改めてお話をしましょう



 偶然出くわしたライ会長の弟くんに変顔を披露した日から、早くも一週間が経過した。


 そしてその間、俺は一度も変身しなかった。

 謎の美少女ムーブをするにあたって、反省点やこれからの方針を踏まえた結果、特訓をする時間が必要だと考えたからだ。ここ最近の放課後は、ずっと家に籠ってセリフや表情、うまく立ち去る為の魔法の練習などをしていた。


 それから、姿を現さなかったもう一つの理由としては、単純にレッカたちからの関心を引くという目的があった。

 頻繁に会える状況を作ってしまうと普通の人間だと思われてしまうし、滅多に接触できない人物として振る舞った方が、不思議キャラとしての格も高い位置で保たれるはずだ。

 押してダメなら引いてみろ、ということわざがある。

 俺もそれに倣う形で、会えない事により湧き上がる焦燥感を、レッカたちの中で駆り立てさせようって考えたわけだ。

 奇跡的にライ会長には『弟を宥めてくれた親切な人』という印象を与えることができたため、なんとかそれがレッカやコオリたちに伝わってくれれば、もう少し事を円滑に進めることが出来るようになる。


 コレが成功していれば『自分たちが敵意を向けることで追い払ったあの人物は、本当はただお茶会の誘いに乗ってくれただけで、見ず知らずの迷子を助けてくれる程度には優しい少女だった』という認識を彼らに与えることが可能だ。


 そう──これこそ名付けて『罪悪感で関心を引こう作戦』である!

 

 ホント迷子になってくれてありがとう弟くん。キミを助けたのはこういうわる~いヤツだったんだぜ。今度アイスおごってあげよう。


 自分の名前を知っている見ず知らずの相手なんて、どう考えても警戒するのが普通なのだが、お人好しなレッカの事だからきっと今頃は汗水たらしながら女の俺を探しているに違いない。

 コクに敵意を向けたことを謝罪したい、とそう考えているはずだ。

 本当ならレッカが謝る理由なんて一つもないんだけどな。なんたって全部俺が悪いんだから。

 ごめんよ少年。黒幕やるの楽しすぎてやめられねェんだ……最低な友人を許してくれ……。


 と、こんな感じで作戦の立案自体は完璧だ。あとは行動するだけ。

 最近のヒーロー部の様子を見るに、俺の思惑がだいたい当たっているというのも分かった。それが勘違いだったら死ぬけど、ビビってたって何も進まねぇし、動くなら今だ。

 




 はい、来ました。今は少女の姿で、いるのはどっかの建物の屋上です。

 さらに言うとそこにある給水タンクの上に立ってます。

 あと休日でお昼時です。


 こうして足元が危うい場所に平然と居座ることで、普通の人間とは違う不思議な雰囲気を、分かりやすく相手に伝えることができる。変なヤツのいる場所といったらやっぱ屋上っしょ。


