帰ってきた美少女 1



 そもそもペンダントを外せば元に戻れるやん! 盲点だったわ外しとこ。


「…………なんで戻れないんですかね」


 そう思ってた時期が俺にもありました。ていうかそう考えるのが普通なんだが。

 で、外してみた結果がこれだ。鏡を見れば、そこには黒髪の美少女が佇んでいる。

 ──どうしてこうなった。



 組織本部のある海から逃走した翌日。


 本土に到着した俺たちはボートを捨て、一旦廃墟のビルに身を隠すことになった。

 組織に属さない反逆者として既に世界中に顔が割れているため、以前以上に外を出歩くのが厳しい状況になっている。これでは必要最低限の買い物すらままならない。


 どうしたものかと頭を抱えながら、廃ビルの冷たい床で寝転がっていると、気が付けば朝になっていた。

 運よく追手が来ていないことに安堵し、ようやく一息つく俺たち。

 今後の作戦を練りつつ、俺自身のこともどうするか考えなければならない状況で──課題は山積みだ。


「修理できそうではあるんだがな……」


 ペンダントを外して観察してみたが、再起不能なレベルで破損しているというわけではなさそうだった。

 少し時間はかかるだろうが、メンテナンスをすれば何とかなりそうだ。

 問題は、そのメンテナンスに必要な道具が一つも手元にない、という点なのだが。


「にしても、れっちゃんはどこ行ったんだろう」


 朝起きると、レッカは『周囲の偵察をしてくる』とだけ告げて、俺と一言も会話することなくこの階から姿を消してしまった。

 昨晩このビルまで一緒に行動していた時は、動揺していたものの協力的ではあったから、少なくとも洗脳自体は解けている……と、信じたい。こればかりはライ会長の魔法の腕次第なので、俺にはどうしようもない領域だ。


「……おっ、ドライバー発見」


 廃ビルの中には投棄された段ボール箱やガラクタがあちこちに散乱している。

 多少汚れてはいるものの、漁ってみればドライバーや釘程度の工具なら見つけることができた。

 本当ならもっと精密なアイテムが必要になるのだが、ワガママは言っていられない。これを使って、修理とまではいかないが、故障している箇所を調べる程度のことはしておこう。


「元に戻れないバグは一旦置いといて……ペンダントを外しても変身したままってことは、効果範囲がイカレちゃってる可能性があるな」


 最悪の場合はレッカも女の子になってしまう可能性がある。それはそれで……いやないな。


 ──噂をすればなんとやら。タイミングよくレッカが戻って来た。

 何個か缶詰を抱えているその様子から、食料を探していたことが伺える。そういえば朝食はおろか昨日の晩飯すら何も食ってなかったな。


「おかえり、レッカ」


 昨晩からは一応コクとして振る舞っている。

 ペンダントを彼が使ってもコクの精神に切り替わらなかった理由は、レッカがまだ何も聞いてきてこないため、何も答えていない。

 設定はいくつか考えているのだが、なんかしっくりこない。どういう言い訳しようかな。


「ただいま。これ、缶詰見つけてきたんだ。消費期限はギリギリだけど、ちゃんと密封された状態だったから、食べるのは大丈夫だと思うよ」

「わかった。ありがとう」

「……ねぇ、ポッキー」

「どした?」

「やっぱりポッキーなんだね……」

「──ぁっ」


 やっべ!!? ハメられた!!!







