姫様、報酬分は働いてくださいませ
戸賀内籐
第1話 重税なのに財政破綻ってなんですの? 国庫がカラってなんでですの? 物理的にってどういう意味ですの!?
あらすじ
重税と圧政で騎士をクビにしたアンジェリカ姫は、
自分の懐に入った金で自分の除『膜』式をとり行おうとしていた。
だがそこに隣国ウォルフラムからの宣戦布告が行われ、おまけに国庫が物理的に消失したというPAYDAY案件が姫を襲う。
立つ瀬のなくなった姫は軍を再編するための資金を稼ぐため、城に残された遺産、ロボット兵器AGを駆る傭兵に登録しようとする。
試験官として現れたのは、かつて姫がクビにした騎士であった。
私怨の絡んだ実戦形式のテストに生き残らなければ、姫も国も終わりだ。
中世も欧州もよく知らない作者が書くシモギャグロボットハイファンタジーノベル!
「姫様、このような重税をおかけなさっては民が飢え死にしてしまいます!」
煌びやかで繊細なドレスを纏った姫の前で、甲冑をまとった騎士が声を張り上げる。
姫は玉座に腰掛け、男装した侍女の持つ金色の皿からブドウをつまんで口に放り込む。瑞々しく幼い唇が、騎士の言うことなど意に介さぬように満足げに微笑む。
「このブドウ、どこで取れたの? デラエア村? ふーん。これだけいいブドウを作れるならまだまだ税金引っ張ってこれそうね。そこの税金二倍になさって、財務大臣」
子供じみた乱暴な我儘さで姫は言う。彼女は十四ほどで、甘やかされて育ったのかもしれない。だが、それを差し引いてもあまりに惨い。
それは周りの環境にあるというのが、辺境の騎士にも一目でわかった。大臣は自分の取り分が増えるといわんばかりに笑みを浮かべて頷くだけだからだ。
「姫様! 民は姫様の奴隷ではありません!」
騎士は膝をつくのをやめ、今にも剣を抜きそうなほどの剣幕で叫ぶ。農民ならばそれだけで失神してしまいそうなほどの覇気だ。
「畑じゃないんだから声を張らないで頂戴。あんたの領地も地位も全部没収。ついでにこの騎士の領地の税金も四倍にしてちょうだい大臣」
「きっ、貴様!」騎士は剣に手をかける。
「やだこわーい。ルナイーダ、追い出してちょうだい」
「かしこまりました」
ブドウの皿を投げ捨てると、燕尾服の侍女は襟に指をかけ、わずかに緩める。黒髪の短髪と耽美な目元が合わさり、男も女も惑わせる魅力がある。すらりとした立ち振舞いから発せられるやけに冷静な仕草は、騎士を戸惑わせた。
それを知ってか知らずか、侍女は告げる。
「甲冑も脱がずに直談判するのですから、元より斬りに来たのでしょう、騎士様。覚悟はできていました。……あなたを倒す覚悟が」
「ただの侍女に剣を抜くなど誹りを受けようものだが……」
騎士は鞘を放り投げ、剣の切っ先を向ける。
「この姫が動じぬならば、ただの侍女であるものか! 剣を抜けい!」
「このままで結構でございます」
侍女は白手袋を嵌めなおすと、右手を「どうぞ」と示すような姿勢で止め、右足を半歩引く。この国のものではない構えだ。
「馬鹿にしおってからに……!」
歯を食いしばり、剣を持つ小手が膨れ上がる筋力で軋みをあげる。騎士は一瞬だけ腰を落とし、バネのように一足飛びに侍女へと斬りかかる。
「なんと!?」
剣が触れる直前に逸れたのだ。同時に衝撃が剣を通して伝わり、騎士は思わず剣を取り落とし、無様な落下音を轟かせる。騎士は何をされたのかほとんどわからなかったが、剣に横っ腹から何かがぶつかったのは確かだ。
顔をあげた騎士の顎を、掌底が鋭く貫く。
『なんという貫通力の打撃! 鈍器でもこのようには……』
兜の中で考えられたのはそこまでだった。騎士は無様に気を失ってしまったのだ。
「民への優しさ、実直さ、引かずに向かってくる猛々しさ。素晴らしい騎士ね」
