第四話

カタリナさんの大切なもの 01

「困ったわ」


 冒険者ギルド「誇り高き麦畑」の一角にあるテーブルに座っているカタリナが、ぽつりと囁いた。


 何かの聞き間違いかと思った。


 カタリナの表情が、あまり困っているように見えなかったからだ。


 一緒のテーブルで、依頼を見に行ったガーランドとモニカを待っているサティも同じことを思ったのか、不思議そうにカタリナを見ている。


「どうすれば良いのかしら」


 再びカタリナがつぶやく。


 どうやら聞き間違いではなかったようだ。


 でも、一体なんの話なんだ?


「……何が?」


「見ての通りよ」


 俺が尋ねると、カタリナは「わかるでしょ?」と言いたげに手を広げて見せた。


「見てわからんから聞いてるんだが」


「あなたの目は節穴なのかしら」


「……」


 イラッ。


 こいつ、昨日の「歩きキノコ」の件で少しは素直になったかと思いきや、全く変わってねぇな。


 読心スキルを使えば何のことを言ってるのか一発でわかるが、ここは自力で当ててギャフンと言わせてやりたい。


 俺はしばらくカタリナを観察する。


 うん、相変わらずお姫様はかくや……と言った容姿だ。


 まぁ、なんていうか、普通に可愛い。


 だが、何が変わったのか全くわからん。ここは当てずっぽうで聞いてみるか。


「……髪型、変わった?」


「えっ」


 目をぱちくりと瞬かせるカタリナ。


(た、たしかに昨日の夜、枝毛が気になって毛先を2センチくらい切ったけど……やっぱりピュイくんにはわかっちゃうの!? わたしをいつも見てくれているから!? 嬉しいっ!)


 うん、なるほど。本人から切ったと言われてもわからん。


 しかし、髪の毛は悩みの種とは違うらしい。


 となると、何だ?


 しばらく首をかしげていると、カタリナが強調するように胸を張ってきた。


 な、なんだこいつ。突然何を主張してきてんだ。確かにお前の胸は豊満な部類に入るけどさ。


「……あ」


 と、俺はようやくそのことに気づく。


「もしかして、胸当ての傷か?」


 カタリナの胸当てに深々と亀裂が入っている。


 そう言えば昨日の歩きキノコ討伐依頼で、ポンコツになったカタリナが不意打ちを食らってたっけ。


「そうよ。昨日の炭鉱でわたしの胸当てが──」


「炭鉱?」


 と、サティが割り込んできた。


「カタリナさん、昨日、炭鉱に行ったんですか?」


「……あ」


 まずい。オフの日に依頼を受けていたなんて言ったら、軽く問題になりそうだ。


 俺は慌てて頭を振る。


「あ、いやいや、別に行ってない……よな? よな?」


「え? ええ。もちろんよ。これはちょっと……そう、転んじゃったのよ」


「ほ、本当ですか!? 胸当てにヒビが入るって、すごい勢いで転んじゃったんですね。痛そうです……」


「そ、そうなのよ。ほんと困っちゃって。ねぇ、ピュイくん?」


 ちらりと俺を見るカタリナ。


 昨日、いろんな意味で困っちゃったのは、俺のほうだけどな!


「でも、そこまで亀裂が入っているのなら、修繕するのは難しそうですね」


「そうなの?」


「鎧に大きな亀裂が入ると、修繕しても耐久度は元々の半分程度しか戻らないと聞きますけど……どうなんですかね?」


 サティが俺に視線を投げかけてくる。


「まぁ、一般的にはサティの言ってる通りだけど、ヴィセミルの職人に頼めば意外と元通りになるかもしれないぜ? なにせこの街には腕利き職人が多いからな」


 王国の貿易の要とも言えるヴィセミルには、国中から多くの商人や職人が集まっている。


 故に、他の街では不可能なことも、ヴィセミルではできることが多い。


 剣、鎧の修繕にはじまり、魔法衣の修繕や魔法具の修繕などなど。


 そのために、わざわざ遠くからヴィセミルを訪れる人間がいるくらいだ。


「へぇ、そうなのね。じゃあ、明日にでもそういうお店に行ってみようかしら」


「……」


 そういうお店ってなんだよ。


 口調がふわっとした表現だからか、なんだか不安になってしまった。


 そもそも、悩む前に店に行けばいいのに「どうすれば」なんて言ってたし、まさか、どこに頼めばいいのかわからない……とかないよな?


