カタリナさんがデレるわけ 02

「ヤベ……寝ちまってたのか」


「ええ、それはもう、死体みたいにぐっすりと」


 いつもの胸当て装備ではなく、白いワンピースにオレンジのケープを羽織ったシックな普段着姿のカタリナが、呆れたように言う。


(まぁ、ピュイくんの可愛い寝顔をじっくり堪能できたのは重畳だったけど?)


 ここぞとばかりに他人の寝顔を堪能するんじゃない。


 変な寝言とか言ってなかったか、めちゃくちゃ不安になるわ。


 しかし、と俺はかすかに口元を緩ませているカタリナを横目でみて、改めて思う。


 オフ日にこうしてカタリナと一緒にいることに、なんだか現実味がない。


 一応言っておくが、カタリナとデートをしているわけではない。


 彼女はある意味、監視役のようなものなのだ。


 カタリナから「明日が試験受け付け最終日だけど、大丈夫よね?」と釘を刺されたのが昨晩だった。


 多分、ズボラな性格の俺のことだから、受け付け期限を知らないかもしれないと思ったのだろう。


 カタリナのその考えは見事的中していた。


 はい。冒険者試験に受け付け期限があるなんて、全く知りませんでした。


 受け付け期限のことを問われ、


「何言ってんだ? 試験日にギルドに行って、受けたいって言えばいいんだろ?」


 と返したときのカタリナの顔は、しばらく忘れられないだろう。


 そして、怒りを通り越して呆れ果てたカタリナから、「心配すぎるから、明日はわたしも一緒に行く」と言われて、同伴してもらうことになったというわけだ。


 何から何まで、本当にありがとうございます。


「というか、こんなところで寝られるなんて一体どんな神経してるのよ」


 はぁ、と重い溜息を吐くカタリナ。


「あなた、そのうち寝込みを襲われて身ぐるみ剥がされるわよ?」


「良い冒険者の条件とは、戦闘能力が優れているかどうかではなく、いかに劣悪な環境でも良質な睡眠を取れるかどうかである」


 ドヤ顔で言ったら、カタリナはしばらくぽかんとしていた。


「……格言っぽいけど、誰の言葉なの、それ?」


「え? 俺だけど?」


「一気に言葉に重みがなくなったわ」


 カタリナが胡散臭いものを見るように目を細める。


「なんだよ。今、適当に考えた言葉だけど、あながち間違いではないだろ」


「あながち間違いではないから、当て付けてるのよ」


 素直かつ、辛辣だな!


 素直になるなら、もう少しフレンドリーな方向でお願いします!


「でも、そんな特技があったなんて知らなかったわ」


「知らなくて当然だろ。……ま、夜まで一緒にいたら一発で気づくと思うけど」


 俺たちが受けているDクラスの依頼はヴィセミル近隣の物が多いが、CやBクラスになると国境をまたぐことも多くなる。


 そうなると、どこかの村で一晩泊まるか野宿することになる。


 そういう機会があれば、一瞬で気づいていたはずだ……と言いたかったのだが──。


「……」


 カタリナは頬を赤らめてちらちらと横目で俺を見ていた。


 え? なんでそんな顔?


(それって、遠回しに今晩一緒にいようって、わたしを誘ってる!?)


 誘ってないし、そういうことを言っているんじゃないです。


「念の為言っとくけど、依頼で野宿するくらい遠出したら気づくだろって意味だからな?」


「わっ、わかってるわよ、そんなこと!」


 カタリナは、顔を赤くしてまくしたてる。


「それで、昔からそうなの?」


「え?」


「どこでも寝られる特技の話よ」


「あ〜……いや、違うな。これは『生きるために覚えさせられた』って感じかな」


「生きるため?」


「そう。冒険者になる前、エルフの魔術師に師事しててさ。その人と世界を旅して周ってたときに自然と身についたんだ」


 エルフの魔術師、フリオニール。


 師匠と世界を旅していたときは、ほとんどが野宿だった。


 魔術の訓練をする必要があったからという理由もあるが、人が住んでいない荒廃した地域を回ることが多かったからだ。


 いや、「住んでいない」というより、「いなくなった」という表現のほうが正しいか。


 ある街は戦乱によって。


 ある村は略奪で。


 ある集落はモンスターの襲撃によって。


 フリオニールはそういう場所を巡って、子供を保護してまわっていた。


 まぁ、保護していたのは彼女の趣味と傾倒した性癖によるものだから、あまり偉そうに言えたものじゃないけど。


「ふうん」


 カタリナは、それはそれは興味なさそうに唸った。


 こいつ、自分から聞いておいて、軽く流しやがった。


 そう思ったのだが──


(エルフの魔術師って、フリオニールさんのことか)


 その心の声で俺は、はたと思い出す。


 そういえば、カタリナはフリオニールのことを知ってたんだっけ。


 しかし、どこで彼女のことを知ったのだろう。


 もしかして、師匠が今どこにいるのか知っていたりするのだろうか。


 そう考え、先程見た懐かしい夢を思い出す。


 変態師匠のことなんてどうでもいいけど、旅の途中で助けた同年代の子供たちは幸せに暮らしているだろうか。


 特に夢にも出てきたあの少女キャスは、近くの街の教会で引き取りを拒否されてしばらく一緒に旅をすることになったので、幸せな生活を送って欲しいと思う。


 裕福な生活とまではいかなくても、人並みの幸せを掴んでいてほしい。


「ジュラルド・ピュイさん」


 女性の声がした。


 そちらを見ると、ギルドの制服を着た受付嬢が立っていた。


「大変お待たせしました。こちらにどうぞ」


「え? あ、ああ、はい」


 どうやら受け付けの順番が回ってきたらしい。


 俺たちは席を立つと、受付嬢についていく。


 いつも依頼の受け付けをしているカウンターに、声をかけてきた女性とは別のメガネをかけた受付嬢が立っていた。


 メガネの受付嬢はちらりと俺を見ると、無表情のまま小さく頭を下げた。


「いらっしゃいませ。この度のご用件は、今月行われるCランク冒険者試験の受け付け……ですね?」


「はい」


「それではジェラルド・ピュイさんの個人実績を照会しますので、少々お待ちください」


 受付嬢がカウンターの下から、どこにしまってたのそれ? とツッコミたくなるくらいの巨大な台帳を取り出した。


 多分、このギルドに登録している冒険者のリストだ。


 個人情報だけではなく、試験を受ける上で必要になってくる経歴や個人実績などが記載されている。


 それらを確認した上で、条件をクリアしていれば受験の資格が与えられるのだが──問題になってくるのが、この2ヶ月の間、俺を悩ませていた「個人実績」だ。


 Cランクの試験を受けるには、Dランクの依頼を個人で50回完遂している必要がある。


 1日ひとつの依頼をクリアしたとしても、50日。


 単純計算で、約2ヶ月かかる。


 時間的にギリギリだったが、オフ日や依頼の後でガーランドに手伝ってもらったのでなんとか50回に到達しているはず。


 と思ったのだが──


「……ダメですね」


 受付嬢は、感情が見えない冷めた声でさらっと言い放つ。


「残念ですが、実績が足りないのでジェラルド・ピュイさんは試験を受けることができないようです」


「「……は?」」


 あまり残念ではなさそうに言う受付嬢を見て、俺とカタリナは同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。




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