姫は肩をすくめて厭味ったらしく言い放つ。侍女は汗一つかかずに服を正し、姫に向き直る。
「左様でございますね。……して、この方をどうなさいますか?」
「任せるわ。どうでもいいもの」
「かしこまりました。捨て牢へ運びなさい」
侍女が手を叩くと、すぐさま雑用係が駆けつける。侍女は彼らの耳元で、捨てるには惜しい。街道に寝かせておきなさい、と耳打ちした。
「さけ!! おとこ!! おせっせ!!」
金のゴブレットを掲げて絶叫をあげた姫の前には、広間の向こうまで届きそうな長い長いテーブルが置かれていた。一食だけで農民の年収はありそうな御馳走が所狭しと並べられ、美酒の樽が壁を埋め尽くしている。
テーブルの周囲には、国中から集められた美男子たちが艶めかしい雰囲気を纏いながらも、野獣のごとき眼光で姫を舐めまわすように見つめている。
「ここにいる男の中で一人だけ、私と同衾する栄光を与えてヤりますわー! アピールのためにベッドの上でのテクニックを語っていただきますわっ。
あっそうよそうよ、忘れちゃいけませんわ! 太さや硬さも忘れぬように頼みますわよ。おっと、それからこれも大事でしたわ、どんなテクニックで私を満足させるつもりなのかもおっしゃって!」
「私の想像力を巧みに掻き立てた方が優勝、抽挿、大射精ですわ!」
げっへっへっへ、と涎を垂らす姫の前で男たちが自分の精力自慢を雄々しく語り始める。姫は腰をもじつかせてそれを聞きながら、いっそのこと初回から多人数というのも……などと目につく男らの顔を見ながら妄想していたのであった。
ルナイーダはこの宴のためにかかった金額を部下から受け取ると、露骨にため息をつく。
「皆の衆にどっきどき情報ッ! 実は私、攻めか受けかまだまだ未知数! 私の扉を開けたいか! 私の膜を開けたいかーッ!」
姫の音頭に美男子たちが歓声をあげ、びりびりとした振動が姫の体を震わせる。
「いいぞーッ! これだけでイケそうッ! よーっし、そこのお前、私を口説く一番手になーあーれッ! これぞまさしく一番槍ッ!」
「俺がぁぁッ! 一番槍だ!」
一人の男がテーブルの上で裸体を見せつけ股間をピストンさせる。姫はテーブルに手をつき思わず顔を近づけて直視しようとしたが、そこに書簡が割って入った。
「姫様、国境からの報告です。お読みください」
「国境ゥ? どうでもいいわよ、邪魔しないでちょーだい。料理と股が冷めちゃうでしょうが!」
そうは言いつつも姫は書簡の文字をざっと流し読む。
「んーへーそーなんだーわかったわかった……」
と流して、また男を見ようとした姫は、にやけ顔のままその書簡を読み直す。
『隣の都市国家ウォルフラムとの国境沿いに、同軍が集結中。開戦準備を進めている模様』
「か、開戦?」姫の赤ら顔から血が引いていく。
「そのようでございますね」
うろたえた姫の甲高い声が広間に響くと、さすがに男たちも黙する。乱痴気騒ぎが一瞬にして静まり返り、時が止まったようにその場でしおれた。
「ふ、ふんっ。大丈夫よ、大丈夫。ここにはこれだけの数の美丈夫が揃ってるのよ、あっそうだ、思いついたわ! この中で生き残ったヤツに私の貞操を好きにする権利を……」
涎を垂らして顔をあげた姫の前には、どの男も残っていなかった。
「アッチの一番槍とこっちの一番槍、打算ができればこうもなりましょう」
ルナイーダが涼しい顔でそう言い放ち、空虚な広間に霧散する。
「うぅ~~なんでよう、欲しくないのかよう、私の貞操、処女、今後の性活が……。染め上げる楽しみを夢想しろよ……」
テーブルに頭をぐりぐりと押しつけ、姫は涙を流す。
「それから国庫がなくなりました」
「は!? あんだけ税金かけたのになんで減るの!?」
