カタリナさんがデレるわけ 07

「……お、お腹触る!?(な、な、なに!? どゆこと!? なによいきなり!?)」


 腹を押さえて、ギョッと身構えるカタリナ。


 あまりに驚きすぎたのか、イントネーションが「オナカ・サワル」みたいな人名っぽくなってしまっている。


 明らかに誤解されていると思った俺は、即座に弁明した。


「ち、違う! べつにイカガワシイことをしようってわけじゃなくてだな! いつも使ってる杖をなくしちまって、直接患部を触らないと魔術の効力が弱くなるんだ!」


 通常、回復魔術は直接患部に触れる必要はないが、それは杖につけてある魔導石で魔術効力を高めているからなのだ。


「ま、魔術効力?」


 カタリナはぽかんと目を丸くする。


「……な、なるほど。そ、そ、そういうことね。それなら、しかたない……わね(でも、優しくしてね? 痛くしたりしないよね?)」


「……」


 閉口してしまった。


 またしても違う方向に誤解してないか?


 傷を治療するんだから、優しくするに決まってるだろ。


「と、とにかく、失礼……します」


 妙にかしこまってしまった俺は、ゆっくりとカタリナの腹部に手を伸ばす。


 そして、指先がカタリナに触れそうになったとき──。


「あっ……」


 カタリナが突然声を上げた。


 俺は慌てて手を引っ込める。


「な、何?」


「あ、いや……服は……着たままでいいんだよね?」


「ふ、服!? だだだ、大丈夫!」


 むしろ脱いだら色々とマズい。


 なんていうか、俺が!


「……わ、わかった」


 カタリナは小さく頷くと、両手を後ろについて、「どうぞ」と腰をぐいっとこっちに差し出てきた。


 必死に恥ずかしさを耐えているのか、そむけた顔は真っ赤になっている。


 ゴクリと唾を飲み込んでしまった。


 なんだかエロいことをしているような気がして……ええい、余計なことを考えるな俺! これはただの医療行為だ!


 そして、おずおずと伸ばした俺の指が、カタリナの腹部に触れて──


「ひゃ……ん」


 ──カタリナの口から色っぽい声が漏れ出した。


 俺の顔が爆発すると同時に、カタリナも慌てて両手で口を塞ぐ。

 

「ご、ごめん。変な声出た。……き、き、気にせず続けてどうぞ」


「お、おう」


 冷静に返す俺だったが、頭の中は大パニックだった。


 そんな声だされて、冷静に続けられるかあああああっ!


 手汗がやばいし、色々と気になって魔術のイメージに集中できないんですけど!


「す〜……は〜……」


 深呼吸して心を落ち着かせる。


 そして、魔術のイメージを組み、カタリナの腹にそっと手を添える。


 いつものように、焼けた村に美しい草花が咲いて──あ、服の上からでも、柔らかい肌の感触がわかる──少しづつ村が鮮やかになって──薄い布地を介して触るのって、それはそれでなんだかエロいな──やがて美しい平原になって──いやむしろ、直接触るよりこっちのほうが──。


 あああああ、もうっ!


 畜生! 煩悩が、紛れ込んでくるっ!


「……あの、ごめんね、ピュイくん」


 もんもんとしていた俺の耳を、カタリナの声がふわっとなでてきた。


 はっとしてカタリナを見ると、彼女はじっと俺を見ていた。


「え? ごめんって、な、何が?」


「その肩」


 カタリナが見ていたのは、俺の肩の傷だった。


 ここに落りる前に、ヴァンパイア・バットに噛みつかれた傷だ。


「ああ、これか。傷はそんな深くないから大丈夫だ」


「そういうことじゃなくて、モンスターが近くに来てたのに気づけなかった」


 しゅんと肩を落とすカタリナ。


 確かにあのとき、俺もカタリナもヴァンパイア・バットが近づいていることに気が付かなかった。


 だけど、あれはどうやっても防ぎようの無い事故みたいなものだった。


「完全に不意打ちだったから、気に病むことはないと思うぞ。それに、周囲警戒は後衛の俺の役目でもあるし、カタリナだけのせいじゃない」


「でも……」


「だから気にすんなって。仮にカタリナだけの役目だったとしても、こんなの失敗でもなんでもないから」


「そう……なのかな?」


 カタリナが不安げに俺を見る。


「そうだ。失敗っていうのは、そうだな……例えば、俺の魔術の師匠は、『聡慧(そうけい)の魔術師』なんて二つ名をもつくらいに優れた魔術師だったけど、ヤバい性格のせいで、しょっちゅうトラブルを作ってた。命の危険を伴うような、ヤバいやつだ」


 性格というか、性癖なのだが。


「……それは、なんていうか、大変だったのね?」


「ああ、メチャクチャ大変だった。何度注意しても、同じことを繰り返してたからな。失敗っていうのは師匠のトラブルみたいな『同じ過ちを繰り返すこと』を言うんだと俺は思う。だから、次回に活かそうとしてるカタリナのは失敗じゃない」


「ピュイくん……」


「……ま、まぁ、失敗を多発してる俺が言っても説得力はないんだけどさ?」


 依頼が終わったあと、毎回のようにカタリナと反省会をしているくらいだし。


 まさに「お前が言うな」だ。


「……ふふ、そうね」


 ようやくカタリナが笑ってくれた。


「説得力は皆無だわ。お師匠さんも、あなただけには言われたくないでしょうね」


「相変わらずの塩対応、ありがとうございます」


 なんだか嬉しくなってしまった。


 しおらしいカタリナもいいけど、いつもの辛辣モードのカタリナを見ると安心するな。


「あの、ピュイくん?」


 カタリナの言葉でふと我に返った。


「そろそろ、良いんじゃない?」


「……あ」


 彼女の腹部に当てている俺の手が、翠色に輝いていることに気づく。


 どうやらキュアヒールが発動したようだ。


 俺はさっと手をひっこめる。


「わ、悪い」


「ううん……ありがとう(もっと触っててほしいくらいだし……って、何言ってるのよ、わたし……っ!)」


 本当だよ!


 色々とはかどってしまうから、やめてもらせませんかそういうの!


「……よし」


 カタリナは立ち上がると、軽く体をストレッチしはじめる。


「大丈夫そうか?」


「うん、行けると思う」

 

 そして、落ちていた剣を拾って、俺に尋ねてくる。


「それで、どうしようか? 一旦、街に帰還する?」


「いや、依頼をつづけよう」


 順調にヴァンパイア・バットを2匹討伐して白銀鋼も手に入れたとはいえ、だいぶ時間をロスしてしまった。


 魔力は少々こころもとないけど、街に戻ってる余裕はない。 


「絶対、試験を受けるからな?」


 俺はカタリナを見て、改めてその言葉を口にした。


 お前のために、とは心の中で。


「……うん、ありがとう」


 カタリナは頬を赤らめながら、小さくこくりと頷いた。




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