第10話

「信じられねぇーよ。本当に」


そう呟く大志に恵子は無言で同意した。


ほかのみんなも一様に神妙な面持ちで席についている。


今みんなが集まっているのは時見養護施設の一室、大志と響が使用している寝室だ。


時見養護施設には全部で七つの子供用の寝室が有り、小学生組は二人一部屋、中学生の大口大介と青渕栄絵のみ一人部屋という組み合わせになっている。


このような部屋割りになったのは同年代の方が過ごしやすいだろう配慮と中学生の男女を同じ部屋にはできないという良識からであった。


そして恵子たち小学四年生組はよく同じ部屋に集まってこのような密談をしていた。


密談といっても内容はたわいもない今日の宿題をみんなでやったり、ゲームや噂話、時には学校の先生の悪口を少しばかり言い合う程度のもの、だから今日のような真面目な話の方が珍しい。


「いったい誰だったの犯人?」


「知らないよ、先生たち教えてくれないし。教えれるわけ無いだろうけどさ」


「本当に生徒が犯人だったの?」


「そう噂で聞いただけ」


「なにそれ?よくそんなデタラメ信じたわね」


「それはどうかな?」


恵子の言葉に大志は不敵な笑みを浮かべた。


「なに、気持ち悪いな」


「火のないところに煙はたたないって言うだろ。この話を聞いたあとさ俺も誰が犯人かが気になって司と一緒に全学年を調べてみたんだ」


「よくやる。アンタもアンタだけど響もよく付き合うね」


ちらりと響の方を見るとなぜかはにかんでいた。


別に褒めたわけじゃなかったんだけど・・・。


その行動力をもう少しほかのところにも回せばいいのに恵子は少し呆れた。


「話の腰をおるなよー。それでさ、いたんだよこの噂を聞いた二日前から欠席している生徒が三年生に三人」


「その子達が犯人だって?」


「それは分かんないけどさ、タイミングが良すぎるだろ。絶対何かあるって!」


「けど仮にその三人が犯人だとしても僕たちが知ることができないならここでいくら話しても無駄じゃない。事件も解決したみたいだしさ」


慶介に冷静な意見を述べられた大志は熱が冷めたかの如く口を閉ざす。


こと論争においては熱血な大志と冷静な慶介ではどうしても事実だけを述べる慶介に言い負けてしまう。


だからいつもオーバヒートする大志の冷却作用の役割を慶介がしてくれるのだ。




「けど犯人どうしてあんなことやったんだろう?」


まったくもって訳が分からないという面持ちで百合は誰もが気になっていた話題を切り出した。


そう、何を思って犯人はあそこまで酷いことをしたのだろうかという疑問。


自分たちと同じ小学生の子供があのような凶行を行ったその動機、みんなはそれが一体なんだったのかが気になった。


どれだけの思いがあれば人はあそこまで異常な行動が取れるのかと。


そう人は時として思いがけないほど恐ろしい行動に出る、本当に自分たちと同じ人間なのかと疑わしく思うほど残忍な顔を見せる。


彼らはそれを身を持って体験していた。


だからこそ知りたいと思ったのだろう、自分たちと同じ小学校に通っていた子が犯したこの行為、そこにはきっとどうしようもない事情があったんだと信じて。


そう、あの院長のように。




「鶏が嫌いだったとか?」


「それで殺すって、どんだけだよ」


「鶏肉が欲しかったんじゃない?」


「スーパーで買えるだろ」


「なんかの事故とか?」


「鶏みんな死んでたのが事故?」


そんな、口論をする中、修がポツリと言葉を発した。


「楽しかったからじゃない?」


「は?」


「だから、鶏を殺すのが楽しそうだった、だから殺した理由なんてそれだけじゃないの?」


「そんなわけないじゃん」


まっさきに否定したのは恵子だった。


「なんで?」


「なんでって、当たり前でしょ!そんな理由で、ありえないよ」


「ありえるよ!」


今度は修が否定をする。


「ありえるんだよ。だって俺の親を殺した犯人がそうだったから」


「え?」


「みんなだってわかっているんだろ!世の中にはそんなヤツだっているんだよ!」


「お、落ち着けよ、修」


「そうだよ!世の中、おかしいんだ!みんな、みんなが俺たちを苦しめる」


修はなおもわめき散らす中、百合が声を荒げた。


「みんな!恵子ちゃんが!!」


百合の声に驚きながら見ると恵子が苦しそうに胸を抑えながら喘いでいた。


「違う、そんなことない・・・そんなこと」


「おい!修、もうよせ!!」


すぐさま行動に出たのは大志だった。


恵子へと駆け寄り、修を口止めする。


「恵子、大丈夫か!」


「違うよ、だっていってたもん。本当は世界は優しんだって。院長言ってたもん」


うわごとのように何度もその言葉を繰り返す恵子。


『世界は優しい』それは院長、時見早子が生前、口癖のように子供たちに聞かせていたことだった。




「ねぇ、なんで僕たちは不幸なのかな?」


それはいつだったろうか、響が早子に訪ねた事柄だった。


思いがけない質問だったためか早子はしばらく何を口にしたらいいかしばし思案するような素振りを見せたがやがて優しく微笑みながらこういった。