「勘違いなさらぬよう、国庫そのものがなくなったのでございます。収入が途絶えたわけではございません」
「は!? なくなったって、なくなった……ってコト!?」
「その通りでございます。先ほど城の地下の宝物庫と、城下の銀行の金庫室がトンネルによって破られ、中身がなくなっていたと判明しました。すかんぴんでございます。」
「…………」
「存分にご放心くださいませ。私の方に策がありますので、明日の朝にお話し致します」
翌朝、鳥がさえずる声で姫が目覚めたわけではなかった。
姫の耳、いや国中に轟いたのは年端のいかない者にはまるで聞き覚えのない爆音だ。
「おぎゃあああ! 耳が強姦されますわ!! なんですのこの音は!」
姫はベッドから転げ落ち、慌てふためきながらバルコニーに飛び出ると、音の根を探す。
それは白い尾を引いて森や平野を抜け影を描き、下にいた農民を恐慌させる。馬はいなないて泥にまみれ、水を運んでいた少年は、骨に響く振動に不思議と心を躍らせる。春の陽気をつんざくような戦争の臭いを運んできたそれは、姫の目に驚くほどはっきりと映る。
「あれは……」
と意味深に言葉を切り、
「全くわからないわ」と続ける。
人間の形を模した金属塊が、鳥よりも早く空を飛んでいる。
いくつもの金属板が張りついていて、信じられないほどの精巧さでつなぎ合わせられ、人の形になっている。拙い彫刻のように平面が多いが、それが理由があってそうなっていることもわかる。金属板をつなぎ合わせればそうもなろう。その間から突き出たラッパのような何かから、陽炎を作りながら青い炎が吹きすさび、煙を噴出させている。
そしてその頭部は人を模しているものの、前にとがった顎と頭蓋骨がむき出しの頭部に、小さな目が二つ。生き物のそれではない。人が何かしらの目的で作り、結果としてそうなった、そう姫は感じた。
鳥よりも矢よりも早く飛ぶそれが見えるのは、姫にぶつかるように飛んでくるからだ。そのまま圧殺しそうなほどに。
都市の城壁を掠めて飛来したそれは、姫の足元の庭をずたずたに引き裂いて着地した。慣性を殺すためか、片手を芝生に刺し、片膝をつく。騎士のような姿勢だ。
高さは城の1階半ほどだろうか、民家ならば2階に相当するほどの大きさだ。
頭部が前方へスライドして胴体上部が露わになる。噛み合わさるような切れ目が割れ、装甲がドアのように開く。
そこから現れたのは、甲冑を着こんだ騎士だった。見たことのない鴉の紋章をつけている。
「姫よ、言われた通りテストに来てやったぞ。我が貴様を見極めてやる!」
「はぁ? テスト? 私が?」
「そうでございます。昨夜のことは覚えていらっしゃいますか?」
いつの間にやら姫の背後にいたルナイーダが問い返す。姫は驚きもせず向き直ると、地団駄踏んで唸る。
「忘れるわけないでしょ! 最悪だったわ! あとちょっとだったのよ! あとちょっとでめくるめく筋肉の津波に揉みしだかれるはずだったのよ!」
「そうではなく、財政破綻を乗り越える策についてでございます」
「ああそれ? ふわぁ……」
興味なさげに姫はあくびし、部屋に戻って大鏡の前に立つ。足元まで伸びる金髪を、ルナイーダが喋りながらせっせと梳かしていく。
「あの方は騎士ですが、同時に傭兵でもあります。あの兵器、エンシェントゴーレム……AGに乗り、戦争の趨勢を決するのがコーヴァス傭兵です。それらの契約の取り決めをしているのはコルナーレというギルドです。登録できるのは騎士かそれ以上の身分の者だけとなっております」
姫の発展途上な裸体が鏡に映るが、お互いに全く恥ずかしがらない。
「ふうん?」
「傭兵として仕事をするにはコルナーレに認められる必要がある、ここまではよろしいでしょうか」
「うんうんわかった」
