第9話 巨乳王女様と同じベッドで一夜を過ごすという過酷な試練


 防壁づくりが終わったときには、既に辺りは薄暗くなってきていた。


 僕は冒険者ギルドに預かってもらっていた、引っ越しの荷物を回収して新居へ向かう。


 この村で僕は、前の領主の邸宅を引き継ぐことになっている。


 あらかじめ聞いていた住所の場所に行くと、田舎の領主として不相応なくらいに大きい屋敷と庭が見えてきた。


 ……そして何故か、明かりがついている。


「なんで明かりが……? まさか、手違いで前の領主がまだ住んで……?」


「あ、メルキスおかえりなさーい! 遅かったね」


 玄関から、勢いよくマリエルが飛び出してきた。


「なんでマリエルが僕の家に!?」


「あれ、言ってなかったっけ? 私も当然ここに住むよ?」


「聞いてない!」


「婚約者同士なんだから、同棲くらいしても何も問題ないよね?」


 確かに問題ないと言えばないのかもしれないけれど、心の準備ができていない。


「でも、父上(国王)には、同棲することは内緒にしてあるからね。メルキスも口裏は合わせておいてね」


 といってマリエルは人差し指を唇に当てる。


 ……国王陛下にバレたら、もしかしてこれめちゃくちゃ怒られるのではなかろうか。


「家具は私の方で一式用意しておいたよ。使いづらいものなんかがあれば、買い直すから相談してね。メイドも2人、私の方で雇って連れてきているよ」


 玄関にいた2人のメイドがうやうやしく頭を下げる。


「それじゃ早速、夕食にしようよ」


 ダイニングでは、既に大理石のテーブルの上に暖かい料理が並んでいた。


「こうして自分の家に帰ってきたらマリエルがいて、一緒にごはんを食べられるなんて嬉しいな。なんだか新婚みたいだ」


「ししし新婚!?」


 椅子からマリエルが転げ落ちる。顔が真っ赤だ。やはり風邪なのではないだろうか。安静にしてほしい。


 引っ越し作業はまだ続いているらしく、食事中も商業ギルドの運送員さんが荷物を運び込む音が続いていた。


 ――そして夕食を終えたころ、事件は起きた。


”ズドド! ゴン! メキメキィ!”


 何か重いものが、滑り落ち、ぶつかり、壊れる音がした。


 慌てて音のした方を見に行くと、階段の下で高級そうな木製のベッドが無残に壊れていた。どうやら運送員さんが手を滑らせてベッドを階段から落としてしまったらしい。


 幸い、誰にも怪我はないようだ。僕は胸をなでおろす。


「「申し訳ございません、マリエル様! すぐに新しいものを手配いたします!!」」


 運送員さんが顔を真っ青にして何度も頭を下げる。


 するとマリエルは、


「でかしたよ!」


「「……へ?」」


「こほん! 何でもない! 壊れちゃったものは仕方ないよ。気にしないで。新しいベッドの手配もゆっくりでいいよ。ゆっくりで」


 マリエルは元々優しいが、今日は特に優しい。まさか文句ひとつ言わないとは。


「これは願ってもないチャンス……自然な流れで一緒に……うん、いけるいける……」


 そして、なぜかとても落ち着かなさそうにソワソワしている。


 水浴びを済ませて寝室に行くと、ベッドに部屋着姿のマリエルが腰掛けていた。


「ほら、ベッドが1つ壊れちゃったからさ……。ベッド半分貸してよ。し、仕方ないじゃん事故なんだから!」


 マリエルが、僕と同じベッドで寝るだと!?


 そんな、そんなことって――!


 いや、落ち着け僕。この程度で心を乱されるとは、僕もまだまだ未熟だ。


 わかっている。当然、これも試練だ。


 ――ロードベルグ伯爵家の教え其の84。『どんな状況でも、冷静さを失うな』。


 これは『如何に誘惑の多い状態でも心を乱さない』という修行なのだ。この状況で動揺して寝付けないような未熟者は、ロードベルグ家に相応しくないということなのだろう。


 そしてもし仮に、マリエルに手を出そうとしたならばどうなるか……!


