分裂 2



 最初に目覚めた時刻は深夜の三時を回った頃だった。

 

 裸のコクとくっ付きながら起きるという摩訶不思議な意味不明体験をした俺は、とりあえず病室のクローゼットにかけてあったパーカーを彼女に着せ、まずナースコールを押した。

 看護師さんに体が男に戻った言い訳をしつつ、自分の怪我の具合を一緒に確認してもらうためだ。

 その間コクは見つからないよう一旦ベッドの下に隠れさせておいた。


 俺の容態自体は至って正常。

 なんかとんでもない超天才スーパードクターや光魔法のおかげもあって、傷跡こそ残ってはいるもののほぼ完治した状態になっているとのことだ。

 ブチ抜かれた胸や内臓も何とかなっており、担当医の判断次第だがうまくいけば二週間もしない内に退院できるかも──と諸々の説明をされたところで、ようやく俺はこれまでの事の顛末を思い出したのであった。


 そういえばそうだ。

 群青とかいう少年の攻撃から衣月を庇って死にかけたんだった。

 ちゃんと記憶を掘り返してみれば案外鮮明に覚えているもので、俺を助けようと必死に抗ってくれていたヒーロー部のセリフなんかもポンと頭に浮かぶ。


 あの後に意識を失って──そこからが曖昧だ。

 看護師さんが退室し、ベッドの下から這い出てきたコクを持ち上げてベッド上で対面すると、彼女は分かりやすく首を傾げた。


「覚えてないの?」

「最後らへんを覚えてないんだよ。またあの夢の世界に落ちた事は分かるんだけども」


 夢の中での出来事ということもあって、しっかりと記憶に残っているワケではない。

 なんか魔王の残滓だとか何とかよく分からない固有名詞をいっぱい言ってた気がする。


「そんなに難しい事はしなかったよ」

「じゃあ事の顛末を三行で纏めてくれ」


 そう言うとコクはこほんと一つ咳払いをしてから再び口を開いた。


「アポロを蝕む魔王の残滓

 討ち祓ったのは勇者のつるぎ

 なんやかんやで私も分離」


 出てきたのは変なラップだった。

 あと全然分からんかった。


「……ごめん、俺が悪かった。やっぱちゃんと説明してくれ」

「えー。ワガママだなぁ」


 ワガママ低スペックなんです。ゆるして。

 あの三行で『なるほど!』って納得できるほど頭は良くないんだよ。


「なら今度はちゃんと聞いてね? まず、アポロは魔王の残滓に体を侵されてたでしょ」

「うん」

「ソレをどうにかする為に外のレッカたちが何か色々やってたらしくて」

「はい」

「体の中に勇者の力の一部が入ってきました。それを使って魔王の残滓をやっつけました。覚醒の妨げになっていた問題の原因は解決したけど、勇者と魔王の力が両方体内に混在したことで体がバグりました」

「……ん?」


 流れ変わったな。


「で、現在」

「……」


 いや待て待て。


「あの、端折りすぎてないか?」

「そんなことないよ」

「今ので全部?」

「私が覚えてる限りでは」

「マジかよ……」


 これもう一回頭の中を整理する時間必要じゃない?

 さっきの説明かなり大雑把だったし、何から何まで急展開のジェットコースター状態でまったく口が挟めなかった。


 ……落ち着け。

 もっと理解しようとしないとダメだ。

 一気に全部飲みこもうとするから良くない。

 細かく一つずつ情報を処理していけば混乱する事も無いはずだ。


「えっと……まず、俺の目覚めを阻害していた『魔王の残滓』とやらは完全に消えたんだな?」

「分かんない。勇者の力は借りたけどアポロは勇者じゃないし、ちゃんと力を行使できていたかは不明。もしかしたら残滓も少しは残ってるかも」


 なるほど。

 最初に大前提として、魔王の力を得た群青の攻撃で俺は倒れた。

 彼の攻撃にはやべぇパワーの一部が宿っていて、それが体内に侵入して、その影響で俺は目を覚ます事が出来なくなっていた。


 恐らくだが『魔王』だとか『勇者』だとか、よくわからん超常の力は医術じゃどうにもならなかったのだろう。


 魔王や勇者というのは、800年以上前の歴史に出てくる、もはやおとぎ話に近い存在の名だ。

 その血を引くレッカや現世に現れた不完全な魔王などからして、彼らの存在自体は創作でも何でもなく本物の歴史だったのだろう──が、やはりどう考えても火や風を行使する一般的な魔法や化学の域を逸脱した“ファンタジー”の話だ。


