第48話

「サーティーの母親もやり手よね。実の娘に自分の生業いきごうを宿すなんて」

カラッダに至る山道を歩きながら私はアムリタと話している。


あの夜の翌朝、晴れて私達はカラッダに立ち入る許可をブラハマンから取り付けた。結局彼とは会うことは出来なかったが、私の約束が叶うのはもう目と鼻の先だ。

「そりゃー化物クラスの思業使いを二人も体の中に宿していたら体はパンクしちゃうっていうわけよ。安心したわ」

「ん?何にだ?」

「そりゃー私がまだまだ最強ってことによ。えーっと、それで、なんでアンタがついてきてんのよ」

「シャーキ様からのご命令ですもの、無碍には出来ません」

私の両脇にいるのは二人の小娘。

「なあ、サーティー監視役っていうのはもうだいぶ前に終わったんじゃなかったか?」

「何言ってるんですか、卿様!二日前ですよ!」

そう言ってサーティーは私の左腕に抱きついてきた。

(ちょっと待て!!意外と積極的なんだな!!そうじゃない!無我無我無我)

「ちょっと!私の卿に何してんのよ!そういうのは本来、私のポジションなの!」

アムリタの言葉を無視する。

「昨晩は本当にありがとうございました。皆の私を見る目はきっと変わらないけれど。まだ私、なんとか頑張っていけそうです」

「そう言ってもらえて俺も嬉しいよ。仕事のしがいがあるってもんだ」

「黙りなさい!スケ煩!あんたの仕事は年頃の女から仕事を引き受けることだけなの!?」

(お前が黙れこの馬鹿力)

「あー!馬鹿って行ったほうが馬鹿だもーん!!」



くだらないやり取りをしていると私達はカラッダの大祭壇にたどり着いた。

「アムリタ様、やはり行ってしまわれるんですね……」

「ちょっとお家に帰るだけよ。また気が向いたらこっちに来るわ」


「アムリタ……俺はこういう時なんて言えばいいかわからない……また会いたいと言うべきか、それとも元気でというべきか」

「どっちでも一緒よ。私はどこでも元気でやれるし。それにまたきっと会えるわ。私が行ったらその薄汚い修行衣の中を見て。あっ、今見るのは禁止だからね!」

「わかってるさ、そんなこと」

「卿。私もあなたについてすべて知っているわけでもないし、何か知ろうとしたこともない。でもその腕を信じて。あなたには普通の人にはないなにかがある。それは徳でも正義感でもない。ただ純粋な。そう純粋な……」

「何なんだ。純粋な何だ?」

「それをここで言うのはルール違反よ。ねぇサーティー」

「えっ!私ですか!?......まあ、私もそう思います」

「また隠し事かよ」

「じゃあ、今度合った時、教えてあげるってことで」

「それって……」


祭壇が光り輝き始める。

一度見たことのある懐かしい光景。

その光を受けてアムリタは輝く。

全ての美を反射して。

この世の全ての美。愛も正義も酷も怨も全てをつめこんだ美を反射して。


その眩さに眼が眩む。

じっと目を閉じた。

聞こえてきた。アムリタの声が。


《またね》



カラッダの野の上。私はサーティーと二人きり取り残された。

「卿様、紙、確認しましょう」

「…………ああ……」


服をそこら中引っ掻き回してやっと紙が落ちてきた。

「手紙、ですね」

「開けてみよう」


『卿へ

 私ともう一度会いたいって言ってくれるのなら、カラッダの陽冥の大祭壇の中に眠るヴェーダを探してみて。

 太陽の光を浴びて漆黒に輝くこの祭壇が私の故郷。

 そこには私の大きな秘密が記されているわ。

 あと、サーティーにかまけてる暇があったら全力で私を迎えに来なさい。今度はその小娘ごと封印してやるんだから!』


「失礼な方ですね」

「いつものことだ」

「行くんですか?」

「ああ、もちろんだ」



祭壇の台座の部分には部屋があるのは見て取れた。(最初はそれがアムリタの家かと疑ったほど大きな門がついている)



「これじゃないですか?」

「見つけたのか?」

「はい」

「見せてくれ」

「ちょっとまってください」

(ああ、そうかこの暗い部屋だとあんまり見れないか)

《光よ、来たれ》

サーティーの手からボワッと光が顕れた。その光に照らされてサーティーのしたり顔が見える。


『陽冥詩


 意志の乙女は加羅陀カラッダの地に眠り、その目覚めを待つ。

 百年、千年、その無限の時間ときを死へと向かう。

 朝陽を迎えた秘石の祭壇に聖者は集い、夕冥の詩を捧ぐ。


 陽冥、それは死と生の極点であり同時に狭間。

 無限の生と無限の死を無限に行き来する乙女の形。


 生を生き、死を死ぬ。これ衆生なり。

 生を死に、死を生く。これ巖なり。』

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