カタリナさんがデレるわけ 05

「カタリナ、ちょっと待ってくれ」


 それを見つけた瞬間、俺は前を歩くカタリナに声をかけた。


 壁面から露出していたのは、鋼のように固くて銀のように美しく、決して輝きを失うことがない白銀鋼(ミスリル)鉱だった。


 白銀鋼は武具の生成や、魔道具の生成に重宝されている希少鉱石で、今回受けた採取依頼で納品できるはず。


「運がいいぞ。これでひとつ依頼を完了できる」


 洞窟に入って、まだ30分も経ってない。


 この調子で行けば、余裕で5つの依頼をクリアできるかもしれない。


「じゃあ、わたしが手元を照らしててあげる」


「ああ、頼む」


 カタリナに松明を渡してから、携帯していた小型の採掘用ピックとハンマーを取り出した。


 ピックの先を鉱石の隙間に入れ込んで、ハンマーを叩きつける。


 あまり強く叩きすぎると崩落を誘発させてしまいそうだったので、控え目に。


 しばらく小気味よい金槌音がリズミカルに響いたが、何度叩いても白銀鋼が取れる気配はなかった。


 ちょっと時間がかかり過ぎかもしれないな。


 そう思ったとき、直ぐ側にカタリナの気配がした。


「代わって。わたしがやるわ」


「大丈夫だよ。こういうのは、頭を使ってやるもんなんだ」


「頭が使えてないから取れてないんでしょ」


「……うぐ」


 ド正論にぐうの音も出ない。


「とにかく、そのピックとハンマーを貸して」


「だから、大丈夫だって。ここは俺に任せろ」


「時間の無駄。はやくしないとモンスターが来ちゃうでしょ?」


「すぐ終わるから」


 掘削具を奪おうとするカタリナと、それを阻止しようとする俺。


 やいのやいのと悶着をはじめる俺たちだったが、不意にぴたりと動きが止まった。


 強引に奪おうとしたカタリナと、恋人繋ぎみたいに両手を握り合う格好になってしまったからだ。


「あ」


「う」


 顔を見合わせたまま、赤面する俺たち。


 胸中で「薄暗い場所だから、不可抗力!」と言い訳をしたけれど、胸の高鳴りが止まらない。


 こんなことでドキドキするなんて、俺は子供か! と自分にツッコミを入れてしまったが、カタリナも同レベルだった。


(はわわ……ピュイくんの手、握っちゃった。しかも恋人みたいな繋ぎ方ぁぁああ)


 顔から火が出そうだった。


 心の声とはいえ、実際に言葉にされると恥ずかしさがヤバい。


「ええと。すまん」


「わ、わたしこそ……」


 俺たちは、そっと両手を離す。


 そして居心地が悪い雰囲気を引きずらせながら、採掘具をカタリナに手渡した。


 カタリナは無言でそれを受け取ると、おもむろに掘削作業をはじめる。


 しばし、カンカンと金槌の音が響く。


 心を落ち着けさせるために少し距離を取りたかったけれど、カタリナの手元を松明で照らす必要があったので、そばを離れるわけにはいかなかった。


 周りが静か過ぎるので、カタリナの息づかいが妙に耳を撫でてくる。


 なんだか、凄い気まずい。


 死んでしまいたいくらい気まずい。


「……カタリナって、昔からそんなに強かったのか?」


「っ!?」


 気持ちを紛らわすために他愛もない話を振ってみた。


 瞬間、カタリナが素早い動きでババッと耳を手で押さえる。


「と、とと、突然、何の話よ? (いきなり耳元で囁かないでよっ! わたし、耳が性感帯なんだから!)」


 突然の性感帯暴露に、吹き出しそうになってしまった。


「わ、悪い。ただの昔話だよ」


「……昔話?」


 カタリナは顔を赤らめたまま唇を尖らせ、「こんなときに何よ」と怪訝そうな顔をする。


「いや、なんつーか、子供のときからそんなに強かったのかって思ってさ」


「……」


 カタリナは何も答えないまま、再び作業をはじめた。


 雰囲気的に、これ以上突っ込めなさそうだったので、俺も口を閉ざした。


 これは、聞いちゃまずい話だったか?


 そう思って、心の声を聞いてみたが──


(なんて説明すればいいのかな……)


