第2話

 誰もいない村の墓場の中を歩き、祖父母や両親、先祖たちが眠る墓の前まで辿り着くと、手慣れた様子で墓石を掃除した。


 祖母の前には、行方知れずの父と、漁に出たまま帰ってこなかった祖父が眠り、その前には母や先祖代々が眠る墓の掃除は、子供の頃から祖母に連れられて墓参に来ていた甲斐もあって、一人でも手慣れたものだった。


 近くに咲いていたシロツメクサやタンポポを摘んできて飾ると、風呂敷包みから拳大くらいの饅頭を取り出して、墓前に差し出す。

 苔むした石畳に膝をつくと、墓の前で両手を合わせたのだった。


(おばあちゃん、おじいちゃん、お母さん、お父さん……)


 母はみくが子供の頃に流行病で他界し、漁師だった祖父は海に出たまま帰って来なかった。

 祖母は一年前に病気で亡くなり、父は祖母が亡くなる少し前に、隣国との戦争の最中であった帝国に徴兵されてから、未だに帰って来ていなかった。

 おそらく、戦場に連れて行かれて、そこで戦死したのだろう。


 父だけではない。半年前に終戦しても、この島から徴兵された若い男たちは、未だに誰も帰って来なかった。

 帝国が敗戦したという報が届いたばかりの頃は、島の港に帝国からの船が着くたびに、夫の、息子の、恋人の、家族の帰りを待つ人たちが詰めかけていた。

 島の男たちが乗っていないとわかると、日を追うごとに船を待つ人は減っていき、今ではほとんど待つ人はいなかった。


 みくは墓参りを済ませると、後片付けをして墓前を去ろうとした時だった。

 墓から山へ向かう道の途中に、ふらふらと歩く鎧姿の男を見た気がしたのだった。


「誰だろう……? この時期に山に向かうなんて」


 初春とはいえ、山にはまだ溶け残った雪が残っており、時折、雪崩が発生したという報がみくの住む村にも届く。雪崩に巻き込まれて亡くなった者の話も。

 それもあって、村の長が許可するまで、村人たちの山への出入りは禁止されていた。

 子供たちだけではなく、大人たちも山への登山や山菜取りは禁止されていたのだった。

 今年はまだ登山の許可は下りていなかったはずだ。許可が出ているのは、せいぜいこの墓場まで。

 それを知らないということは、村の人間ではないのだろうか。

 村の人間なら、誰もが知っているだろうから。


(まさか……。鬼?)


 鬼なんているわけがないと思っていた。けれども、実際におばさんが話していた金の鬼らしき背を見かけた。

 鎧姿の鬼なんて、昔話や物語でも聞いたことはないが……。


(気になる……。行ってみようかな)


 少しだけ、様子がおかしかったら、すぐに引き返すと決めて、みくは鎧姿の男の背を追いかけたのだった。

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