「不幸に幸せが隠れている、幸せはどこにでもある」


「え?なにそれ」


「ふふ、いまの貴方たちのことよ」


意味が分からずみんな揃って首をかしげる。


「確かに世の中には悲しいこと辛いこともあるわ、けど本当にそれだけかしら?気づいてないだけで幸せってどこにでもあるのよ」


「どうゆうこと?」


恵子が聞いた。


「司くんは自分たちが不幸だって言ったけど、それは今もそうなの?確かにあなたたちはとても辛い体験をした、それは私もよく知ってるわ。けど、ここには同じような経験をした仲間がこんなにいる、みんなと一緒にいることを不幸だって思ったことがある?」


ふるふると首を振る一同、それを見て早子は満足げに頷く。


「みんな忘れないで、幸せは探せばどこにでもあるものなのよ。世界は本当は優しいものだから」


あの時の院長の優しい顔は今でも忘れることができない。




「うん、そうだよ世界は優しい。だから大丈夫だよ恵子ちゃん」


泣きじゃくる子供をあやすように優しく恵子の頭を撫でる百合。


そのさまはまるで聖母のようなある種の神々しさを放っていた。




「ところで、そろそろ部屋に帰らない?」


ふと、思い出したように慶介が言った。


皆もその言葉につられるように時計を見る。


時刻は二十一時五十分。


二十二時からは見回りが始まる。


この時間、部屋に誰もいないのは確かにまずいだろう。




「そうだね、今日はもう帰ろう」


百合もそれに賛同した。


どちらにせよこの状況じゃもう話を続けようってことにもならないだろう。


「そうだな。修もこの話はもういいだろ」


大志の言葉に修も軽く頷く。


「よし、じゃあ今日は解散。くれぐれもバレないように帰れよ」


その言葉にぞろぞろと部屋から出ていく子供達、その中のひとり百合に大志は小声で話しかける。


「百合、恵子のことなんだけど、その心配だからさ。あの」


言いにくそうによどむ太志に百合は微笑む。


「恵子ちゃんのことは任せて。大丈夫だから」


「うん」


「でも意外だね」


「なにが?」


「太志くんこうゆう時は恵子ちゃんに優しんだ」


その言葉に大志はたちまち赤面する。


「ば、馬鹿言うな。そんなんじゃないし。とりあえず頼んだから」


顔を真っ赤にしながらそれだけ告げると大志は乱暴に扉を閉めた。




「どうかした?」


部屋の中にいた響きは驚いた様子で訪ねてくる。


自覚はなかったがよほど激しく扉を閉めたようだった。


「別に」


そんな心の乱れを悟らせないように大志はそっぽを向きながら答え、自分の机の椅子に座った。


子供達に与えられた寝室は校舎を改造しただけあってなかなか広い。


少なくとも先ほどのように子供たちが六人入っても問題ないほどの広さを持っている。


けれどその割にはこの部屋の内装はかなり質素であった。


あるのは二段ベットと二人の勉強机、衣類をしまう木製の箪笥に本棚そのくらいである。


机の上には学校の教材が並んでおり本棚には数冊の漫画とDSが置かれていた。


私物はそれだけ。


部屋の電気も蛍光灯という少し変わったもの。


これは学校だった頃の名残なのだろう。


今時の小学生にしては少々地味さが漂うが共同生活、おまけに相部屋ということを考えるとこんなものなのかもしれない。


なんせ、共同生活においては協調性が第一、あまり自己主張が激しいのはこの場においてはあまり適切ではないのかもしれない彼らは子供ながらにしてそれを感じ取り結果子供らしからぬ遠慮を覚えるようになってしまった。




そんな質素な部屋にある二脚の椅子のうちのひとつに大志は腰を下ろした。


「さっきの話だけどさ」


「うん?」


大志が顔を向けると響はいつになく深刻そうな顔をしていた。


「どうしたんだよ司、暗い顔して」


「世界は優しいって話」


「ああ、それが?」


「僕は恵子ちゃんじゃなくて修の意見に賛成だよ。世の中にはどうしようもない奴もいるんだと思う」


「そっか。司がそう思うならそれでいいんじゃないか。どうして俺にそんなことを?」


大志は悲しそうな表情で尋ねる。


「大志は恵子ちゃんと同意見なんだろ。態度見ればわかるよ。けど僕はさっきみたいな言い争いしたくないから今のうちに言っとく」


びくつきながらしゃべる響、彼なりに勇気を振り絞っているようだ。


そんな響に大志は深くため息をつきながら返答をする。


「別に俺だって恵子と修どっちが正しいかなんてわからないさ。あの時は修の言い方が乱暴だったからで」


「そうなんだ」


ホッとしたように響は微笑む。


「そうだよね、わかんないよこんなこと」


「うん」


「だけど僕は院長のあの言葉は信じたいと思うんだ」


「うん」


「今がそうじゃなくてもいずれそうなればいいそうしようと思うんだ」


「そっか、そうだな。それがいいな」


そんな会話をしたあと二人は眠りについた。

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