『メルキス、そんなことしようとするなんて見損なったよ。サイテー。父上に頼んで婚約も解消してもらうから。あと、私の前に二度と現れないで』


『こんの馬鹿息子ぉ! 婚約者とはいえ結婚前の女子に手を出そうとするとは何という俗物だ! お前などロードベルグ家から追放だ!』


『メルキス君、我が娘に手を出そうとしたな! 許さんぞ、国家反逆罪で処刑じゃ! 誰かギロチン持ってこーい!』


 となること間違いなし。


 ……だが問題ない。この試練、絶対に乗り越えて見せる。


「メルキス……やっぱり(一緒に寝るなんて)嫌だよね……?」


「いや、(試練を)全力で受けて立とう」


「ぴぇ!?」


 本日3度目の蒸気を頭から噴き出すマリエル。うーむ、結構重い風邪かもしれない。早く寝て元気になってもらわないと。


「さぁ、早く布団に入って」


「…………うん。よろしくおねがいしましゅ……」


 マリエルは恐る恐る布団に入る。


「ねぇメルキス、こういうことは経験あるの……?」


 マリエルがこっちに寄って来て、耳元でささやく。


 『こういうこと』? 領地経営のことだろうか?


「いや、無いよ。だから正直不安だけど、同時にワクワクもしている」


「ワクワク!? へぇ、メルキスもそういう感じなんだ……意外と積極的……」


「授かったギフト【根源魔法】も使って、どんな領地経営ことができるか試してみたいんだ」


「待って、あのむちゃくちゃ強いメルキスの才能ギフト使っちゃうの!? こんなことに!?」


「”こんなこと”、じゃない。とても大事なことだ」


「そ、そう……だよね大事なことだよね」


 うん、村の発展はとても大事なことだ。


「だから、才能(ギフト)の力をガンガン使っていこうと思う」


「ガンガン使う!?」


「そしてバリバリ(成果を)出したい」


「バリバリ出したい!?」


「僕はロードベルグ家で、力には義務が伴うと教えられてきた。才能ギフトという力を手にしたら、正しく使う義務があると思うんだ」


「何を教えてるのさロードベルグ家は!」


「よーし、父上に認めてもらえるよう、頑張るぞ!」


「ちょちょちょちょっと、こんなことお父さんに報告しないでよね?! 恥ずかしいよ!!」


 何故だ? 村が発展して恥ずかしいことなど何もないと思うのだが。


「僕は必ず、(村人達を)幸せにして見せる」


「うん、分かった。……いっぱい幸せにしてね?」


 マリエルが目を閉じてこちらに顔を向けてくる。


 もちろん、マリエルもこの村の住人の1人だ。幸せにしてみせる。


 ――――というわけで。


 寝るか。


 明日も朝から領地経営の仕事だ。休みはしっかりとらなくては。


 領地経営の知識があるマリエルが一緒で本当に心強いなぁ、などと考えていると、マリエルの方からなにやらシュルシュルと布がすれるような音がする。


 服を脱いでいる音のように聞こえるが、そんなわけあるわけないしなぁ。


「メルキスの体、昔に比べてずっとたくましくなったよね……」


 マリエルがこっちに来て、僕の腹の上に頬を乗せる。やわらかい手のひらが、服の上から僕の腹筋を撫でまわす。


 うーむ、僕の精神を揺さぶると同時に、筋肉の付き方をチェックされている。毎日の筋力トレーニングをサボったら父上に報告されるわけだな。


「え、えいっ」


 マリエルが思い切ったように、僕の上にのしかかってくる。柔らかい感触が皮膚を通じて僕を襲う。マリエルの豊満な胸が僕の胸の上に乗って潰れているのがはっきりと分かってしまう。


 しかも、何故かマリエルの体の柔らかさと体温がかなりダイレクトに伝わってくる。まるで、マリエルが服を着ていないかのようだ。そんなわけないけどね。布団を被っているので目視では確認できないけれど。


 ――さて、明日も早いし今度こそ寝付くか。僕は精神を乱さないことに集中する。


「……あれ、メルキスもしかして寝ちゃったの?」


 マリエルが耳元でささやくが、僕は精神統一に集中する。


「メルキスと一緒にいると、すっごく落ち着く……」


 今度はマリエルが僕の胸に顔をうずめてささやく。なぜか、いいにおいがするような気もする。


 本当は今すぐ可愛いその頭を撫でたり、小柄な体を抱きしめ返したりしたいが、そんなことをしたら試練失敗だ。


 そんなことをしたら――


 そんなことをしたら――――


 僕は本当に実家から追放されてしまう!


 実家追放なんてされたくない!


 これまでで一番過酷な試練だが、何としても乗り切って見せる。


 僕はそう決意を固め、集中してなんとか眠りにつくことができたのだった。


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