 どうやら、答えに窮していたいただけらしい。


 俺はカタリナの返答を待ちつつ、松明で彼女の手元を照らしつづける。


 やがて、ボコッと白銀鉱が壁から引き剥がされた。


 カタリナが視線をそらしたまま鉱石を差し出してきたので、礼を言ってありがたく受け取り、ポーチの中にしまった。


「……子供の頃は、何の取り柄もなかったわ。剣術の皆伝認定されたのも最近だし」


 カタリナがぽつりと口を開いた。


 どうやら、先程の昔話の続きらしい。


 俺はすかさず聞き返す。


「皆伝ってことは、誰かに師事していたのか?」


「そうね。お父様の知り合いにいくつも道場を持ってる剣術士の先生がいて、ずっと教わってた」


 お父様って、亡くなった父親のことか。


 やっぱり藪蛇な質問をしてしまったかもしれないと思った俺は、少し話題をそらすことにした。


「なんでそんな苦労してまで剣士になろうと思ったんだ?」


「有名になりたくて」


 ふと、カタリナを見る。


「有名? お前が?」


「そうよ。悪い?」


「い、いや、悪くはないけど」


 睨まれてしまい、慌ててカタリナから掘削具を受け取った。


 悪くはないけど、どうして? というのが正直なところだった。


 普段のカタリナを見ていると、名声に執着しているようには思えない。


 亡き家族のために家を再興するつもりなのだろうか……と思ったが、父親の存命中から剣を鍛えていたなら、そういうことでもなさそうだ。


 どうにも気になった俺は、こっそりカタリナの心の声を盗み聞きする。


(有名になったら、ピュイくんに会えると思ったから)


「……え?」


「な、何よ?」


 カタリナがギョッと目を見張る。


「あ、いや、なんでもない」


 俺はパッと目をそらした。


 危ない。つい心の声に反応してしまった。


 しかし、一体どういう意味だろう。


 有名になることと俺に会うことに、何のつながりがあるんだろうか。


 AAクラスのカタリナに会いたいというならまだしも、一介の底辺冒険者の俺に会ために名を挙げる必要なんてない。


 いや、そもそも、なんで俺なんかに会う必要がある?


 そういえば、とカタリナが俺に「パーティに入れてくれ」と頼み込んできたときのことを思い出した。


 心の中がデレまくっていたので、「前にどこかで会ったか」と尋ねたら、カタリナは「以前に一度だけ」と答えていたっけ。


 これまでに笑うドラゴンをやめたメンバーはいないし、以前に会ったことがあるとすれば、俺が短期間所属したパーティか、臨時で参加したパーティだろう。


 そこで俺と出会ったカタリナは、なにかの理由で俺を探していた。


 でも──何のために?


「なぁ、カタリナ。俺とお前って、前にどこかで会ったことがないか?」


 俺は慎重に言葉を選んでそう尋ねた。


 俺とカタリナが以前にどこかで会っていることは、心の声を聞いてないかぎり知り得ない事実だからだ。


「……ど、どういう意味?」


 カタリナが目を丸くした。


「い、いや、変な話なんだけどさ。なんだか、そんな気がして」


 しばし、俺とカタリナの間に沈黙が流れる。

 

「わたしとピュイくんは──」


 と、カタリナが口を開いたときだった。 


 突然、俺の背後から、何かが飛びかかってきた。


「……っ!?」


 強烈な力で背中から押された俺は、壁面に顔を打ち付けられる。


 壁に激突した右頬と同時に、右肩に激痛が走った。


「うぐ……っ!?」


「ピュイくん!?」


 激しい痛みで一瞬意識が飛びかけてしまったが、咄嗟に手にしていたピックを背中の何かに突き刺した。


 甲高い奇声が上がり、俺の背中から何かが飛び立つ。


 松明の明かりに照らされたのは、醜いコウモリだった。


「くそっ! ヴァンパイア・バットだ……っ!」


 多分、先程仕留めたヤツと同じ群れだろう。


 一体、どこから現れた。


 いや、そんなことよりも、まずは傷を癒やさないと。


「こっ……のおっ!」


 頭の中で回復魔術のイメージを作る前に、カタリナが動いていた。


 壁面に向かって駆け出したカタリナは、壁の突起を使って跳躍し、天井に逃げたヴァンパイア・バットに斬りかかった。


 モンスターも、人間がここまで飛んでくるとは思っていなかったのだろう。


 回避行動を取ることなく、首を切断されたヴァンパイア・バットは、壊れた人形のように地上に落下してきた。


 しかし、襲撃はそれで終わらなかった。


 別の影が天井から襲いかかってきたのだ。


「ピュイくん! 下がって!」


 カタリナの声。


 同時に、暗闇の中から耳をつんざく金切り声が猛烈なスピードで俺に近づいてくる。


 ヤバいと感じた俺は、とっさに手にしていた杖で身を守った。


 刹那、凄まじい衝撃が体を襲う。


「ぐっ!」


 壁に叩きつけられ、またしても意識が飛びかける。


 と、そのときだ。


 俺がもたれかかっている壁がぼろぼろと崩れ始めた。


 頭に浮かんだのは、「崩落」の二文字。


 ガラガラと壁が崩れ落ち、巨大な穴がぽっかりと姿をあらわす。


 体を支える壁がなくなった俺は、吸い込まれるように壁の穴に──


「ピュイくん!」


 ──間一髪、穴への落下は免れた。


 駆け寄ってきたカタリナが俺の腕を掴んで、引き寄せてくれたからだ。


 だが、こちらに全速力で走ってきたカタリナは、俺を引き寄せた瞬間、大きくバランスを崩してしまった。


 そして、まるで俺と入れ替わるように、ポッカリと開いた穴へと身を投じてしまう。


 松明の明かりに照らされたカタリナと、目が合った。 


「カ、カタリナっ!!」


 俺の悲鳴を引き連れて、カタリナは暗闇の中へと消えていった。




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