「コルナーレに登録するには、自らの機体に乗り込み試験を突破しなければなりません。試験方法は実戦形式で、ぶっつけ本番となります。
騎士の身分とは即ちAGを受け継いでいることですから、当然と言えるでしょう。試験官に認められなければ、死あるのみです。死んだ場合はその一族は取り潰しになり、財産や機体は別の誰かに渡ります」
ルナイーダは赤いチェインアーマーを手際よく姫に着せてベルトを締め、具足を履かせ、籠手を通させる。そのずしりとした重みに姫はやっと事態を理解し始めた。
「ちょっと待って待って。これ違うなーー!! 今日はこういう気分じゃないなーードレスが着たいなーー!!」
「いえ、今日はこれを着るのにうってつけの日でございます」
鏡の中の姫は赤い皮の鎧に狐の紋章が大きく胸元に刺しゅうされた鎧を着せられていた。
「ねえーーーー!! 嘘でしょ!? 私が戦うの!? どうやって!?」
今になって事態を理解した姫は両手を振り回してルナイーダの平たい胸を叩く。
「ぶっつけ本番で何とかしていただきます。大丈夫でございますよ、姫様なら」
「違うだろー!! 違うだろまな板!! 私はどうやって戦うのかって聞いてるの! 素手で戦わせるつもりなの!?」
「うふふ」
「うふふ、じゃないわよ! 笑ってごまかせる域はとっくに過ぎてんの!」
「こちらへおいでくださいませ」
ルナイーダに案内されて向かったのは地下の奥深くだった。普段ならば絶対に降りてこない、牢屋よりも遥かに下の区域。近衛兵ですら立ち寄らない。階段を下りていくと、どんどんと材質が変わっていくのがわかる。より金属質で、見知らぬ仕上げのものへと変わっていくのだ。
「ど、どこまで歩かせるのよ……」
姫が愚痴ると、ルナイーダはやっと足を止めた。そこにあったのは大きな金属製の扉だが、見たこともない堅牢なものだった。
全体に一族の紋章である円をモチーフにした狐の飛び跳ねる姿が描かれている。姫はその図がご先祖どころか始祖のものだとわかったものの、これほど綺麗に残っている場所があるとは知らなかった。
扉のそばには緑色の灯りが点滅する箱がある。
「ここに手をお入れくださいませ」
「こう? 痛っ!」
姫が手を入れると、針のようなもので刺される。大したことのない痛みだが、姫はびっくりして手を引っ込めてしまった。手のひらにぷっくりと血が浮き出す。
すると扉が横にスライドしていく。
「これって……」
「はい。こちらが父君から姫様が受け継いだAGでございます」
騎士の乗っていた機体よりもやや横に大きく、全長は低い。
足は人間よりも鳥類のそれに近い関節構造になっているが、折りたたまれているせいか低く感じる。関節を守るために取り付けられた鉄板が突き出し、胴体の一部までを防護している。ところどころに赤い塗料が付着しているが、ほとんどが何らかの傷で削り取られている。
頭部は前傾した丸みのあるラインの中心がくぼみ、そこに大きな単眼がつけられている。上部は流線形だが、瞳を挟んだ下部はごつごつとした多面的な作りだ。
嘴型の帽子を被ったサイクロプス、とでも形容できるかもしれない。
「へえ、顔は結構いいじゃない。私こういう武骨なの好きよ。それでいて流麗さもある。いいじゃない気に入ったわ」
「左様でございますか。……失敬いたします」
ルナイーダは頭部に上ると、壁から取ったスレッジハンマーで頭部を何度も叩きつける。
「ちょっと! 壊れちゃうでしょ! この私がせっかく褒めたのに!」
「この程度で壊れるわけがございません。錆びついていますのでこうせざるを得ないのです」
ルナイーダは頭部を蹴り押してコックピットを露出させると、姫を手招きする。引っ張り上げられた彼女がそこへ座ると、金属が冷たく彼女をさいなむ。椅子は皮張りだが、長年放置されたせいかひび割れているし、赤黒い汚れが付着している。
