていていいんだ!」
里のシノビ達は安心したような顔をする。全員、先代里長に“刻印魔法”の力で無理やり従わされていただけなのだ。
「これから全員、私の主であるメルキス殿に新しい刻印を刻んでもらいます。しかし、安心してください。メルキス殿はとても優しいお方です」
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