 製造工程が未だに解明されない古代遺跡なんかと同じ部類の話である。

 現代の技術や情報を以てしても多くは引き出せない、未知のパワー。

 そんな魔王というファンタジーをどうにかする為には、同格のファンタジーである勇者の力を使うしかなかったわけだ。


 で、最終決戦で主人公らしく、太古の力である勇者ぱわ~を現代に呼び戻したレッカが、いろいろな人の協力を得て再びその力を行使した。

 ファンタジーを注入された結果として、アポロ・キィの中にあった魔王の力は、少なくとも意識を取り戻せる程度には取り除かれた──と。



 よしよし、少しは情報を咀嚼できたな。

 とりあえずレッカ達のおかげで命拾いした、という事実だけ覚えておけば良さそうだ。


「じゃあ次だ。……何で俺、男に戻ってんの?」

「知らない。私が分離したからじゃないかな」

「分離……」


 はい、一番ワケ分からない部分に直面しましたね。

 これからコク先生による講義の時間ですよ。


 この際俺が男に戻った理屈はどうでもいい。

 もともとペンダントがバグって戻れなくなってたんだから、何かの拍子にあれが直って、今みたいにペンダントを外された結果男に戻ったとかそういうのでいい。

 そこは気にしないことにした。

 もっと気になる情報が出てきたから。


 まず何だよ分離って

 おまえ誰?

 夢の中にいたコク張本人なの?

 いや、でもアレは俺の妄想のはずなんだ。

 もしかして本当にコクっていう別人格がいたのかしら。

 流石にそれは都合が良すぎるような気がするんだが……うん、やっぱ分からない。

 

 本人に聞くのが一番手っ取り早いか。


「お前は何者なんだ。コクなのか?」

「コクはあなたが演じるキャラの事でしょ。そんな人間は実在しないよ?」

「そ、それは……そうなんですけども……」


 なんかすごい真顔で当たり前の事を言われてしまった。ちょっと凹む。

 今のは俺の質問の仕方も 悪かったかな。


「じゃあ、分離したってのはどういう事だ? お前……俺の妄想だったはずだよな」

「私もそう思ってたんだけどね。まぁ、正直に言うとよくわかんない」

 

 分からないって、そんな無茶苦茶な。


「アポロ。そこの机の引き出し」

「えっ? ……これか」


 コクが指差したのはベッドの真横にある机だった。

 引き出しが三つほどあり、上には花瓶が飾られている。

 言われた通りに机の引き出しを開けると、そこには見慣れた俺のペンダントが入っていた。


「ペンダント、ここにあったのか」

「使ってみて」

「あ、あぁ。……おっ、変身できるな。しかも戻れる」

「ほら、コクはアポロでしょ」


 まさしくその通りだった。

 コレで俺が無表情ヒロインっぽく振る舞えばそれが『コク』という存在になるわけだ。

 ペンダントが直っているのは不可解だが、元はといえば会長とレッカの力で壊れたのだから、再びレッカのパワーを注がれたのなら逆に故障した部分が直っても不思議ではない。

 そもそも俺が眠っている間に父さんが修理してくれた可能性もあるし。

 とりあえずペンダントを首にかけて、男に戻っておく。

 するとコクが説明を始めた。


「ペンダントは使用時にほんの少しだけ装着者の魔力を吸う。その影響でペンダントの中にはアポロ・アポロのパパ・レッカの三人の魔力が入ってた」

「確かにそうだな。……何なら悪の組織の本部から逃げ出すときにライ部長の魔力も入ったかもしれない」


 れっちゃんと部長が取っ組み合いをした時のことだ。

 あの時はその彼の炎と彼女の電撃魔法が原因でペンダントが壊れて男に戻れなくなってしまったわけだが。


「人間を女の子にするペンダントの中でいろんな人の魔力が合わさって、そこに勇者の力と魔王ぱわ~も加わったら、どうなると思う?」

「……想像もつかないな」

「そういう事。勇者と魔王の力が合体するなんてきっと人類史上初めてのことだし、何が起きても不思議じゃないと思うよ。いつの間にか私はアポロの中にし、勇者だの魔王だのって話が解決した頃には、私は現実世界にいて裸でアポロにくっ付いてた」