「これじゃお腹が冷えちゃうわよ」
「姫様、椅子の横の棒をお握りください。AGが幾つか質問いたしますので、ふざけずお答えくださいませ」
姫が棒を握ると、金属だと思われていた周囲が一斉に光を灯し始めた。よくわからない古代文字がいくつも表示され、赤い表示が次々に緑色へ変わっていく。
「まるで絵本ね、人間に見えない何かが質問してくるなんて。どんなプレイが好きか聞かれたらどうしましょう。私、実は全部同じくらい好きなのよね」
『パイロットデータ確認。おかえりなさい、レイア王』
「うわっ喋った! えーと……そ、それは父よ。私の名前はアンジェリカ・アンジー・レッドフォックスよ。アンジーでいいわ」
『パイロットデータを更新。こんにちはアンジー。これからはあなたが主人です』
「……ふぅ」
「素晴らしいです姫様。これで姫様がこの機体の持ち主となりました」
「あっそ。それで、色々と聞きたいことがあるんだけど」
「残念ながら時間がございません。騎士様をお待たせしておりますので、すぐにでも出陣していただきます」
「どうやって操作すんのよ!」
姫ががなり立てながらルナイーダに振り向こうとすると、機体が自分の体のように動いた。
「はい、そのように動かすのでございます」
「へえ。なかなか頭のいい子みたいね。よくできた馬みたいだわ」
「それでは姫様、こちらの扉から外に出て城へ向かってくださいませ。私もすぐに追いかけます」
ルナイーダは部屋の隅の暗がりで布を被っていたものへ近づいていく。彼女が布を取ると、もう一機のAGがあった。そちらはルナイーダの容姿とは似ても似つかない太ましいもので、丸々としている。
対照的に、頭部は細長い板が乗っているような形状だ。その根元に二つの小さなカメラと、大きなカメラが右側に一つだけついている。
「なんかハムの上にクラッカーが刺さってるみたいね」
「ふふふ、確かにそうかもしれませんね。出口はそちらでございます」
「……い、いくわよ」
姫がしっかりと座りなおすと装甲が閉鎖され、頭部がスライドしてがっちりとコックピットを守る。
身体をこわばらせて姫は通路へ向かう。暗く長い通路が、部屋の奥からずっと先まで続いているのだ。その先にはわずかな光が見える。あれが出口だろう。
「歩いていては日が暮れてしまいます。メインスラスターを使ってください」
「ど、どうやって?」
「身を前に乗りだして、一気に駆け抜けるイメージを描いてください」
「こう?」
言われたとおりにすると、機体の胴体後部が開き、他のブースターとはサイズが違いすぎるものが露出する。
「でき」
てる? と続けようとした姫は突然座席の後方に叩きつけられる。周囲の風景は暗いせいでわからないが、最奥にあった光がぐんぐん大きくなるのはわかった。
「きゃあああああ!!」
光にぶつかる寸前に見えたのは水だった。
「滝ぃ!?」
森の奥地の滝の裏から飛び出た姫のAGは、その上空を飛んでいた。
「うぎゃあああ! こわいいいい! 高いいいいい! 体が重いいいい!! ルナイーダ助けなさいよ助けてよ!!」
混乱すればするほどAGは不安定にその軌道をぶれさせきりもみ回転し始める。
「姫様、耳障りでございます。馬で駆けている時のことを思い出し下さいませ。空でも似たように思い描いていただければ、AGもおそらく答えてくれます。腰使いでございます」
「木馬ァ!? 腰使いィ!? ……すべて理解したわ。やはり一人でも多人数でもイメトレは大事ってことね!」
きりもみ回転がおさまり、姫は木々に衝突する寸前で姿勢を引き起こす。
「よくできました、さすがは姫様。それでは城へ向かいますよ」
