恋する百合女 1
いつだってお姉ちゃんと一緒だった。
他人からの評価を当てにするのなら、お父さんもお母さんも『良くない人』ではあったけれど、あたしにはお姉ちゃんがいてくれたから、それだけでよかった。
いつもどこかへ遊びに行ってしまうお母さんの代わりにご飯を作ってくれたし、お酒に酔ったお父さんがあたしに痛いことをしてくると、お姉ちゃんはお父さんのお股を蹴り飛ばしてすぐに助けてくれた。
勉強が苦手だからか決して優秀ではないけれど、それを補って余りある程に、幼い頃から賢い人だった。
両親以外の頼れる大人を見つけて、得意な風魔法でお小遣いを稼いだり、人柄の良さで色々な人に好かれたり──とにかく『生きる』ことが上手で。
あたしはそんなすごいお姉ちゃんの後ろにずっと引っ付いてきた。私についてきなさい、ってお姉ちゃんが言ってくれたから、そうするべきなんだって思った。
いつだってお姉ちゃんが何とかしてくれる。
だからあたしは邪魔にならないよう、お姉ちゃんのサポートをするんだ。
それだけやっていればいい。
お姉ちゃんが生かしてくれた命なのだから、死ぬ時だってお姉ちゃんと一緒だ。
洗脳されたりとか、眠らされちゃったときとか、お姉ちゃんがダメになったならきっとあたしもダメなんだ。
彼女に生かされた命として、彼女と共に生き、彼女と共に散る。
それがカゼコお姉ちゃんの妹として生まれてきた、このあたし自身の守るべき矜持なんだ。
……そう、思っていたんだけど。
「うぅ~、おねぇ゛ぢゃ~ん……!」
「よしよし、ゴメンね。ほら、スタンガンはもうポイってしたから、怖くないよ」
「ビリビリぃ~……!」
「もうビリビリしないから、だいじょうぶ。……そうだ、はいコレ。紀依から貰ったアメ、あげる」
白髪の幼い少女から貰ったアメ玉を口内で転がすと、悲しみを打ち消す甘味が口いっぱいに広がっていく。
おいしい。何これ、うま。
「ぁ、ありっ、ありがとうございます。……えと、純白……さん?」
「藤宮衣月。名前でいい」
「は、はい……衣月さん」
──自分よりも明らかに年齢が低い子に宥められてしまっている。なんと情けない事だろうか。
実はサイボーグという強そうな敵が現れて、お姉ちゃんが負けてしまったのであたしも諦めて死んだフリをしていたのだが、なんやかんやあってこの子とあっちにいる黒い少女──コクに連れてこられてしまったのだ。お姉ちゃんからあたしを引き剝がすなんてもはや誘拐に等しい。
でもしょうがないじゃないか。
学校以外でお姉ちゃんと離れた事なんてほとんどないんだから、怖くなってしまうのは道理だ。あたしは悪くない。
……いや、冷静に考えたらあたしが悪くないワケないのだが、それでも望まぬ状況にされてしまったのは事実だ。怯える程度のことは許してほしい。
「さて、フウナ・ウィンド」
「ひゃいっ!」
なにやら離れた場所でスマホを操作していたらしいコクが、振り向いて声を掛けてきた。突然のことだったので思わず声が上ずってしまった。
「オトナシとの通信によると、ヒーロー部のみんなはここから少し離れた場所にある、悪の組織の支部に連れていかれたらしい」
「は、はぁ……」
不思議な雰囲気の少女だ。
衣月に比べれば表情は柔らかい方だが、それでもクールなのは変わらない。
こんな状況でも落ち着いていられるその様子から精神力の強さが垣間見えた。
「助けるためにはあなたの力が必要。協力して」
「……い、いやです」
「どうして?」
だってこの人に関しては悪い噂しか聞いていないから。
「お、お姉ちゃんからは……ヒーロー部の秩序を乱す悪い子って、聞いてます」
「わるい子……でも、私のことは二の次でしょ。あなたのお姉さんを助けるためだよ」
「あたしはその、えっと、お姉ちゃんの指示に従うっていうか……お姉ちゃんに言われたこと以外は、するつもりが無いと言いますか……」
依存しているのは当の昔に理解している。自立しろと他人に急かされたことだってある。
でもあたしは”そういう存在”だから、お姉ちゃんを差し置いて勝手に行動したりはしない。
救出しろだなんて言われてないし、お姉ちゃんがここで終わるのなら私も後を追う。
そもそもお姉ちゃんが『悪い子』と言っているような相手の指示など従いたくないのだ。
「というか、どうせ……レッカさんが何とかしますから」
「今はそのレッカも追い詰められてるの、知ってるでしょ。レッカはあなたの好きな人なのに、助けようとは思わないの?」