 で、先ほどまですぐ先の路地裏で、怪物とレッカが戦っていたのだが、俺はここから魔法の矢による長距離射撃で彼を援護していた。

 別にそこまで威力のあるモノではないが、バケモンの気を引いて攻撃の隙を作る程度の事ならできていたはずだ。クソ雑魚な俺にもできる援護としては最適解ですね。

 もちろんただ助けるだけではなく、彼に俺の位置をわざと分からせる為の行為でもあった。


 屋上での会話イベントだぜ。

 さぁ来るがいい少年。


「っ!」


 ガチャン、と屋上の扉が開かれた。

 下を向けばそこには汗だくのレッカがいる。相当急いで駆けてきたようだ。


「あっ。……コク」


 キョロキョロと周りを見渡してから、首を上に向けることでようやく給水タンクの上にいる俺を見つけたレッカ。

 こっちも無表情を決め込みながら彼を見下ろし、ようやく二人の視線が重なった。

 レッカはホッとしたように表情をやわらげ、改めて声を掛けてくる。


「よかった、また会えて」

「……そう」


 あくまで一定の声音で。ここで「会えて嬉しい」的なニュアンスの会話をすると、チョロイン認定されてハーレム入りを果たすことになる。


「キミをずっと探してたんだ。……ぁ、ゴメン。それより先にお礼を言わなきゃだよね。さっきはありがとう、おかげで助かったよ」

「どう、いたしまして」


 一週間前はレッカからの好感度が低かったように、今のコクおれも彼に対しては、さして興味が無いフリをしよう。


「……この前は、本当にゴメンッ!」


 申し訳なさそうな声音で叫び、頭を下げるレッカ。

 その姿を見て何かゾクゾクしてきた。変なのに目覚めそうだ。あんまり謝らせないようにしよう。


「別にいい」

「……でも、キミを誘ったのは僕たちだ。なのにいきなり拒否して、あまつさえ敵意を向けた……許されることじゃない」


 予想以上に認識が重いぜ! しかしその責任感、誉れ高い。


「だから、お詫びをさせてほしい。コオリとヒカリの二人も、悪気があってあぁ言ったわけじゃないんだ」

「……お茶に誘うことは、わるいことなの?」

「へっ?」


 ここで大事なすっとぼけタイム。


 レッカが敵意を向けてきたことはともかくとして、あの女子二人の言動に対しては、特に何も感じていなかったとアピールをしておく。その方が印象も良くなるだろう。

 相手の感情に疎いと解釈してくれてもいいし、単純にお茶を一緒にしたかったピュアっ娘と思ってくれても構わない。


「あなたが、あの時あの二人とお茶をしたかった事は、分かってる。邪魔をして、ごめんなさい」

「ッ!? いっ、いやそういうわけじゃ!」

「誘ってもらったの、初めてだったから、舞い上がってしまって。貴方が許してくれるなら、またお茶を」

「いいぃ行こう行こう、ぜひ。いやほんと、コクは何も悪くないから……えと、別にあの時も二人を独占したかったわけではなくて……」


 コオリとヒカリに対しては、別に悪感情は抱いていない。むしろお茶に誘ってくれて嬉しかった──みたいな感じでとぼけておく。

 あの二人を嫌いになったわけじゃない、って答えを伝えた方が、レッカも気負わずに済むでしょ。



「……んっ」



 突然、強い風が吹いた。


「ッ!!」


 ビックリするレッカくん。

 風のイタズラで、スカートが捲れてしまいましたね。

 ただでさえスカートの丈が短いから、下から見上げる形になってるレッカからすれば、パンツが見えそうで見えないくらいの危ない領域だったのに。

 いや~、ついに見えちゃいましたわ、スカートの中。


「……」

「ぁ、あっ、あの……っ」


 おぉ、おぉ。顔がリンゴみたいに真っ赤じゃないすか。顔そらしちゃってまぁかわいい。

 見えたんだろ? エロゲのヒロインしか付けないような、黒い紐パンがさぁ。

 てかお前、普段からあのヒロインたちといろいろラッキースケベしてるくせに、なんでそんな初心な反応ができんだよ。思春期すぎるだろ。


「みてないよナニもみえなかったから! ホント!」

「……見たかったなら、また見る?」


 風は止んでしまったので、今度は自分でスカートの端をつまんでみる。


「わあぁッ!? ちょちょちょっまって!! 見ない遠慮します! 大丈夫ですから!!」

「そう」

「はい!!!」


 レッカくんが後ろを向いて顔まで覆ってしまったので、ぱさりとスカートから手を離した。ここで無理やり見せたらただの痴女だからな。ハーレムメンバーでも多分やらないだろう。


 基本的にはどんな事も拒否せず、言われたことには従っちゃう受け身系ヒロインというのが俺のスタンスだ。

 無防備かつ従順な相手だからこそ、真面目な主人公の理性が試される的なアレね。

 ハーレムヒロインたちがどいつもこいつも積極的なタイプであるがゆえに、それが日常茶飯事な主人公くんは逆にこういうタイプに弱いと踏んで、人形系ヒロインのフリを選んだわけだ。