「ふふ、ルナイーダが私を分かったアドバイスをくれたからね」
「それは少々複雑ですね。ではお先に。騎士様は西の草原でお待ちしているそうです」
前傾姿勢でルナイーダのAGが飛んでいく。それは経験者の動きであり、姫のものとは比べ物にならぬほどに優雅だった。あからさまにAGの重量はあちらの方が重いのだが、技量の差だろうか。後ろ腰には布に包まれ鎖の巻かれた何かが吊り下げられている。
草原で騎士は機体に乗って待っていた。
姫は叫びながら着陸しようとするが、当然ながら失敗しかける。ルナイーダが受け止めなければそのままお陀仏だっただろう。
「さて、姫よ。準備はいいか? 私のAGをある程度壊せばテストには合格だ」
騎士が両肩のウェポンラックを回転させ、武装を両手に持つ。見たことのない武器に姫はたじろぎ、ルナイーダに問いかける。
「あの筒を束ねたようなヤツ、なに?」
「あれは銃の一種、ショットガンでございます。近距離での火力は高く、機体に当たれば衝撃でAGの挙動に異常をきたす可能性もあります。しか二百メルテほど離れれば威力が落ちますので、撃たれても問題はございません」
「なるほど。私の武器は?」
「両肩のウェポンラックにライフルがあります。遠距離で狙うには適しませんが、ショットガンよりは長い距離飛びます。それと連射が効きますので、瞬間火力では負けていますが総火力では勝っています」
姫が首をひねって肩を見ると、そこにはとても武器とは思えないような、箱と筒が合わさったような奇妙なものがある。持ち手らしき場所を持ってみると、妙にしっくりとくる。
「ルナイーダ、処女が男娼に勝てるとお思い? 口でするのも知らなかったのに、いきなり本番なんて無理よ。口淫矢のごとしとはいかないわよ!」
「左様でございますか。では私に作戦がございます」
軽い打ち合わせの後、したり顔の姫だけが騎士の前に進み出る。
「私はアンジェリカ・アンジー・レッドフォックス。クレスティアル女王よ」
「元クレスティアル騎士、ロート・ベルフック。テストとは名ばかりだ。私はお前を殺しに来た。貴様の治世を終わらせ、この国をより清浄に戻すために。刺し違えてでも終わらせてみせる!」
ロートのAGが姫に銃を向ける。
「元ウチの騎士? なんだ、ほっとした」
「それがどうした、手加減せんぞ!」
「いや、はは。いやぁ偉そうに言うから私の王位を簒奪するつもりなのかと思ったけど、そーいうわけじゃあーないのね。義務感からする暗殺が成功するわけないじゃない。想像力がないのよ想像力が」
「貴様……ッ! 知った口をききおって! 殺す!」
ロートがブースターで一気に距離を詰めようとするが、姫も負けじと背を向けてブースターで滑空する。
「逃げるか!!」
「女は追わせるものと昔からおっしゃいますでしょう? 捕まったら組み倒しても構いませんことよ」
「黙れこの下品女!」
ロートの発砲した散弾が直撃するが、距離が離れているためか大きなダメージはない。しかし機体を通して着弾音が耳をつんざき、姫は思わず悲鳴をあげる。
「そうだ! もっと叫べ! お前が苦しめた民が望んでるのはそれだ!」
流れをつかんだロートは姫を追いかけながら散弾を撃ち続ける。姫の機体はうまく避けることもかなわず表面の装甲がじわじわとへこみ始める。姫は大丈夫と自分に言い聞かせながらも、いつまで保つのか戦々恐々としていた。
「その調子です姫様。逃げ続けてくださいませ」
姫の絶叫を聞くも、なおも冷静にルナイーダは助言する。
「ややややばーいんですのまよ! 赤文字がいっぱいですわ! 撃たれるたびに機体が軋んでますわ!」
「左様でございますか。機体を左右交互に小刻みに揺らしてくださいませ。余裕があれば撃ち返しても構いませんが、上手く機体の向きを変えてくださいませ」