「えっ……別に好きな人ってワケじゃないし……」
お姉ちゃんが彼を好きってだけの話だ。あたしが彼と距離を縮めようとするのも、最終的にお姉ちゃんが有利になるためである。
以前は『姉妹丼だなんて……レッカが変態になっちゃうわ! キャ~!』とか言ってたけど、よく意味が分からないし、あの時のお姉ちゃんは何だか喜んでいたように見えたから、私の行動はきっと間違っていない。
「……レッカに救ってもらったのではないの? それが理由で恋をしていたのだとばかり……」
「あ、あの人が救ったのはお姉ちゃんだけですから。別にあたしは洗脳されてなかったし、そもそもレッカさんが恋愛対象になるなんてあり得ないし……」
「あり得ないんだ」
当然。あたしは女の子が好きなのだ。お姉ちゃんには黙ってるけど。
レッカさんに関しては感謝や尊敬こそすれ、恋慕の感情を向けることなどあり得ない。あの人に魅力が無いのではなく、自分の嗜好の問題だ。
小学校の頃に好きになった子は別の中学に行ってしまって、中学に至っては好きな人ができる前に悪の組織に拉致されてそのまま三年が経過したから、恋愛なんて一ミリも経験がないけど。
しかしあたしの恋愛対象は女の子だ。それだけは分かっている。性格以外での数少ないお姉ちゃんと自分の明確な違いだから、より一層意識してると言ってもいい。
ゆえにレッカさんを好きになる事はない。
まさかお姉ちゃんが恋してる人を本気で好きになったりなんかしないし、そこに男の人に惚れることは無いという自分自身の線引きも相まって、彼に恋焦がれるなど二百パーセントあり得ないのだ。
「な、なのでお姉ちゃんの指示が無い限り、あたしは何もしません。第一あなたの言う事になんて従いませんから」
「…………そう。わかった」
「えっ」
突っぱねるように言った自覚はあるのだが、まさかそこまで興味がなさそうにすんなりと受け入れられるとは思っていなくて、面食らってしまった。
……お、怒らせちゃったのかな……?
「夜も遅いし、今日のところはここで野営する。捕まった皆もまだ牢に閉じ込められてるだけみたいだから、具体的な解決法は明日考えよう」
「は、はい。……ぁっ、いえっ! あたしには関係ありませんけど!」
「コレは指示じゃなくて提案なんだけど、きっと夜は冷えるから焚火に使う枝は拾ってきた方がいいと思う。どうかな」
「それは……まぁ、はい、そうですね……」
自分だって焚火に当たるのだから、そこを人任せにするのは流石にマズい。
てかこれは指示に従ったわけじゃなくて、提案を吞んだだけだから。うん。
……
…………
「アダッ!!」
燃やすための枝を集めている最中、少々ぬかるんだ地面に足を取られ、そのまますっ転んでしまった。
「いたた……うぅ、膝擦りむいたぁ」
「……ヒーロー部って、転んでケガをする伝統でもあるの?」
「あっ、コクさん……」
膝を抱えて涙目になっているあたしの所に、よく分からないことを呟きながら駆け付けるコク。
その手にはリュックの中から取り出したと思われる、小さな救急セットが握られていた。
「まったく。手当てするから、動かないで」
「わ、悪いですよ……」
「少しくらい頼ってくれてもいいでしょうに。今日だけは一緒に夜を過ごす仲間なんだから」
少し呆れた様子でぼやきつつ、彼女はあたしの傍に座り込んだ。
「……えっ?」
その艶やかな黒髪が似合う凛々しい外見からは想像できない──蹲踞の体勢で。
彼女が着ている制服っぽい服装の下はスカートなのだが、もはやミニスカートと言っても過言ではないほど丈が短いソレでは、中のパンツが見えそうになってしまうではないか。
「わ、わっ、わぁ……っ!」
「……? 膝が汚れてるから、水でちょっと洗うね。染みると思うけど我慢して」
「アヒッ!?♡」
見え隠れする下着に目を奪われた矢先に、ペットボトルのミネラルウォーターを膝にかけられ、思わず変な声をあげてしまった。
染みた痛みというより、意識外からの攻撃に驚いた感じだ。
やばい、パンツ見えそうだったから油断してた。無意識に見ようとしちゃってたけど、バレたかな……?
「ご、ごめん。そんなに痛むとは思わなくて……」
「ぃいいえ! いえいえっ! ごめんなさいッ!」
「何で謝るの……?」
気づいてないのか!? こっ、ここ、これって指摘してあげた方がいいのかしら!?
「濡れた膝を拭く。さすがにもう痛くはしないから、だいじょうぶ」
「…………ぁっ」
気を遣ってもっと丁寧に手当てをしようと考えたのか、コクは更に私の方へ接近してきた。
密着する一歩手前だ。
端的に言って近い。
「……ほっ……おっ」
黒髪が揺れる。
瞬間、甘い香りが鼻腔を通り抜けた。すると、何だか下腹部が微妙に疼いた。
「絆創膏を張るね」
「ぁはいっ。……あ、あの」
「なに?」
「その……少し、丁寧にお願いできますか」
「えっ」
自分でも何を言っているのかわからない。
もう少しだけ彼女の髪の匂いを嗅ぎたかったせいなのか、咄嗟に出た一言だった。
丁寧にやるというのは、ゆっくりと作業するという事。
ゆっくりやれば……それだけ時間もかかる。
時間がかかれば……匂いが、嗅げる。
やばい何だろう、あたしってもしかして変態なのかな。
「わかった。さっきは痛くして、ごめんね」
「だっだ、大丈夫です…………っ、んひ」
「……鼻息が異様に荒いけど、本当に大丈夫? 体調が悪いの?」
「はいっ、はい、はい。あっ、いいえ。体調は良好です、ご心配なく」
「そう……」
いけない。自分では気づかなかったけど、鼻息が荒くなっていたのか。もう少し意識して気をつけないと。
ていうか変なにやつき顔になってないよね? ポーカーフェイス、冷静な顔をしないと。
「……フウナ」
「な、何でしょうか」
「その……無理やり連れだして、ごめんね。お姉さんのことは必ず助けるから、安心して」
──儚い微笑みを見せる、漆黒の少女。
燦然と星々が煌めく、あの夜空に浮かぶ月明かりと相まって、まるで妖精と見紛うほどに彼女が神秘的に……美しく見えた。
「ほら、肩を貸すから。一緒にキャンプ場所まで戻ろう」
「は、はひ……」
なんなの、この子めっちゃ優しいじゃん。
「あ、そうだ。フウナは、ご飯はたくさん食べる人?」
「えと、それなりに……育ち盛りなので……」
「それなら私の缶詰めも分けてあげるね。無理やり連れてきちゃったお詫びだから、遠慮せずに食べて」
妙に優しいし距離が近いし、もしかしてあたしが好きなのか?
コイツもしやあたしの事が好きなのか?
わかんないわかんない。大事な思春期は悪の組織で過ごしたから、女の子との距離感わかんない。
そういえばレッカさんのお友達のキィ君が入部した後、なんやかんやあって彼が持っていた漫画を借りたことがあったけど、そこでは同じ学年の男の子を優しさで勘違いさせる善意百パーセントの女の子が登場していた。
これもアレか。
善意からくる勘違いなのか?
「……あの、コクさん。集めた小枝、転んだ場所にそのまま置いてきちゃいましたけど……」
「フウナは気にしないでいい。私が後であなたの分も、まとめて拾ってくるから」
いや違うわ。コレ善意じゃなくてあたしに対して優しいわ。あたしの事少しだけ特別な目線で見てるわ。
確実に中学生の男子みたいな勘違いじゃない。彼女は街の中で初めて会ったあの時から、レッカさんと話しているように見えて、実はあたしを見ていたんだ。そんな気がする。
だからこんなに優しいし、気も遣ってくれる。実はあたしの事が気になっていたのだ。だって優しいし。
「…………」
「……? なに、私の顔になにか付いてる?」
待って、気づいた。
コクさんめっちゃ可愛くね? いやかわいい。小学校での初恋なんか吹き飛ぶくらいかわいい。なにより多分あたしのこと好きかもだし、それも相まって超かわいい。
えぇ……好き……。
「衣月、ただいま」
「おかえりなさい、きっ……コク」
あたしを切り株に座らせたあと、抱き着いてきた衣月の頭を撫でるコク。
「一人にしてごめんね、衣月」
「いい。別に、怖くなかった」
「そっか、衣月はえらいね。はい、ほっぺむにむに」
「んんぅ……」
年下をあやすママみまで会得してるってのか。どこにも隙が無いじゃないか。何だあの完璧な美少女は。
「フウナ。私は衣月と一緒にさっきの枝を拾ってくるから、火の管理をお願いできるかな」
「まっかせてください!!!」
「う、うん。ありがとう」
頼られてしまったからには成し遂げないと。もうカッコ悪いところは見せられないと、あたしの本能が強く叫んでいる。
お姉ちゃん、ご報告があります。
あたしは本当の恋というものを知ってしまったかもしれません。
アナタがいなければ何もできなかった自分ですが、もしかしたら何かが変わった可能性があります。
きっかけというのは本当に些細なものなのですね。
「……んぁ、いつきぃ? ねむれねぇ、なら……こっちこい……」
「ア°ッ」
深夜。
ふと目を覚ましたら、寝ぼけているのか異様に口調がワイルドになったコクさんに、衣月さんと勘違いされて手招きされたので、コレはフリでもう絶対この人あたしのこと好きだろワイルドな口調もギャップ萌えです好きって思いながら同じブランケットを被って眠りました。めちゃくちゃドキドキして眠れなかったです。
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