 その在り方を守るためなら、見せろって言われたらパンツくらい見せるのだが、百パーセントあいつはそういうの言わないんだよな。紳士というか奥手というか。

 もし言うとしたらそれはエロゲみたいに専用ルートへ入った後だ。エロゲの主人公って性的なシーンになった途端、急に中身が変態になりがちだからな。あいつら普段は真面目なくせに、エロになると平気で青姦したりリード付きの首輪つけたりしてくるから怖ぇんだわ。俺ちゃんの親友はそうでないことを祈るぜ。


「ほっ」

「うわっ」


 給水タンクから飛び降り、風の魔法を上手く使ってレッカの前に着地する。こういう行動も普通じゃないアピールの一環として必要だ。練習してたおかげでうまくいった。


「だ、だいじょうぶ? 高いところから飛ぶなんて、危ないよ……」

「慣れてるから、大丈夫」

 

 本当はドッキドキだったけどな!


「……ぁ」


 ぐぅ~、と俺のお腹が鳴った。

 そういえばお昼まだ食べてなかったわ。

 

「……えっと、実は僕もお腹減ってて。ご飯、一緒に食べる?」

「うん」


 咄嗟に言い訳をして気を遣ってくれるレッカさん。モテる理由がここにあった。


 でも、どうしたもんかな。

 変身の残り時間は三十分ちょっと。いまから店に行って飯を食うにはちょっとばかり心もとない。

 けど……この流れで解散、ってのも少し勿体ないよな。

 できれば一緒にメシを食うことで、もう少し好感度を稼ぎたいところだ。

 一度変身を解いてから再変身までのインターバルを考えると、昼食は一時間ちょっとあとの方が好ましい。


 あ、そうだ。


「あなたのお家、どこ?」

「えっ。ど、どうして……」

「一度解散して、これから材料を買って、私がご飯を作りにいく。それでは、ダメ?」


 かわいらしく首をかしげてみる。

 突飛な提案なため、拒否られる可能性もあるけど、どうか。

 

「それは……」


 結構悩んでるな。

 ここはもう一押し。

 今から行う二人きりの食事会が、どれくらい重要なイベントなのかを分からせてやろう。


「大事な話、外じゃできないと思ったから」

「──っ!」


 おっ、いい反応ですね。

 適当にそれっぽい事を言っても、マジで重要なことみたいに聞こえるのが、謎のヒロインの良いところなのだ。


「レッカの名前を知ってる、理由……とか」

「……そう、だね。確かに外じゃできない」


 するとレッカはポケットの中から学生手帳を取り出し、メモ部分に住所を書いてちぎり、俺に手渡してきた。


「コク。この前、ライ先輩から色々と聞いたんだけど、あれは本当にキミなんだな?」

「その先輩に聞いてみればいい。私が言っても、説得力なんてないから」

「……いや、いいよ。今はキミを信じて渡す」


 さすが主人公。普通だったら住所なんて渡さないだろうが、こういう決断をできるところが主役たる所以なんだろうな。

 まぁ住所渡されなくても家は知ってんだけどな。聞いとかないと余計怪しまれるから聞いたけど。


 彼から住所の紙を受け取って、俺は一足先に屋上の出口へと向かっていった。

 そしてゆっくりと振り返り、一言。


「レッカ」

「……なにかな」

「私が味方かどうかの判断は、あなたに任せる。でも、ひとつだけ」


 屋上に暖かな風が吹き、頬を撫で黒い髪を揺らした。


「あなたたちを怖がらせるつもりは──微塵もないから」


 レッカの返事は待たず、それだけ言い残して俺は屋上を去っていった。

 


 ……ふっへっへ。今のかなり謎のヒロインポイント高かったでしょ!

 

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