 彼女は自分の胸や頬をペタペタと触りながら話を続ける。


「ペンダントが由来の存在なんだとは思う。アポロの記憶も多少は持っていて、でも知らない事もあるから私は確実にアポロじゃない」

「……別人格、ってことか?」

「別人格じゃなくて“別人”なんじゃないかな。ペンダントから生まれたからコクの姿をしているだけで、きっと私はコクですらない。いろんな人の魔力の集合体が、なーんやかんやあって勇者と魔王の力を受けて現実世界に顕現した──とか、多分そんな感じ。人間じゃなくてバケモノだね」


 あっけらかんと言い放ち、コクは俺の膝の上にこてんっと頭を乗せて寝転がった。



 ──正直に言えば、今の話は何一つ理解できなかった。


 いつの間にかコクの姿をした誰かが存在していて、またいつの間にか目の前にいて。

 こんなの一種のホラー体験じゃん。普通に怖いんだけど。

 確かに他人の力が介在する機会は多くあったから、何かしらの奇跡が起きて黒髪美少女爆誕! ってなってもおかしくは……いやおかしいな。



 あー、ダメだ。

 考えるのやめた。

 脳細胞がローギアです。


 こういう小難しいのはレッカとか母さんに考えてもらおう。

 多分どうにかこうにか理屈つけて結論出してくれるだろ。

 考えるべきはコイツがどう生まれたかじゃなくて、これからどうやって生きていくかだ。



「……名前、どうするんだ?」


 まず呼び名が無いと不便だ。

 こいつがこのままコクって呼ばれ続けるのが苦痛なら新しい名前を考えないと。


「コクでいいよ。面倒くさいし」

「でもお前はコクじゃないだろ」

「同じ名前の人なんていくらでもいるでしょ。てかこの姿で現実世界へ出てきた私に名前を付けるならコクしかないと思うし。それでいいってばよ」


 俺の膝上でゴロゴロしながらそう言う彼女はあっけらかんとしていた。

 フットワークが軽いというか、自分への関心が薄いというか。


「……とりあえず、お前はペンダントから生まれたペンダント太郎ってことでいいんだな?」

「概ねその認識で合ってる」


 ダメだこいつ自分の事ですらもツッコミ入れねぇ。

 天性のボケ担当だ。絶対扱いづらいな。


「ハッ。もしかしたら私、ペンダントの付喪神なのかも」

「少なくとも神様ではなさそうだけどな……」

「そう考えたらアポロよりペンダントの方が誕生したの早いから、私がお姉ちゃんってことなるね」

「発想の飛躍がすごい」


 想像力が豊かなロリっ娘ですね本当に。



 ……まぁ、こんな奴だが少なくとも恩があるのは事実だ。


 最初は夢の中で脳内会議に付き合ってくれて、鈍感なフリして主人公ぶってる俺に自分の本性を改めて自覚させてくれたりもした。

 発破をかけて応援してくれたし、未来のシミュレーションも見せてくれて、終いには精神世界で一緒に魔王と戦ってくれてたみたいだ。

 俺はもっとこの少女に感謝をしなければならないのかもしれない。


 戸籍も無く存在の出自も証明もあやふやで、それなのにしっかり自己を持って協力してくれたのだ。

 ほぼ俺と同じ記憶を持っているとはいえ、精神面だけで見れば彼女は俺よりもずっと強い人間なのかもしれない。少なくともバケモノなんかではない筈だ。

 きっとレッカに攻略してもらったら幸せになれるよ。知らんけど。


 ──これからの美少女ごっこ、どうしようかなぁ……。

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