「わわわわかりましたわ! 食らい遊ばせ!」
地面に右足をついて捻るように機体を反転させると、姫はライフルをロートに向ける。しかしロートははるかに早く姫に接近していた。ショットガンの銃口が真上からこちらを狙っている。この距離、この角度から撃たれたら、頭部どころかコクピットまで貫通しかねない。
「ここからなら――!!」
「っべえですわ!」
姫は即座に背中のメインスラスターに点火し、ブースターで迫りくるロートの足元を潜り抜ける。いきなり慣性を反転させたのだから姫自身にも相当な負担がかかる。
「おげえええ!」
座席に抑えつけていたベルトが腹部を圧迫し、胃液が口からひり出てくる。
「しくじった!? 今度こそッ!」
ロートも姫を真似て機体を地面で摩擦させ反転を試みる。当然速度が落ちるが、姫が反転した今、これが一番早く追いつける……そうロートは考えたのだ。
「そこ、でございます」
轟く砲声と共にロートの胴体に一発の砲弾が直撃する。
「ぐがっ!」
幸いにも装甲で跳弾したが、ロートの機体は突然の衝撃に人間と同じように硬直している。人間同然の高度すぎる制御システムが、人間と同じ弱点を晒していた。
座席に座っているロートは点滅するモニターから砲弾の飛んできた方向を見る。そこには半キロは離れた場所で、膝立ちにスナイパーキャノンを構えるルナイーダの機体があった。
「いい悲鳴です。もっと聞かせていただけますか?」
第二射。
空気を爆ぜさせるほどの弾速の砲弾が、ロートのAGの右腕を吹き飛ばす。装甲版は割れて草原に飛び散り、その一つが都市の城壁の一つに突き刺さった。
「おのれ! 卑怯なぁああ! 決闘のはずだろうが!」
衝撃から戻ったロートの機体が立て直そうとするも、姫にショットガンを踏みつけられてしまう。そして姫は頭部と胴体の付け根、すなわちコックピットにライフルの銃口を突きつけた。チェックメイトだ。
「決闘? お耳に入りましたぁ? ルナイーダ」
「存じ上げません」
「決闘じゃなくって実戦っておっしゃったじゃない。騙し討ちは戦の華! 気づかない方が却って失礼でしてよ。オーッホッホッホッホ!」
「驚嘆いたしました姫様。天性の才能がございますね」ルナイーダはゆっくりと拍手する。
けたけたと笑う姫に、コックピットから這い出てきたロートが剣を抜いて姫の機体に突きつける。
「貴様らに! 礼儀も、信念も、忠誠も知らぬ貴様らに負けてなるものか! でて来い、剣で勝負しろ!」
「礼儀も信念も忠誠も道義もない連中に完全敗北した負け犬のくせによく吠えるのね~~。オーッホッホッホッホ!」
「完璧な高笑いでございます姫様」
「ふぅ~。胸がすーっとしましたわ。お射精ってこんな感じなのかしら。ところで、この、えーとどなただったかしら?」
姫はライフルの銃口で騎士を小突く。騎士は思わずAGから転げ落ちた。
「ロート・ベルフック様です。こちらは生かしておいた方がよろしいかと。試験官を殺害したとあっては、コルナーレも渋い顔になりますでしょう」
「ちぇっ。見たかったなぁ、血の華が……って、んん!? おほぉ!?」
「ただでさえ印象が最悪なのですから、姫様はご自重ください」
ルナイーダが小言をつぶやくが、姫はまったく気にせず欲望まみれの声を漏らす。
「お……? おぉ……?」
「聞いてらっしゃいますか姫様」
姫の頭部カメラが騎士の方へ向けられているのに釣られて、ルナイーダもそちらを見る。すると兜の外れたロートの姿がそこにあった。
「か、かわ!」
そこにいたのは橙色の短髪をしたかわいらしい少年だ。涙を流し「殺すなら殺せーッ!」と空を見上げて吠え、地面を拳で殴っている。
「かわぁっ!! あっ……あぁっ! ふふっおふふふッ!」