「ちなみにだけど、鎧を修繕してくれる店はわかるよな?」


「何よ、その失礼な質問。分かってるに決まってるでしょ。バカにしないで」


「じゃあ、言ってみろよ」


 カタリナはしばし考えて、言いにくそうに答えた。


「ふ……服飾店」


 大間違いである。


「そ、装具店ですよ、カタリナさんっ……」


「……っ!?」


 俺が言う前に、サティがぼそっと訂正してくれた。


「し、知ってたわよ! 服飾店って言ったのは、ええと、鎧の下に着るチュニックも買ったほうが良いと思ったからで……その……(だって、剣のメンテナンスはよくやってるけど、鎧はやったことがないんだもんっ!)」


 うん、そんなことだとは思ってた。


 パーティで依頼を受けているときはガーランドがモンスターの攻撃を引き受けてくれるし、カタリナも身のこなしで攻撃を避けるタイプだからな。


 保全修理すら必要なさそうだし、知らなくて当然といえば当然か。


 サティが慌ててフォローを入れる。


「あ、あの、もし、あまり詳しくないのでしたら、他の誰かと一緒に行ったほうが良いかもしれません」


「サティは詳しかったりするの?」


「え? わたしですか? す、すみません、わたしはカタリナさんみたいに鎧を着ないので、装具店にはあまり詳しくなくて……」


 サティは戦況によって攻撃する相手を決める「遊撃手」なので、迅速な行動ができるように重い鎧は着ていない。


 着るとしても比較的軽いレザーアーマー程度だ。


 ちなみにサティが木の上に登って周囲警戒をしたり、偵察をしたりするのが得意なのは、元々は極東の国で「シノビ」とかいう密偵をやっていたからだ。


 体重が軽い事もあってか、身体能力はカタリナより高いと思う。


 ……と、そんな話よりもだ。


「じゃあ、俺が一緒に行ってやるよ」


 仕方なく、そう切り出した。


 カタリナがギョッと身をすくめる。


「ピ、ピュイくんと?」


「なんだよ。俺じゃ不安か?」


「そ、そういうわけじゃ、ないけど……(またふたりっきりのデートなんて、心臓が破裂しちゃいそうだもん……)」


 ああ、そっち方面の問題ね。


 確かに、またペアでの行動になるな。


「ピュイさんなら街の職人に詳しいので、安心だと思いますよ」


 サティが、「ですよね?」と投げかけてきたので、こくりと頷いた。


 17歳から数えて8年もこの街で冒険者やってるから、職人に顔見知りは多い。


「少し前にわたしの服の修繕でお付き合いをして頂いたんですけど、服飾職人の方がピュイさんとお知り合いだったみたいで、修繕費を半額にしていただけたんですよ」


「半額? それはすごいわね」


「修繕費はパーティ持ちだと言っても、全員で折半していることに変わりはないので、割り引いてもらえるのはありがたい話ですよね」


「ま、まぁな」


 割り引いてもらったのは事実なのだが、顔見知りだから安くしてもらったというわけではない。


 サティと行った服飾店をやってるのはマナンって男だが、以前、金熊亭で賭けポーカーをしたときにボロ勝ちしたツケがあるのだ。


 そのツケの一部を修繕費に当ててもらったというわけだ。


 念の為に言っておくと、読心スキルを使って金を巻き上げたというわけではない。ヤツに勝ったのは、俺の実力だ。


(どうせ何か弱みを握ってるんでしょうけど)


 辛辣な目で俺を見るカタリナ。


 はい、ご明察通りです。洞察眼が実に鋭いですね。


 でも、安心してくださいよカタリナさん。装具店の鎧職人にもポーカーのツケがありますので。


「ヴィセミルの装具店といえば、東地区にあるお店でしょうか?」


 サティが尋ねてくる。


「そうだな。『リーファ装具店』ってとこだ。俺が知る限りリーファが街一番の鎧職人だ。あいつも知り合いだから安くしてくれると思うよ」


「……別にあなたと行く必要はないけれど、安くしてもらえるなら仕方がないわね」


 こほん、と小さく咳払いをしてカタリナが続ける。


「じゃあ、ピュイくんにお願いしようかしら(はぁ……またピュイくんとデートなんてドキドキしちゃうけど嬉しすぎる……夢みたいだわ)」


 辛辣なオーラを放ちながらも、口元をかすかに緩ませるカタリナ。


 なんだか嫌な予感が拭えないけど、まぁ、危険なことはないし昨日みたいな事態は起きないだろう。

 

 ……多分。



 そうして俺たちは、明日の依頼はガーランドたちに任せて、再びデート……じゃない、ペア行動をすることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る