 ……洗脳されていた時のことは、よく覚えている。


 まるで他の誰かが自分の体に入って、勝手に動かしているかのような──とても気持ち悪い感覚だった。

 記憶を残すような洗脳を、あの悪の組織が施すとは思えないし、この状態はライ部長の電撃魔法が影響した奇跡的な状態なのかもしれない。

 だが記憶が残ったことで、自分が犯してしまった大罪も、消えることなく脳内に残留している。


 洗脳された自分が、コクからペンダントを無理やり奪い取った。

 あの状態であっても自分は、彼女はアポロではなく僕の体を使えばいいとばかり考えていたのだ。僕は悪に操られていようが、悪い意味で考えが変わらないらしい。


 そして奪い取ったペンダントを使用したはいいが、彼女の意識と僕が切り替わる……なんてことはなかった。

 


「……アポロ」


 項垂れる。

 膝から崩れ落ちると言ってもいい。

 僕は彼の前で膝をつき、手をつき、額を冷たい床に叩きつけた。


「すまない。ごめんなさい。本当に……本当に、僕は許されないことをしてしまった」

「わっ、ちょっ! やめろよ土下座なんて!?」


 この状況で僕ができる最大がこれだ。恥も外聞もなく、みっともない形で謝罪することしかできない。

 そこまでしても許されないことは分かってはいるが、それでも彼女の相棒であったアポロの前で話すためには、この体勢でないとそれこそ話にならなかった。


「コクがペンダントを渡そうとしない理由がやっと分かったんだ。……彼女は、きみの肉体にしか適合できない」


 あの少女はどんな説得をしても、まるで譲る気配が無かった。

 それほどまでにアポロから離れなかった理由は、そもそもアポロ以外では正常に『交代』することができなかったからだ。


「僕や他の人間がペンダントを使ったところで、コクの肉体を奪い取って変身することしかできないんだ。ペンダントに封印されているという、あまりにも不安定な状態で存在している彼女は、依り代がアポロでなければ──ぅぐっ」


 目頭が熱くなってきた。

 土下座をして、真摯に贖罪をしなければならないのに、僕は勝手に泣こうとしている。

 悔しさと不甲斐なさと、情けない気持ちで今にも死んでしまいたい気持ちだった。


「その体でっ……きみが今コクじゃないという事は……僕が、彼女を……」

「れ、レッカ。落ち着けって」

「すまない、すまない……う゛ぅっ」


 アポロとコクはとても繊細な状態だったのだ。

 ペンダントに魂を繋がれている彼女が、よりにもよってアポロと肉体を交代している時に、無理やりペンダントを剝ぎ取られでもしたら。


 当然、バグるに決まっている。


 外した瞬間に彼女はアポロに戻った。だが交代することなくペンダントを外されたあの時に、まさか都合よくそのままコクがペンダントの中に戻れるはずがなかったんだ。

 僕があのアイテムを手に取ったとき、既にコクの気配は無かった。


 あのペンダントに残されていたのは、彼女の肉体データのみ。

 あまりにも不安定な状態で、奇跡的に自我を保持できていたコクが、その魂の置き所であるペンダントを壊されてしまったら、一体どうなるのか。



 ……彼女の自我はもう、霧散してしまったのかもしれない。



「──う゛ぅゥっああああぁぁぁァァ゛ッ゛!!!!」


 その事実を頭で理解した瞬間、理性の歯止めが利かなくなり、悲鳴をあげてしまった。

 

「僕が! ぼくがァ! 彼女を殺したのは僕なんだぁッ!!」


 大切に思っていた存在を、油断して洗脳された挙句、ヘラヘラと笑いながら殺した。

 彼女の秘密から目を逸らして、自分の行動が善い行いだと思い込んで。

 あの『アポロと心が通じ合っている』という言葉の意味は、比喩でも何でもなく、コクと彼は文字通り一心同体だという意味だった。

 依り代を変えようしなかったのではない。

 どうあっても変えられなかったんだ。


「きみのっ、友人でいる資格なんて、無い……っ! きみが誰よりも守りたかった存在を、僕は……!」


 物理的にも精神的にも彼と深い絆があった相棒を、この手で消した。

 世界の命運だなんて頭の中には残っていない。

 僕の世界はもう終わっているのだ。


 大切な親友に深い傷を負わせ、自分を求めてくれた少女を殺し、この後に何が残るというのか。

 世界を救おうが誰を救おうが関係ない。

 勇者の末裔が聞いて呆れるほどに、どうしようもない人間の屑になってしまったのが今の僕なんだ。


 もう、何もしたくない。誰も傷つけたくない。

 この世から消え去ってしまいたい──



「……れっちゃん、聞いてくれ」


 

 少女の透き通るような声が、鼓膜に響いた。

 ふと顔をあげると、そこには見慣れた彼女の姿があった。

 しかし目の前にいるこの黒髪の少女は、ニックネームを告げたことからもわかる通りアポロだ。


「えと、その……全部、ウソなんだよ」


 少女の姿をしていても尚、僕を気遣い小さく笑うその表情から、男の彼の顔が浮かぶほどに──どうしようもなく、彼女はアポロだった。


「コクなんて最初からいないんだ。アレは俺が演技してただけで、ペンダントには女の子の魂なんて入ってない」


 あぁ、あぁ。

 僕は本当にどうしようもない奴だ。

 必死に事情を打ち明けようとする……いや、取り繕うとするその様子は、見ていられないほどに痛ましい。

 まるで鋭利な刃物の様に、僕の心を切り裂いていく。


「ヒーロー活動で忙しくなったお前に構われなくなって、暇になった俺がレッカをからかおうとして、無駄に美少女ごっこをしてただけなんだよ」


 肩に手を置き、僕の土下座をやめさせようとしてくる。

 親友の土下座は見たくないと、そう言っているのだ。

 お人好しだとか、もうそんな次元の話じゃない。


「コクなんていない。……えっと、れっちゃんが殺した女の子なんて、存在しないって話な。全部俺が悪いんだよ。れっちゃんは何も悪くない、本当にごめん。……その、だからさ。泣いて土下座するなんて、もうやめ──」


 たまらず、彼女を抱きしめた。

 僕の情けない姿こそが、彼の心をどこまでも追い詰めてしまうと、理解したから。


「わっ、わっ。──えっ。…………えぇっ!? ちょっ れっちゃん!? なにしてんのっ!?」

「ごめんアポロ……ほんとうに……本当に、ごめん……っ゛」



 大切な人を失って、一番傷ついているのはアポロ本人のはずなのに。

 そんな下手くそな嘘で、殺した本人である僕を励まそうとして。

 きみの前世は聖人か何かなのか。



「う、ウソなの! さっき言ったことが全部真実なんだってば! 気遣いとかじゃねーから!」

「もういい、もう大丈夫だよアポロ……! 僕にこんな事を言う資格がないのは……分かっているが、僕の為に傷つくのはもうやめてくれ! 彼女の存在を否定することは、誰よりもきみが一番辛いはずだ……!」

「話を聞けよっ!?」


 ついに、僕はアポロに言ってはならないことを言わせてしまった。

 コクを嘘にすることを。

 そんな少女など最初から存在しないだなんて、あまりにもアポロ本人にとって残酷すぎるウソを。


「もう、僕を庇おうとだなんて考えなくいいから……君だけは、彼女の事を忘れようとしないでくれ! 頼むっ!」

「ね、ねぇってば……違うんだってぇ……」


 抱擁を解いて正面から顔を見ると、アポロは涙目になっていた。

 そうだ。

 彼はずっと、ここまで耐え続けてきていたんだ。

 涙を呑んで、悲しみを溜め込んで、ずっと表に出さないように気を張っていたのだ。

 そんな気持ちを察せないで、何が友人だ。気を遣われて、優しくされるだけが友達か? 違うだろうが。


 いまここでアポロに我慢をさせてしまったら、友人の為に大切な人を嘘だったと思わせてしまったら、僕はいよいよ人間ですらなくなってしまう。

 アポロの為に出来ることを。

 この手で消してしまった彼女に報いるためにも、コクの代わりに僕が彼を守るんだ。


「今度こそ──きみだけは、絶対に死なせない」

「……あぁ、もういいよ、そういうことで。……うぅっ」


 約束だ。

 必ず、僕が!


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