姫は邪悪さの隠せない喘ぎをあげ、口元を緩める。
「少年、いえ男の子。こういうのは昨夜のパーティに呼んでなかったわ、盲点でしたわ! この泣き顔、悔しさを隠さない素直な顔、ふふふ! たまらないわぁ! この子の貞操を無理やり奪ったら、私の腰で絞ったらどんな泣き顔でおビュッシーなさるのかしら!? わかる!? ルナイーダ!? あなたもわかりますでしょう!? あなた結構サドですものね!!」
早口に捲し立てる姫の声は下卑ている。
「左様でございますか。では持ち帰りましょう。彼の機体を修理し、無事に帰ってもらわなければなりません。さてロート様、機体にお戻りください」
「黙れ! 侍女の分際で偉そうに口を」
「シッ! お黙りなさい負け犬!」と犬のしつけをするようにルナイーダが叱ると
「ひっ……」と少年騎士は身をこわばらせる。
AGの手でロートを捕まえてコックピットに放り込むと、ルナイーダはそれをぶら下げてスラスターを点火する。あっという間に城へ向かった侍女に、姫は欠伸をしてついていくのであった。
「ロートはあれからどうしてる?」
姫は牛のステーキにぱくつきながら後ろのルナイーダに話しかける。彼女の前には広々としたテーブルが置かれているが、共に食事を分かち合う人間はいない。
「はい。姫様のおっしゃったように縛って姫様の部屋に転がしております」
「部屋が汚れたりしてないかしら? トイレにも行けないでしょう?」
「その点に関しては心配ございません。私が桶を置いてそこにするようにと進言いたしました。ですが……まだ我慢なさっているかと」
「ルナイーダ、あなた前から思ってたけどこっち側よね」
「滅相もございません。私は姫様の思っていることを先読みしているだけでございます」
「ふっ、言い返す気も起きないほどその通りだわ」というと姫はすぅーと息を吸い込み、
「彼が初めて人前でする女性は私になるのね! きっとこれから、するたびに思い出すことになりますわ。彼のあどけない心の中に私への恐怖と悔しさと迸る情欲を植え付けてやりますわ。
どうしても意地を張るなら手を貸すこともやぶさかではありません。私が手を添えて狙いをつけさせて差し上げますわ」
と早口でまくしたて邪悪な笑みを浮かべつつ、
「想定外の快感に跳ねる棒で私のお顔にかかってしまって、私はヒートアップ、ますますロートはスタンドアップ!
指ではじいて爪でかいて、暴れる棒でこぼれる小水。それを私は『床を汚していけない子ね……』といたぶったり教え込んだりしてやったりィ!!」
と言い切り、背をのけぞらせて甘い吐息を宙に漏れさせる。それから満足したと言わんばかりに食事を再開した。
「少々作法に欠けますが、早めに食事を済ませてしまいましょう。一秒一分が永遠に感じますわ」
姫が行儀作法を無視してステーキを平らげメロンに手を伸ばしたところで、ルナイーダの後ろから書簡が手渡される。
「残念ながら……そうもいかないようでございます」
「はぁ?」
「ウォルフラムの軍が国境を越えたようでございます。あちらのAGは姫をご所望でございます。修理が済み次第、出陣しましょう」
ドスッ。と姫から鈍い音が響く。ルナイーダが姫を見やると、指が白くなるほど強く握りしめたナイフをテーブルにぶっ刺していた。ナイフを引き抜いた姫は、ルナイーダが止める間もなく何度も何度もテーブルを突き刺す。
「……す……ぶす…………潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰すッ潰すッッ潰すッッッ!!」
「左様でございますね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます