カタリナさんの怖いもの 02

「ねぇ、ピュイ。なんだかすっごい殺気がこもった視線を感じるんだけど」


「奇遇だな。俺もだ」


 リルーはこう見えてBランクの冒険者で、そうとう腕っぷしは強い。


 海賊時代も悪党稼業に身を置きながらも高貴さを持っていたため「黒い女伯爵」と呼ばれるほどの人物だったらしい。


 彼女の経験が、カタリナの殺気を敏感に感じ取ったのだろう。


「……なるほど。殺気を放ってたのは、あの女ね」


 リルーもカタリナの存在に気づいたらしく、そっと俺に耳打ちしてくる。


「ねぇ、あの女って……もしかしてピュイの情婦?」


「情婦とか言うな。俺のパーティメンバーのカタリナだ」


「あれが噂の『聖騎士』カタリナか。初めて見たよ」


 リルーがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 嫌な予感がした。


 こいつ、絶対トラブルを発生させるつもりだ。


 これは先手を打って、カタリナに事情を説明したほうがよさそうだ。


 とりあえず、ここにカタリナを招くことはせずに、一旦解散してから──


「ねぇ、そこのあんた! こっちに来なよ!」


「てめぇ、コラ!」


 何をさらっとトラブルの種を呼びつけてんだ!


 血の気が多くて喧嘩上等なのは知ってたけど、場の空気を少しは読めよバカ!


 しかし、そんなことを考えているうちにカタリナは凄まじい殺気を伴わせ、ずんずんと近づいてくる。


 ごくりと息を呑んでしまった。


 メチャクチャ怖え。


 もしかするとカタリナに狩られる前のモンスターって、こんな気分なのかもしれない。


「よ、よぉ、カタリナ」


 俺は努めて冷静に「今気づきました」感を出しながら声をかける。


「い、い、一体どうしたんだ?」


「随分と戻ってくるのが遅かったから呼びにきたんだけど……そちらの女性はどなたかしら?(洗いざらい吐いてもらうから)」


 やっぱりそう来ますよね。


 どう返すか悩んでいると、リルーが自己紹介を始めた。


 仲よさげに、俺の肩に腕を回して。


「どうも。あたしはリルー。ピュイとは腐れ縁っていうか、馴染みっていうか、友達以上恋人未満っていうか」


「お、おまっ……!」


 疑われるようなことを言うな! 

 

 絶対わざとやってるだろコイツ!


 俺は慌てて肩に回してきた腕を払ったが、遅かった。


「……へぇ?」


 カタリナはドラゴンすらも射殺せそうな鋭い視線を俺に向ける。


(どういうことかしら。ちゃんと説明してくれるかしら。わかりやすく簡潔に)


 おおう。心の声で棒読みするなんて、すごい特技をお持ちですねカタリナさん。


「ち、違う。俺とリルーはただの冒険者仲間で……」


「……(へぇ。呼び捨てだなんて、ずいぶんと仲がよさそうなことで)」


 う、うおお……嫉妬の炎がメラメラと燃えてやがる。


 俺は誰にでも呼び捨てだろ、と説明したいけど火に油感が半端ない。


「お、おいリルー! お前からちゃんと説明しろよ!」


「仕方ないなぁ。まぁ、恋人未満云々ってのは冗談だけど、ピュイと仲が良い冒険者仲間ってのはホントだよ。これから一緒に依頼を受けに行くんだもんね?」


「依頼に? ピュイくんがあなたと?」


「そ」


「……ふ〜ん(……浮気者)」


 浮気者ってなんだよ。


 たしかに俺が別のパーティと依頼に行くのは、広義で浮気に該当するのかもしれないけど、お前、絶対違う意味合いで言ってるだろ。


 胃がキリキリと痛みだした俺をよそに、カタリナが涼しげな表情で続ける。


「それで? どうしてピュイくんがあなたの依頼に行くことになったのかしら?」


「ん? あんたに関係ある? それ?」


「……っ」


 リルーがカタリナの嫉妬の炎に大量の燃料を投下した。


 俺は天に祈った。


 もう、これ以上はやめてください、と。


 だが、天に召す我らの父は、俺の願いを華麗に無視した。


「関係あるに決まってるでしょ」


 カタリナが敵意丸出しの声でリルーに言い放つ。


「ピュイくんはわたしのパーティメンバーよ? オーバーワークは見過ごせないわ。あなた、無理をすると怪我につながるって知らないの?」


「いやいや、ピュイは回復魔術師でしょ? 前線で体を張ってるわけじゃないから、オーバーワークにはならないと思うんだけど。……あれ? 一緒にパーティを組んでるのに、そんなこともわからないんだ?」


「……」


 ゴゴゴゴゴゴ。


 カタリナの背後に憤怒の炎の幻視が見えた。


 ピンと張り詰めた沈黙が、ギルドカウンター周辺に広がる。


 その異様な空気を感じてか、依頼を受けにきた冒険者たちも遠くから不安な眼差しで俺たちを見守っていた。


 ギルドの受付嬢も「さて、事務仕事をしようかしら」などと言って、バックヤードに消えて行く始末。


 冷え切った空気を切り裂くように、カタリナが言う。


「そう。じゃあ、わたしも参加していいかしら?」


「参加?」


 リルーが首をかしげる。


「そうよ。人手が足りないのよね? だったらわたしも手を貸してあげるわ。それとも、わたしが参加するとなにか不都合でもあるのかしら?」


 カタリナがスッと目を細める。


(ゼッタイ、フタリッキリ、サセナイ。アナタ、ユルサナイ)


 あの、カタリナさん? なんだか亜人種モンスターの喋り方みたいになってますけど、大丈夫ですか?


「へぇ?」


 リルーが楽しそうに笑った。


「不都合なんてとんでもない。ふふ……いいわよ。あんたも来なよ。手助けは大歓迎さ」


「お、おい、リルー」


「何よ? 別に良いじゃない。別にあんたのことをどうこうしようってわけじゃないけど……なんだか、久しぶりに疼いてきたわ」


「……っ」


 リルーが獲物のを見るような目で小さく舌なめずりする。


 背中に寒いものが走った。


 何が疼いてるのかメッチャ聞きたい一方で、ゼッタイ聞きたくない。


 これは「俺のために争わないで」なんて可愛いレベルじゃない。むしろ、こいつらの視界に俺の存在なんて入ってない。


 これは、どちらが頂点捕食者であるか示すためのプライドを賭けた女の戦いだ。


 怯える俺の前でにらみ合い、バチバチと火花を散らすカタリナとリルー。


 完全に俺の存在を無視しているので、これはフェードアウトできるんじゃ……と思ってゆっくり回れ右しようとしたが、ふたりにガッシリと腕を掴まれた。


「「さぁ、行きましょうか」」


 ふたりはにっこりとほほえみながら、同時にそんなことを言う。


 俺にはもう、引きつった笑顔を返すことしかできなかった。





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